ラルフ・ラングニック
Sporting Director, RB ライプツィヒ & レッドブル・ザルツブルク, 2012-2015
2012年にレッドブル・ザルツブルク(オーストリア)とRBライプツィヒ(ドイツ)の『スポーティングディレクター』に就任したとき、新しい仕事ですべきことを私は完ぺきに理解していた。
タイトル獲得だけなく、選手の育成に注力する必要があった。目指したのは、若いタレントを発掘して育成し、価値を高めて移籍させること。
2年以内に1000万ユーロ(現在は約13億円)以上の利益を選手売却と目論んだ。だが周囲からは、信じられないという顔つきでこう言われた。「ラルフ、本気か?」
「もちろん」と私は答えた。有望な選手を見つけ、最高のコーチを雇い、選手を大切に育てれば、目標を達成できると信じていた。
結局、すべて実現させた。
私がスポーティングディレクターになったとき、ザルツブルクとライプツィヒには若手選手がとても少なく、平均年齢は30に達していた。
ザルツブルクはオーストリアの『ブンデスリーガ』ではほぼ毎年優勝していたが、面白いサッカーをしているとは言い難かった。選手の売却でも特筆すべき結果を残したわけでもない。目を引くのは、700万ポンド(現在の約9億円)でマルク・ヤンコをFCトゥウェンテ(オランダ)に売ったくらい。一方のライプツィヒは2009年に創設されたばりであり、4部相当の『レギオナルリーガ』所属だった。
「成し遂げたのは『チーム・ビルディング』ではなく『クラブ・ビルディング』」
その後、移籍期間を迎えるたびに若い有望選手を獲得してチームの平均年齢を下げていった。ケヴィン・カンプル、サディオ・マネ(現在はリバプール。下写真)、ナビ・ケイタ(現在はリバプール)などの有望選手を加えていった。
ただしライプツィヒは、選手売却益だけでなく、昇格も目指していた。だから、3部や2部に昇格したときに通用する選手の獲得と維持も必要だった。
しかし当時の私は、選手の獲得など、戦力にフォーカスするだけでは不十分という認識だった。
ザルツブルクとライプツィヒで成し遂げたのは「チーム・ビルディング」ではなく「クラブ・ビルディング」と呼ぶべきものだ。
改革の中心にあったのはクラブに成功をもたらす3つの柱。3つの頭文字をとって「3K」と私は呼んでいる。3つとも極めて重要であり、ザルツブルクとライプツィヒで成功を収める鍵になった。
「アイデンティティーが生まれ、選手、スタッフ、ファンが一体になれた」
1つ目のKは「コンセプト」(ドイツ語ではKonzept)。コンセプトはクラブのDNAとなるものであり、チームのスタイル(目指すサッカー)を浸透させる上で欠かせないものだ。スポーティングダイレクター就任初日から、クラブ全体にスタイルを浸透させることを始めた。
しかも、目指すスタイルは単純明快であるべきだ。たとえチームの調子が悪くても、目指すサッカーが分かるようにすべきだと思う。 目指すサッカーが明確になることで、クラブのアイデンティティーが形成される。
すると、選手だけではなく、コーチングスタッフ、ファンもクラブの一員になれるのだ。
最終的には、ザルツブルクでもライプツィヒでも、我々が目指すサッカーにファンは共鳴してくれた。これはとても重大な出来事だ。クラブにアイデンティティーが生まれ、選手、スタッフ、ファンが一体になったからだ。
2つ目はKは「才能」(ドイツ語ではKonpetenz)。クラブに存在する各ポストに最適な人材を配置し、クラブの弱点をなくして競争力を高めるためだ。
それぞれの役職に有能なスタッフを雇い、毎日、自分自身とクラブを強化するためにベストを尽くしてもらわなければならない。
「金はコンセプトや才能に恵まれた人材の代わりにはならない」
ザルツブルクとライプツィヒにおける仕事を成功に導くには私の経験と人脈が役立った。最高のスタッフの居場所をすでに知っていたし、ほとんどの人材とは交流があった。だから、適切な候補者を見つけ、あとは「旅の仲間になってくれないか?」と交渉するだけだった。
最後のKは「資金」(ドイツ語ではKapital)。強く言っておきたいことがある。それは、「クラブ・ビルディング」を成功に導くために『レッドブル』の豊富な資金力は必要だったが、「金はコンセプトや才能に恵まれた人材の代わりにはならない」ということ。資金力が、コンセプトと人材と融合し、かつ連動しなければクラブの成功は望めない。
資金量から得られる影響力は限定的と考えたほうがいい。資金力だけではダメだ。むしろ、コンセプトを打ち立てて人材を集めて、この2つをうまく活用できてこそ、豊富な資金力が意味を持つのだ。
3つのKは互いに求め合う。そして3つが揃うと、成功の可能性は跳ね上がる。
バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)が優勝した2019-2020シーズンのチャンピオンズリーグでは、「最高峰のレベルで成功するために必要不可欠な5つの要素」が明らかになった(上写真)。
1つ目は、組織力に優れた相手に通じるポゼッション力。2つ目は、相手が保持しているボールを「どこで、どのように奪うか」に関する守備戦術。3つ目と4つ目は、ボールを失った時と奪還した時の動き(素早い攻守の切り替え)。最後はセットプレーだ。全ゴールのうち30%以上がCKやFK、あるいはPKから生まれているからだ。
「最優先すべきは勝利だ。しかし、サッカーはエンターテイメントであることを忘れていけない」
ユルゲン・クロップ(現在はリバプールの監督。下写真)に「君はドイツ最高の監督かもしれない」と評価された時は光栄に思った。彼とは20年以上も親しく付き合い、お互いを認め合っている。
我々はサッカー観はとてもよく似ている。だからこそ、嬉しくなるような賛辞を送ってくれたのだろう。
2008-09シーズン、ホッフェンハイムの監督になっていた私は、クロップ率いるドルトムントと対戦し、4-1で撃破した。すると彼は、「ラングニックが実践しているサッカーこそ、ドルトムントで実現したいサッカーだ」とプレスに語ってくれた。
その後、クロップは手腕を発揮してドルトムントのプレー・スタイルを完全に刷新し、大きな成功を収めることになる。2010-11シーズンからブンデスリーガを連覇し、2013-14には『ドイツ・カップ』も制覇した。
繰り返すが、我々は先見性があり、積極的なスタイルを好む。言葉にするならば、インテンシティーを非常に高く保ち、素早いトランジションで相手を窒息させるようなサッカーだ。
サッカーで最優先すべきは勝利だ。しかし、サッカーはエンターテイメントであることを忘れていけない。
翻訳:西澤幹太