アントニー
マンチェスター・ユナイテッド:2022-23~現在
プロフィール
アントニーこと、アントニー・マテウス・ドス・サントスは2000年2月24日生まれ、ブラジル出身。2010年に名門サンパウロFCのアカデミーに加わり、2018年9月には来日して『Jリーグチャレンジトーナメント』で優勝している。
2018年9月26日にはトップへ昇格し、デビューしたのは同年 11月15日のグレミオ戦(△1-1)だった。そして南米王者を決める『コパ・リベルタドーレス』に初めて出場した2020年3月5日の直前、アヤックス(オランダ)と7月1日からの5年間契約に合意。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によってチーム活動が停止し、3月14日の試合がサンパウロFCでのラストゲームとなった。
2020年9月13日、オランダ・リーグに初出場(スパルタ戦)すると、唯一のゴールを決めて1-0の勝利に貢献。UEFAチャンピオンズリーグにデビューしたのは10月27日のアトランタ戦(△2-2)、初ゴールを決めたのは11月3日のFCミッティラン戦(◯2-1)だった。初めてのヨーロッパ挑戦にもかかわらず、2020-21シーズンのアントニーは46試合に出場して11得点をマークした。
2021-22シーズンもアントニーは活躍。負傷によって欠場した時期もあったが、33試合に出場して12得点を記録。オランダ・リーグを2連覇し、UEFAチャンピオンズリーグでも決勝トーナメント進出を果たした。
さらなるステップアップを望んだアントニーは2022-23シーズンからプレミアリーグに上陸。獲得のためにマンチェスター・ユナイテッドが支払った9500万ユーロ(約138億円)は、オランダ・リーグ所属の選手に支払われた移籍金の中で3番目に高いものであり、クラブ史上最も高額な南米出身の選手となった。
大きなプレッシャーを感じてもおかしくない状況だが、アントニーは期待に応える。9月4日のデビュー戦(◯3-1アーセナル)、10月2日のマンチェスター・シティ戦(●3-6)、そして10月10日のエバートン戦(◯2-1)と3試合連続ゴール。マンチェスター・U史上初めてデビュー戦からリーグ戦で3試合連続得点した選手となった。
アヤックスでも共に戦ったエリック・テン・ハグ監督は言う。「(デビュー戦のゴールで)彼のポテンシャルが存分に見られた。彼はプレミアリーグで脅威となるだろう。ジャドン・サンチョとマーカス・ラッシュフォードは右でもプレーできるが、左のほうが適している。クラブの『ミッシングリンク』、つまり右で活躍できるアントニーがついに見つかった」
ブラジル代表
2019年に開催れた『トゥーロン国際大会』にU-23ブラジル代表として出場。日本との決勝で決めた1得点を含めて合計2ゴールで優勝に貢献(◯1-1、PK5-4)。その後、2021年に開催された東京オリンピック2020では全試合にスタメン出場し、チームを金メダルに導いた。
A代表デビューは2021年10月7日のベネズエラ戦。A代表でも貴重な戦力となり、2022年のカタール・ワールドカップのメンバー入を果たす。チームは準々決勝(クロアチア戦)で姿を消したが、4試合に出場して足跡を残した。
戦術分析
アントニーはトリッキーなプレーをこなすレフティー。エラシコ、ヒールキック、足の裏を使ったボールタッチなど、対面する選手を幻惑されられる技をいくつも持つ。また、スピードも魅力の一つ。ボールを大きく出してスピードに乗って相手を振り切ったかと思えば、急激なストップで相手の逆を突く。
とは言え、単なるトリックスターというわけではない。戦術をしっかりと理解し、チームプレーヤーとして機能できる。
得意のプレーエリアは右サイド(下写真)。スピードを活かした縦突破も破壊力を秘めるが、カットインして左足でボールを運ぶ時に最もアントニー(11番のAntony)は持ち味を最大限発揮する。正確無比な左足からゴールやアシストを量産。フィジカルコンタクトにも強く、相手のタックルを浴びても怯まずドリブルで突き進める力強さも兼ね備える。
「1対1」で無類の強さを発揮するのに右でもサイドはうってつけの場所。右サイドでも左サイドでも中に絞らずボールを受けて相手サイドバックを引き出し、「1対1」にならざるを得なくする。この点は、リヤド・マフレズ(マンチェスター・シティ)に似ている。
相手にとって恐怖でしかない左足に比べ、右足はやや精度が落ちる。
相手サイドバックが中を切った時に、アントニーは縦に突破できるが、右足からのクロスはやや物足りない。多くの場合、右足でのキックフェイントをかませて左足にスイッチ。そのままクロスを上げるか、ドリブルでペナルティーエリア内へと進んで攻撃を仕上げる。ペナルティーエリアに入れば、相手はファウルを恐れて消極的な守備になり、彼は大きなアドバンテージを手にする。
なお、相手サイドバックに対して完全にスピードで優位であれば、ドリブルで抜いてからゴール方向に進むこともある。
得意のゴール・パターン
アントニーの代名詞とも言えるのが右からカットインして左足で放つシュート。緩いカーブでゴールの上部を狙うパターン、そして低く鋭い弾道のシュートを逆サイドのネットに突き刺すパターンを有している。
また、彼は味方の動きを利用することにも長けている。チームメイトが相手DFの注意を引きつけた瞬間や味方が作ったスペースを見逃さずにカットインして相手を置き去りにしてシュート態勢に入れるのだ。また、中に入ってシュートを打つだけでなく、正確なクロスでゴールを演出したり、味方とワンツーもしたりしてビッグチャンスを生み出す。
アントニーはチームの戦いぶりに馴染んでいくと、中央からサイドへの味方のフリーランニングを活かせるようになった。味方の動きをおとりに使って自身が斜めに進み、得点シチュエーションをクリエイト。ただしこのプレーには改善点もあった。味方がインサイド・チャンネルに入った場合、2人のコースが重なり、アントニーがドリブルのスピードをダウンさせなければいけないケースが見受けられるのだ。すると、DFにシュートコースを塞がれたり、相手DFのダブル・チームに遭ったりしてバックパスせざるを得ないこともある。
アヤックスで過ごした2シーズンとも、アントニーはチームで2番目に多いシュート数を記録しているが、得点数は9と8。二桁には届かなかった。
それでも、右から入ってのドリブル・シュート、そして素早く打ち抜くシュートの精度は高く、守備者に十分な脅威を与える。相手とすれば、シュートコースを限定するために近づく必要があり、味方をフリーにする付加価値もある。この能力を十全に活用するために必要なのは味方のフリーランニングとのスムーズな連動。攻撃のバリエーションを豊富にできれば、相手は予想しづらくなり、ゴール数も自然と増えるに違いない。
高い守備力
攻撃面でのプレーばかりに目を向けがちだが、アントニーは攻撃から守備へのトランジションが速い。自分はもちろん、味方がボールを失った時にも切り替えて猛然と相手にプレッシャーを与える。このシーンでも持ち前のアジリティーと素早い加速が活かされる。
守備での「1対1」でも破格の強さを披露。スプリントしてボール保持者に寄せて自由を奪うだけでなく、機転を利かせたプレーでインターセプトもうまい(下写真)。縦のラインを組む右サイドバックにとってもアントニー(11番のAntony)は心強い存在だ。
また、チーム戦術に則ったプレスもできる。チームメイトと連係してプレスバックし、ボールを奪って攻撃につなげる。
アヤックスでの初シーズン、アントニーはテン・ハグ監督(2017-22シーズンに指揮)がメインに据えた「4-2-3-1」システムで「3」の右に入って攻撃力を発揮した。
当時のアヤックスは攻撃に移行した時の迫力に満ちていた(下写真)。
トップ下のダヴィ・クラッセン(6番のKlaassen)はセンターフォワードのセバスチャン・ハラー(22番のHaller)のパートナーとして前方に移動。「3」の左に入ったドゥシャン・タディッチ(10番のTadic)は左インサイド・チェンネル(ハーフスペース)に移り、デイリー・ブラインド(17番のBlind)かニコラス・タグリアフィコという左サイドバックがオーバーラップするルートを提供した。
アントニー(39番のAntony)はタッチライン際にポジショニングし、自慢のテクニックを活かして「1対1」を攻略した。そしてペナルティーエリア付近まで進み、自分でシュートを打ったり、コンビネーションでチャンスを作ったりした。
右サイドバック、ヌサイル・マズラウィのバックアップもアントニーの良さを引き出した。マズラウィは内側へアンダーラップしたり、外からオーバーラップしたりしたため、アントニーの自由度は増した。また、自陣の深いエリアでボールを受けてドリブルで進むこともできたし、マズラウィとポジションを入れ替えてビルドアップに参加することもできた。
他を圧倒する攻撃力を前面に出して優勝した2020-21シーズンのアヤックスは103ゴールを記録(失点は23で得失点差は+79)。右サイドからチャンスを生み出したアントニーは8アシストでアシストランキングの7位だった。アントニーが右サイドからカットインして中を向いた時、最前線に3人、さらに左の大外にも1人いたため、多くの選択肢を手にできたことが彼のイマジネーション発揮を助けた。
「4-3-3」でのプレー
2年目となる202-22シーズン、テン・ハグ監督は「4-3-3」システムを多用するようになり、アントニー(11番のAntony)は1列目の右ウイングで起用された(下写真)。このシステムでは右のインテリオール、ステフェン・ベルハイス(23番のBerghuis)がワイドに動くことでアントニーをサポートするようになり、最終ラインの背後に走り込んで彼からのスルーパスを受けるプレーが増えた。
こうして2シーズン目は、ワイドでプレーするアントニーの姿が多く見られるようになった。相手サイドバックと対峙するシーンも増加。ドリブルで相手を抜くだけでなく、相手の背後でボールを受けるシンプルなプレーもよく見られた。
一方で、浅い位置でボールを受けると、マズラウィが外を回ってアントニーにパスコースを提供。結果、相手は縦を切るようにポジショニングし、前シーズンよりもアントニーはカットインしやすくなった。しかしながら、「4-2-3-1」時代ほどはゴール前に選手がいないため、アントニーのアシスト数は4に低下(タジッチは19アシスト、ベルハイスは11アシスト)。それでも、8ゴールを記録しており、得点力に陰りは見られなかった。
1シーズン目には見られなかったプレーも加えた。右サイドからダイアゴナル・ランを仕掛けてフィールドを横切りながらパスを受け、相手センターバックにドリブルで仕掛けたり、ゴールにアプローチしたりするようになったのだ。
プレーの幅を着実に広げているアントニー。アヤックス時代に彼の良さを引き出したテン・ハフ監督との再会はプラス材料だ。一方で、近年のマンチェスター・ユナイテッドは満足できるようなシーズンを過ごせていないだけに、オールド・トラッフォードのファンは、高額な報酬に見合うだけのパフォーマンスを彼に期待しているに違いない。