ポジティブ・トランジションとは?
ポジティブ・トランジション(アタッキング・トランジション)とはサッカーという競技に存在する4局面の一つ。4局面とは、「攻撃」、「攻撃から守備」(ネガティブ・トランジション)、「守備」、「守備から攻撃」(ポジティブ・トランジション)を指す。守備から攻撃に移行するポジティブ・トランジションに続く有力な選択肢になるのが素早く、あるいはダイレクトに相手ゴールに迫ろうとするカウンター・アタックである。カウンター・アタックの利点は相手の守備陣形が整う前に攻撃を仕掛けられること。つまり、相手の混乱に乗じて攻めるため、ゴールを奪える可能性を高められる。
また、カウンター・アタックを選択できないケース(選択しないケース)では、ボールを横や後方に展開してボールを落ち着かせてからポゼッションに移行することになる。ようやくボールを奪ったにもかかわらず、攻撃に焦ってボールを失うのは得策ではない。速攻を仕掛けるのか、ポゼッションに移行するのかをしっかりと見極められる能力が必要だ。
今回は「ポジティブ・トランジションからカウンター・アタック」にスポットライトを当てて原稿を進める。
「カウンター・アタックはサッカーの素晴らしい部分であり、相手のバランスを崩したときにゴールを決めるための素晴らしい選択肢。カウンター・アタックを仕掛けないのは愚かだ」
――ジョゼ・モウリーニョ――
ポジティブ・トランジションと攻撃
「ポジティブ・トランジションとその後の選択肢」は守備戦術と深い関係にある。
前述したカウンター・アタックを軸にする場合、大別すれば2つある。そしてカウンター・アタックを選ばないという選択肢もある。
ロングカウンター
古典的な戦法の一つがロングカウンターを狙うものだ。ボールを失ったらまずリトリート(帰陣)。ローブロックかミドルブロックを採用し、相手を自陣寄りにおびき寄せて守る。誘い込むことで相手の最終ラインを高くさせてカウンター・アタックを放つスペースを意図的に生み出すのだ。そしてチームの狙いに沿って中央やサイドからゴールを陥れる。
ロングカウンターを成功させるには相手背後のスペースを有効活用できることが不可欠になる。つまり、オフサイドをかいくぐってゴールへと一気に迫れる機動力とスピードを有したアタッカーが必要なのだ。逆に有能な速攻スタッフを揃えていない場合、カウンター・アタックを仕掛けてもゴールにたどり着けず、ボールを奪っても無為に手放し、試合の大半を自陣に釘付けになった状態で過ごすことになりかねない。
ショートカウンター
優れた走力を備えたFWやMFがいなければ、高い位置でボールを奪えるようにしてゴールまでの道のりを短くするのも一手。高い位置でボールを奪還するためには、相手陣内に攻め込んでボールを失った瞬間にプレスを仕掛ける必要がある。つまり、カウンター・プレス(ゲーゲンプレス)を採用する。
ただし、ゴールへの道のり短縮というメリットを手にするには、回収できなかった時のリスクを背負うことになる。自陣を空けたままプレッシングするため、プレスが空転した場合、無防備な状況でゴールにアプローチされる可能性があるからだ。監督には守備戦術の整備が求められ、選手はボールを負い続けられるフィジカルが求められる。
ポゼッション
ポジティブ・トランジションにおいて最優先すべきはカウンター・アタック、これはある意味、サッカーにおける自明の理。ボールを奪って攻められるのに攻めないのは考えられないからだ。とは言えカウンター・アタックを仕掛けられない状況、仕掛けづらい状況もあり得る。その場合は無闇に前方に蹴り出すのではなく、ポゼッションに切り替えることになる。
カウンター・アタックを操る監督たち
ジョゼ・モウリーニョ(1963年1月26日生まれ)
現在、ASローマ(イタリア)を率いるモウリーニョはキャリアを通じてトランジションを重視してチームを作り上げている。ネガティブ・トランジションではリカバリーランから守備陣形を構築し、コンパクトな守備で相手の攻撃に備える。一方、ポジティブ・トランジション後はスピードに乗って多くの前方に飛び出すこと、そして得点可能性の最大化を選手に要求する。
モウリーニョはトッテナム時代(2019-21シーズンに指揮)も同戦術を踏襲した。上の写真を見てほしい。ハリー・ケインが(10番のKane)がピッチの中央でボールを奪回、ドリブルを開始してカウンター・アタックをリード。彼が狙っているのは、前にいる3人のDFから誰かを自分におびき寄せること。「誰が(自分に)アプローチしたか」によって次にパスする選手を決める。当然、アプローチによってマークが手薄になった選手がターゲットになる。このシーンでは、ケインがドリブルで相手を後退させた上、ジオバニ・ロ・ロセルソ(18番のLoCelso)にパスしてゴールを引き出した。
ユルゲン・クロップ(1967年6月16日生まれ)
クロップの代名詞とも言えるのがゲーゲンプレス(カウンター・プレス)。彼の指揮するチームでは、激しいプレッシングからボールを奪い返すとピッチの中央からダイレクト・アタックを繰り出すシーンがよく見られる。ボルシア・ドルトムント時代(2008-15シーズンに指揮)、そして現在、率いるリバプールでも、混雑していることの多い中央エリアを割ってゴールを陥れている。下の写真は2020-21チャンピオンズリーグのベスト16における対RBライプツィヒ(2試合合計4-0)。中盤の底に入ったファビーニョ(3番のFabinho)がボールを奪取すると、ポジティブ・トランジションに備えて高い位置にいたFWジョルジニオ・ワイナルドゥム(5番のWijnaldum)へつない
だ。
パスを受けたワイナルドゥムは中央から斜めにダイアゴナルランするディオゴ・ジョタ(20番のJota)へパスしてゴールをうかがった。リバプールの速攻で特徴と言えるのが、インフィールドで発生するプレーの連鎖。連鎖を成功させるためにリバプールの選手は、オフ・ザ・ボールの動きで背後のスペースを突くこと、とりわけ相手のブラインド・サイドに走り込むことを繰り返す。
ディエゴ・シメオネ(1970年4月28日)
シメオネ率いるアトレティコ・マドリード(2011-12シーズンより指揮)はカウンター・アタックを非常に効果的に使う。ただし、多くのケースでリバプールよりもかなり深い位置でボーを奪う。つまり、ロングカウンターが主な武器になる。アトレティコ・マドリードのそうしたプレーを撮影したのが下の写真。左サイドバックがボールを奪ってセンターバックのステファン・サビッチに素早く展開。すぐに縦へ蹴り込まないのは、横に展開することで相手を前に引き出すためだ。
さらに、センターバックがマルコス・ロレンテ(14番のLlorente)へフィードして相手を食いつかせている。その瞬間、ルイス・スアレス(9番のSuarez)が最終ラインの裏へと鋭く動き出す。相手選手と入れ替わるような一瞬のタイミングを逃さずにロレンテがパスを送れば、あとは稀代のストライカーであるスアレスがゴールを決めるだけとなる。
ポジティブ・トランジションのポイント
ポジティブ・トランジションでの振る舞い、あるいはその後のプレー選択にはチームの狙い、そしてボールを奪った位置が色濃く影響する。むしろ、チームの狙いによってボールを奪う位置が変化し、攻撃の形も変わると言うべきかもしれない。ボール奪取のエリアを簡単に分類すれば、中央、右サイド、左サイド、アタッキングサード、ミドルサード、ディフェンディングサード。組み合わせは「3☓3=9」となり、9種類の状況が想定できると言えるかもしれない。
いずれにせよ、「ポジティブ・トランジションからのカウンター・アタック」を成功させるには「連動した動き」、「攻撃のスピード」、「スペースの使い方」をよく理解することが重要になる。繰り返しになるが、カウンター・アタックだけ選択肢ではない。それも踏まえた上でポジティブ・トランジションをうまく操れれば、ゲームの主導権争いで優位に立てる。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部