偽9番(フォルス・ナイン)とは、典型的な9番(通常、ストライカーがつける背番号)と異なり、センターフォワードの位置から頻繁に中盤に下がり、中央でパスを受けて攻撃を組み立てる9番を指す。主なタスクは、「相手のセンターバックから離れた位置でボールを受けること」、そして「相手のセンターバックを本来のポジションから引き離すことで守備を混乱させること」になる。
一説には、1890年代後半のコリンチャンス(ブラジル)に起源があると言われている。当時、センターフォワードだったゴー・スミスは、中盤に下がって両ウイングにスルーパスを供給したり、他の選手のためにスペースをつくり出したりするプレーを好んでいた(当時は「1-2-3-5」システム)。彼の出現により、「できるだけ高い位置にいる」という概念からストライカーは解き放たれたとされている。
また、1920年代のリバープレート(アルゼンチン)では、5人が前線に並んだ布陣(「1-2-3-5」システム)の中心に陣取るストライカーが「コンダクター」と呼ばれるような役割を担っていたという記述がある。1930年代にはオーストリア代表(「1-2-3-5」システム)においてマティアス・シンデラーが「下がるセンターフォワード」として起用され、その後、1950年代の『マジック・マジャール』と呼ばれたハンガリー代表(MMシステム)ではナンドール・ヒデグチやペテル・パロタシュが同じような役割を担った。
しかし、「フォルス・ナイン」という言葉が使われるようになったのは最近の話だ。ストライカーが9番を背負っていても、「偽の」ポジション、通常は9番がいないような場所に移動するという考え方に基づいている。
近代のフォーメーションにおける偽9番の最初の例はミカエル・ラウドルップだろう。FCバルセロナ(スペイン)を率いた故ヨハン・クライフがM・ラウドルップをセンターフォワードとして起用し、中盤に下がる動きを求めた(1889-1994シーズン所属)。なお、当時のFCバルセロナにはのちにFCバルセロナを率いることになるジョゼップ・グアルディオラがいた。そのグアルディオラがリオネル・メッシを偽9番に起用することになる。
偽9番にとって最も重要なのは、インポゼッション時(ポゼッション中)や速攻を仕掛ける際、本来の高い位置から中盤に下がるのに正しいタイミングを感じられること。「(中盤に)落ちる動き」は相手センターバックに「偽9番をフォローして中盤まで追うか?」、「偽9番をフォローせずにポジションに留まるべきか?」というジレンマを与える。つまり、適切なタイミングで落ちれば、相手を混乱させられるのだ。
つまり、高いレベルの偽9番には、卓越した洞察力と周囲を見る力が必須だ。なぜなら、背後(センターバック)からのプレッシャーを避けるために最初のタッチを行なう場所がカギを握るからだ。プレッシャーを回避してボールに触れれば、スペースに移動したり、チームメイトと連動したりしやすくなる。また、偽9番に求められるのはオフ・ザ・ボールの能力だけではない。素早いターンやドリブル、スルーパスなど、オン・ザ・ボールでの高い技術も必要だ。万能選手であることが偽9番の条件と言えるだろう。
とはいえ、9番である以上、あらゆる角度からプレッシャーを受けながらもフィニッシュに持ち込める能力も欠かせない。例えば、中盤に落ちてプレーを組み立て、その直後にペナルティーエリアに入ってシュートを打つようなプレーが求められる。一瞬でゴールを陥れるためには精度の高い1タッチ・シュートが役に立つ。
なお、チームがインポゼッションではないとき、典型的な9番と偽9番の役割に大差はない。アウト・オブ・ポゼッション(守備時)では、「中央で相手にプレッシャーを与えて中央を使わせない」、「数的優位をつくってボールを奪い返す」などが主なタスクになる。
また、守備時の偽9番はセンターフォワードの位置(最も高い位置)に入ることが多い。そうすることで、ボールを保持するセンターバックにプレッシャーをかけたり、中盤の底にいる選手(アンカーやボランチ)へのパスコースを遮ったりするのだ。攻撃時(低く)と守備時(高く)ではポジショニングが逆、とも言える。
先に触れたように、グアルディオラによってリオネル・メッシは偽9番に据えられた。ライン間という狭いエリアでボールを受けてターンでき、しかもドリブルで前進できるメッシを偽9番にするのは理に適っている。とりわけ、半身でボールを受けることを苦にせず、落ちることで半ヤード(50センチ)ほどのスペースをつくれば、センターバックに向けて仕掛けられたのは大きい。仮にセンターバックにフォローされたならば、ボールを相手から遠ざけながらドリブルでプレッシャーを回避し、「死角」へとスルーパスを繰り出して打開できた。しかも、センターバックが引き出されて生まれたスペースに入ってパスを受けるウイングはかなり加速しているため、相手は難しい対応を迫られた。
セスク・ファブレガスは、FCバルセロナ(ヘラルド・マルティーニ監督時代)やEURO2012で優勝したスペイン代表(ビセンテ・デル・ボスケ監督時代)において偽9番としてプレー。(上の写真)。セスクが起用されたのは、プレッシャーを受けながらもパスコースをつくれ、実際にパスを受けられたからだ。もともと中盤の中央を主戦場としていたこともあり、中盤で数的優位をつくり出すことでも貢献した。セスクの良さはビルドアップで際立った。彼が落ちると相手のMFが対応したり、パスコースを消そうとしたりしたため、セルヒオ・ブスケツやアンドレス・イニエスタなど、ビルドアップに関わる選手のプレッシャーが低下したからだ。結果、クラブでも代表でもこの2人は容易にパスの起点となれ、ミドルサードにおける支配権をチームは手にした。
カリム・ベンゼマはレアル・マドリードにおけるキャリアを通じて偽9番としての良さを遺憾なく発揮しているが、特にジネディーヌ・ジダンの監督時代に大きな功績を残した。引いて守る相手を攻略するにしても、カウンター・アタッカーを仕掛けるにしても、彼は落ちたり、サイドに広がったりして攻撃に変化を加えた。しかもベンゼマはキープ力と連係プレーに長けていたため、クリスティアーノ・ロナウドやガレス・ベイルは易々とゴール前に走り込んでフィニッシュに絡めた。
• ハリー・ケイン:トッテナム(ジョゼ・モウリーニョ監督時代)やイングランド代表(ガレス・サウスゲート監督)でプレー
• ロベルト・フィルミーノ:リバプール(ユルゲン・クロップ監督)
• フランチェスコ・トッティ:ASローマ(ルチアーノ・スパレッティ監督時代)
• カルロス・テベス:マンチェスター・ユナイテッド(アレックス・ファーガソン監督時代)
•ミカエル・ラウドルップ:FCバルセロナ(ヨハン・クライフ監督時代)
• ヨハン・クライフ:アヤックス(リヌス・ミケルス監督時代)
• ラヒーム・スターリング、フェラン・トーレス、ベルナルド・シルバ、ケビン・デ・ブルイネ、イルカイ・ギュンドアン:マンチェスターシティ(ジョゼップ・グアルディオラ監督)
偽9番が落ちることの大きなメリットは、最終ラインにギャップを生み出せること。センターバックが偽9番を追えば、1人抜けることで最終ラインにギャップが生まれる(ウイングや攻撃的MFが利用)。そのギャップを埋めるために残りの3人(2人)が中央に絞れば、サイドにスペースが生まれる。いずれにしても、攻撃側はスペースを得られる。また、センターバックが偽9番を追わなければ、偽9番はライン間(最終ラインと中盤底のMFの間)でプレー・スペースを得る。仮に、中盤底のMFが偽9番をマークするためにポジショニングを下げれば、攻撃チームのミッドフィルダーがパスしたり、ドリブルしたりできるスペースを手にすることになる。
「いいことばかりの『偽9番』」に思えるが、当然、導入には難点もある。最大の問題は選手のクオリティーだ。偽9番を託される選手は、傑出したボール扱いができ、相手のプレッシャーを受けてもライン間でプレーできなければいけない。しかも、高い戦術理解度も求められる。こうした選手には高値がつき、「おいそれとは獲得できない選手」なのだ。
また、構造上の問題もある。偽9番が落ちれば、守備側から見れば、ゴールに最も近い場所に物理的、そして精神的な「脅威」がないことを意味する。また、プレー・スタイル次第とも言えるが、「クロスからのゴール」という攻め手を放棄しているとも言えなくない。
偽9番は3バック(3人のセンターバック)に対して効果が薄いという意見もある。実際、3バックの1人が偽9番を追っても追わなくても、スペースを的確に管理できているというケースは少なくない。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部