カウンター・プレスとは?
カウンター・プレスとはボール・ロストと同時にプレスをかけて相手を混乱させる戦略。攻撃から守備に切り替える際に行なう。具体的には、数人のプレーヤーがボールを刈り取るためにボール保持者と付近にいる相手選手に対してアグレッシブなプレスを仕掛ける。ポイントは、相手の攻撃態勢が整う前にボールを奪還し、ポゼッションを素早く再開することだ。
カウンター・プレスの歴史
プレッシング(ボールに圧力をかけること)は「守備の5原則」の一つであり、サッカーの誕生以来、ゲームの一側面として存在してきた。1960年代以降、故ヴィクトル・マスロフ(1910年4月27日-1977年5月11日)、故エルンスト・ハッペル(1925年11月29日-1992年11月14日)、故リヌス・ミケルス(1928年2月9日-2005年3月3日)、故ヴァレリー・ロバノフスキー(1939年1月6日-2002年5月13日)、アリゴ・サッキらがアグレッシブなプレッシングをチームに取り入れて注目を集めた。
恐らく、多くの人が衝撃を受けたのは1974年の西ドイツ・ワールドカップにおけるオランダ代表が見せた『ボール・ハンティング』だろう。30年ぶりにワールドカップ出場を果たしたオランダ代表は今で言うカウンター・プレス、つまり、ボールを失った瞬間から前線でプレスしてボールを奪って見せた。「引いて守る」という守備概念を覆したのだ。
カウンター・プレスはドイツ語の「gegenpress」の訳語。故ヴォルフガング・フランク(1951年2月21日-2013年9月7日)ラルフ・ラングニック、ユルゲン・クロップ、トーマス・トゥヘル、ユリアン・ナーゲルスマンなど、多くのドイツ人監督がさまざまなクラブで導入し、結果を残している。
なお、gegenpressの「gegen」は英語の「against」に相当する。
守備の5原則
・Press:プレスをかける
・Delay:遅らせる
・Deny:自由にプレーさせない
・Dictate:守備陣形を整える
・Control & Restraint. Emergency defending:プレーの限定、最も危険なエリアを守る
攻撃時に実行すべきこと
一般的に、ポゼッションしているチームはピッチ全体に選手を配置し、ピッチの広いエリアを使うようにする。プレーするスペースを増やすことで相手がカバーしなければいけないエリアを拡大し、ボールを追いかけて走る距離を長くするためだ(対応しきれないようにするためとも言える)。
しかし、カウンター・プレスをチームに導入するとなれば、事情は異なる。カウンター・プレスに欠かせないのは「ボールを失った瞬間にプレスすること」。となれば、ピッチを広く使うだけでなく、ボール失った際にプレスを仕掛けられるようにボールの周囲に選手がいる必要がある。
つまり、「攻撃のために広く」と「守備のために狭く」のバランスをうまく取らなければならないのだ。
カウンター・プレスの方法
カウンター・プレスを成功させるには選手たちが素早く守備に切り替えられなければいけない。そしてネガティブ・トランジションが発生したら、ボールを失った選手(あるいは最もボールに近い選手)は可能な限りボール保持者にプレッシャーを与えて自由を奪う。そして、タックル、インターセプト、「1対1」を制すなどして再びポゼッションに入る。
一方、ボール保持者にアタックしていない選手はボールの周囲に群がり、相手がプレーできるスペースを制限するためにコンパクトな陣形にする。
周囲にいる選手に求める守備方法には以下のようなものがある。
・マンマークを採用し、ボールを受けたら相手にプレッシャーをかけてボールを奪う
・ゾーンマークを採用し、相手のパスレーンをカバー。インターセプトを狙う
・マンマークとゾーンマークをミックス
カウンター・プレスを採用する主な監督
ユルゲン・クロップ(リバプール)
ボルシア・ドルトムント時代にアグレッシブなカウンター・プレスで大成功(2010-11から国内リーグを連覇)を収めたドイツ人監督。ブンデスリーガでは相手陣内からプレッシャーを与え、チャンピオンズリーグなどで強豪と対戦する際にはミドルサードでプレッシングを発動させるイメージだった。2015-16シーズンから指揮するリバプールではピッチ上のあらゆる場所でカウンター・プレスを仕掛ける(下写真)。まさに相手を窒息させるようなプレッシングで相手の自由を奪って勝利を重ねている。2018-19シーズンにチャンピオンズリーグ優勝、2019-20シーズンにプレミアリーグ優勝を果たし、2021-22シーズンにはFAカップとEFLカップを制し、チャンピオンズリーグでも決勝に進出している(5月29日開催)。
ペップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)
グアルディオラは、攻撃的なカウンター・プレスとポゼッションを融合させたプレー・スタイルの使い手。特徴的なのがインフィールドに人数を割くことだ。中に絞るサイドバック、『偽9番』、『インサイド・フォワード』という選手を起用して攻撃時にもピッチ中央に多くの選手がポジショニングし、ボールを失ったらすぐにボール狩りを開始できる準備を整えている。
FCバルセロナ時代(2008-12シーズンに指揮)はインターセプトとスペースのカバーリングに重点を置いていたが、バイエルン・ミュンヘン(2013-16シーズンに指揮)では闘争心を発揮して『デュエル』(「1対1」)でボールを奪った(下写真)。2021-22シーズンにもプレミアリーグを制したマンチェスター・シティでは、この2つを見事に融合させた。
マルセロ・ビエルサ(元リーズ・ユナイテッド)
2018-22シーズンにリーズ・ユナイテッドを率いたビエルサはピッチの至るエリアで積極的なカウンター・プレスを選手に求めた。ポゼッション時の選手たちはポジション変更を繰り返して動き回るが、ボールを失うや否や、ボール付近にいる選手がボール保持者にアタックし、周囲にはほかの選手が群がる(下写真)。そしてプレッシングではマンマークを採用し、タックルやデュエル、そしてブロックなど、あらゆる守備アクションを駆使してボール奪取を試みる。
ラルフ・ハーゼンヒュットル(サウサンプトン)
RBライプツィヒ(2016-18シーズンに指揮)とサウサンプトンFC(2018-19シーズンから指揮)においてハーゼンヒュットルはカウンター・アタックから相手ゴールに迫る戦術を採用。カウンター・アタックの引き金になるのがカウンター・プレス。「4-4-2」のコンパクトな陣形(下写真)を敷いて選手たちはボール周辺のスペースを埋め尽くし、ボールを動かそうとする相手のプレーを制限、素早くボールを回収してカウンター・アタックを放った。
プレスを回避するために相手が陣形を広げることもハーゼンヒュットルにはプラスに働く。ボールを奪い返した時により多くのスペースを得られるからだ。
カウンター・プレスのメリット
カウンター・プレスの最大の利点は相手ゴールに近いエリアでの素早いリゲインにつながること。また、守備陣形から攻撃陣形に相手が移行しようとしている最中であるため、陣形にギャップが生まれている可能性が高い。そのギャップを突いてのチャンスメイクが可能になる。事実、カウンター・プレスを習得しているチームは、ピッチの高い位置でターンオーバーしたあとに多くのゴールを決めている。
攻撃面でのメリットも見逃せない。素早くボールを奪い返すことでアウト・オブ・ポゼッションの時間やボールを追い回す時間を短縮可能。逆にポゼッション時間を長くすることでゲームをコントロールできる。
また、カウンター・プレスを始動させれば、ボールを奪えなくとも、アグレッシブなプレッシャーによって相手の前進を遅らせたり、バックパスを選択させられたりできる。つまり、相手のカウンター・アタックを阻止できるのだ。あるいは、アウト・オブ・プレーにすることで守備陣形を整えるための時間的な余裕を手にできる。さらに、プレッシングを仕掛けることで、ピッチ上の特定エリアで大きな脅威となり得る相手選手を無力にできる。
カウンター・プレスのデメリット
カウンター・プレス導入における最大の課題は相手にスペースを与えないようにすることだ。プレッシングするために選手が前に出れば、当然、最終ラインが高くなって背後にスペースを生むことになる。そのため、プレス網を突破された場合、最終ラインは数的不利な状況に陥りやすく、カウンター・アタックを防ぎにくい。
また、カウンター・プレスを機能させるには能力の高い個々と統率の取れた組織が前提となる。選手たちには、ボールを奪われた瞬間に素早く、ほとんど本能的に守備に切り替えられる戦術的なインテリジェンスが求められる。しかも90分間、切れない集中力の持ち主でなければならない。それだけではない。プレッシングの手を抜く選手が一人もいないことも重要。そういう選手が一人でもいれば、そこからプレスは決壊する。個と組織を整えられなければ、この戦略が失敗する可能性は高まる。
さらに、フィジカル・コンディションの維持も重要なテーマだ。カウンター・プレスは身体的な負担が大きいため、強靭な肉体が求められる。しかも俊敏性も欠かせない。またシーズンを通じてカウンター・プレスを続けると、シーズンの終盤に疲労が蓄積してカウンター・プレスが空転するリスクもはらむ。
デメリットの解消策
「いつでも全力でボールを奪い返そうとしない」が一つの解決策になり得る。つまり、ボールを奪還できる可能性が低そうな場合はボールを奪い返すためのプレッシングではなく、相手のプレーを遅らせるためのプレッシングに抑えるのだ。ボールに近い選手がパスコースを消したり、スクリーンしたりすることで相手の攻撃をディレイし、他の選手は適切なポジションに復帰し、守備ブロックを形成する。あるいは、前からのハイプレスは放棄し、素早く帰陣してミドルブロックやローブロックで守ることを選択してもいい。
いずれにしてもチームとしての意思統一が重要。中途半端な対応はさらなるピンチを招く危険性があるからだ。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部