ダン・アシュワース
ブライトン(テクニカルダイレクター):2019〜2022
私たちが実行したすべてのことは、イングランド国民に『我々は勝てる』と信じられるようにするためのことでした。
選手に対するコーチの接し方、ウオーミングアップ、リカバリー、食事、移動の仕方まで『イングランドDNA』(選手と指導者の哲学)を作り上げようとしました。それこそ、すべてに関してです。
選手たちには、私たちが期待していることを明確に伝えました。フィールド上でもフィールド外でも、選手に基準を示すようにしました。基準が目指すのは、ワールドカップやEUROという国際舞台をポジティブな場所することでした。
私がテクニカルダイレクターとしてイングランド協会(以下、FA)に参画したのは2012年9月17日(アシュワースは1971年3月6日生まれ)。『セント・ジョージズ・パーク』(ナショナル・フットボール・センター。下写真)完成直後のことでした。
セント・ジョージズ・パークの運営を軌道に乗せ、命を吹き込むことも私に与えられた任務の一つ。完成以前、イングランド代表にはホームとなる練習場がありませんでした。しかし完成後は、セント・ジョージズ・パークが男子と女子のA代表、そしてアンダー代表(合計23チーム)のホームとなったのです。
パークには、選手たちにキャリアの築き方や夢を実感させる効果もありました。アンダーからAまでの代表チームが近くで練習しているからです。しかもU-19の選手をU-21の練習に参加させたり、U-21の選手をA代表にまぜたりすることが簡単にできました。
当時、FAは選手育成に対する投資を大幅に増加させることを決め、カテゴリー別のチームも増やしました。U-15を新たに加え、U-18とU-20を復活。そしてチーム数を増やすと同時に、コーチング方法の開発やタレントの発掘、そして選出されたタレントのマネジメントに多大な資源を投入しました。
その後、非常に優秀な若い選手たちがイングランドにいたことが大きかったのは事実ですが、育成組織のわずかな変更がイングランドに多くの成果をもたらします。
2017年にはU-17ワールドカップとU-20ワールドカップをダブル制覇。またヨーロッパの舞台では、U-17選手権で2014年に優勝し、2017年にも準優勝、U-19選手権においては2017年と2022年に優勝しました。さらにU-23を対象とする『トゥーロン国際大会』では2016年から3連覇しました。
2012年のパーク完成とその後のタイトル獲得は2018年のロシア・ワールドカップを目指すA代表の基盤となりました。
2018年に向けて我々が目指したのは、多くの若手選手を出場させられる環境を整えることでした。決勝トーナメントの1回戦で姿を消した南アフリカ・ワールドカップ(2010年)に出場したチームの平均年齢は28.4歳と、出場チームの中でも2番目に高かったのです(最年長はブラジルの28.6歳)。しかし2018年大会に出場したチームは、最も若いナイジェリアの25.9歳に次ぐ平均26.0歳となり、当初の目標を達成できました。エキサイティングな仕事の成果だったと思っています。
「クロアチアとの準決勝で68分まで1-0とリードしながらファイナルに進めなかったのは今でも悔やまれます」
ロシア・ワールドカップに向けてはガレス・サウスゲート監督(下写真の右)と頻繁にコミュニケーションしながら働くように心がけました。
代表チームが結果を残すにはしっかりしたサポート体制が必要だと思ったからです。
最終的には、ガレスと彼のアシスタントであるスティーブ・ホランドに決定権があるのですが、私はできる限り積極的に協力しました。ガレスとスティーブがA代表で最高の仕事をするために、私はどんな情報でも提供するように努めました。
イングランドDNAを形成する上で議論したことがもう一つあります。それは、イングランドのサッカー観をある程度、統合し、かつインスピレーションを与えるための施策でした。
国際舞台で結果を残せない代表は、長年にわたってサポーターたちの不満の種となっていました。しかし、「A代表はロシアにおいて成功した」と我々は考えています。この幸福感を現地で直接、味わえた人々は多くはいませんが、TVで見たり、人々と話したりしていました。我々が達成したことにみんなが刺激を受けているのは明らかでした。
ただし、クロアチアとの準決勝で68分まで1-0とリードしながらファイナルに進めなかったのは今でも悔やまれます(68分に追いつかれ、延長戦で失点して1-2)。しかし、ロシア大会に参加できたのは光栄なことでしたし、とても誇りに思っています。
テクニカルダイレクターの役割は、クラブによって、また国によって異なります。私のキャリアの中でも、テクニカルダイレクターの役割は変化してきました。
テクニカルダイレクターに「普通の道」はありません。
私はかつて、サッカー・ピラミッドの下位に位置するクラブでコーチングやアカデミーの運営に携わってきました。そして、ウエスト・ブロムウィッチ・アルビオン(以下、WBA。就任当時はイングランド・リーグ2部所属)でテクニカルダイレクターとして働く機会を得ました。
テクニカルダイレクター職を設けると決めたジェレミー・ピース会長(2016年まで所有)は時代の最先端を走っている人物でした。先見の明があったのです。
私がテクニカルダイレクターになったのは2007年。あの頃、そうした職務を設けているクラブはイングランドでもほとんどありませんでした。そのためジェレミーは、多くのクラブがテクニカルダイレクターを雇っているフランスやイタリアを詳細に研究し、導入することにしたのです。
「『選手たちに可能な限り最高のチャンスを与える』、これが我々の信条。将来、フィットする可能性の最も高いポジションで選手たちにプレーさせることを意味します」
正直に言うと、オファーを受けた時には「テクニカルダイレクターが何をするのか」がよく分かっていませんでした。彼のビジョンはこう。トップチーム、選手採用、アカデミー、メディカル&スポーツ・サイエンスといった各部門を統括し、連携させるのがテクニカルダイレクターということでした。
私は以前、『ピーターバラ・ユナイテッドFC』、『ケンブリッジ・ユナイテッドFC』、そしてWBAのアカデミーで似たような役割を果たしていました。しかし大きく変わる点がありました。それは、比較にならないほどの強いプレッシャーを受けることでした。
WBAのテクニカルダイレクターに就任してから長い時間が流れ、2019年にはブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCのテクニカルダイレクターに着任(現在はニューキャッスル・ユナイテッドFCのスポーティングダイレクター)。それでも、仕事の内容が劇的に変化したとは感じていません。変わったとすれば、周囲でしょう。イングランドでもこのポジションが一般的になり、プレミアリーグに所属する大半のクラブがテクニカルダイレクターを置いています。
私の役割は、クラブのサッカー面を統括し、さまざまな部門をつなぐこと。私は車輪の中心に位置し、スポークの先にある7つの部門をつないでいるのです。
7つの部門を紹介します。
グラハム・ポッター監督(現在はチェルシー)の男子トップチーム、ホープ・パウエル監督(2022年に退任)の女子トップチーム、ポール・ウィンスタンリー率いる採用&分析部門、デビッド・ウィアーが長を務める財務部門、ジョン・モーリングが統括するアカデミー部門、アダム・ブレッド担当のメディカル&スポーツ・サイエンス部門、そしてジェームズ・ベルとカーラ・リア・モーズリーが預かる心理面&メンタルウェルビーイング部門です。
車輪の中心にいる私の仕事は、7部門を統括、管理、サポートし、さらに挑戦させ、かつ連携させること。もちろん最大の目標は、ブライトンが目的地に到達できるために課せられた任務を各部門がこなせるように仕向けることです。
クラブには、選手の育成や目指すプレー・スタイルを実現するために最適と思われる基本原則や哲学、いわば『ブライトンDNA』とでも言うべきものがあります。そして、トップチームのパフォーマンスと結果を念頭に置いてアカデミー、採用体制、資金計画、メディカル体制など、あらゆるものを整えていきます。当然、綿密な計画やプランがなければ、時間と労力、そして資源を無駄にすることになります。
例えば、ブライトンには他のクラブと異なる育成指針があります。それは、ディフェンダーであってもボール保持時のクオリティーをしっかり評価する点。選手を獲得する時、アカデミーで若手を昇格させる時、そしてコーチを探す時、あるいは選手をレンタルに出す時でも、ボールを保持した時にも最大限の能力を発揮できるディフェンダーにできることが前提になります。
ブライトンの指針が正しいと言いたいわけではありませんし、他のクラブや指導者の変え方を批判したいわけでもありません。ただ、私たちが大切にしていること、クラブの全員が大切にしていることを言ったにすぎません。しかしだからこそ、クラブに関わるすべての人間が同じ考えを共有できるのです。
「より若い選手や誰もが目にするような地域の選手ではなく、簡単には足を運べない地域にいる選手にも目を向けなければならないのです」
ブライトンにはトップから育成部門の幼いカテゴリーまで統一された原理原則があります。
もっとも、2021-22シーズンまで率いたグラハム監督(下写真)はさまざまなシステムでプレーしましたし、試合中にシステムを変えていました。クラブとしても、若い選手たちがたった同じシステムばかりでプレーするのを望んでいません。システムを統一するという意味ではありません。
明確な理由があります。トップチームが「4-3-3」システムに固定しているとします。その時、U-18に所属する選手のベスト2がセンターフォワードであったり、ベスト3がセンターバックであったりしたら将来、どうなるでしょう? システムが「4-3-3」だけであれば、得意なポジションでプレーできなかったり、プレー機会をまったく得られなかったりする選手が現れるのです。
「選手たちに可能な限り最高のチャンスを与える」、これが我々の信条。将来、フィットする可能性の最も高いポジションで選手たちにプレーさせたいのです。
育成過程では2つや3つのプレー原則を習得しなければなりませんが、すべてのカテゴリーにおいて戦術的な柔軟性を選手は身につけるべきだと考えています。
選手獲得に関しては、将来を見据えることに重きを置いています。もちろん、元オランダ代表のジョエル・フェルトマン(1992年1月15日生まれ)のようにトップチームで即戦力となる選手を獲得できるのであれば、それは素晴らしいこと。できることならばそういう選手を獲得したいと思います。しかし多くの場合、選手の獲得競争に加われるような財政基盤を有しない我々には叶わぬ夢。ですから、市場価値がピークに達していない選手と契約することが多くなるのです。
ですから我々は、より若い選手や誰もが目にするような地域の選手ではなく、簡単には足を運べないような地域にいる選手にも目を向けなければならないのです。我々が求めているのは『バリュー・フォー・マネー』(金額に見合った価値)なのです。
理想は、U-23チームでプレーし、さらに成長してトップに合流できる選手かもしれません。加入時は低い期待値からスタートしても、レンタル移籍を経てやがてトップチームでプレーできるようになる選手もいいでしょう。
ただし、期待値の低い選手ばかりではいけません。プレミアリーグで活躍できる選手と目標達成に必要な勝ち点を積み重ねられる選手たちも欠かせないのです。クラブとしてのバランスが重要になります(2017-18シーズンに35年ぶりにトップリーグに復帰。以降、残留に成功)。
そのため、移籍市場の動向や選手の契約状況を長期的な視点に立って見ています。ブライトンでレギュラーとして活躍している選手のピークアウト後、あるいはビッグクラブから断れない巨額のオファーが舞い込んだ時のバックアッパーになりそうな選手に移籍市場では目を光らせています。また、あるポジションの後継者を育てるために有望株を育成部門に加えることもあります。日夜、そういうこと考えているのです。
クラブのアカデミーや選手のレンタル・システムはトップのために存在します。監督が「起用したい」と思う選手を揃えるためにあるのです。
「ブライトンは長期的な視野を基準にするクラブ。トニー・ブルーム会長も長期的なプランを支持してくれています」
私が加入した時のクラブは「トップチームにおける選手の出場時間の30パーセントをアカデミー出身者が占める」という非常にチャレンジングな目標を掲げていました。これは本当に高い目標。とりわけプレミアリーグで達成するのはとても難しいことです。
しかしブライトンは野心的なクラブですし、私とアカデミーの責任者であるモーリングは「可能だ」と信じていました。
ただし、若い選手たちに十分な出場機会を与えるためには、多大な努力を我々は払わなければいけません。トップチームの選手層が厚くなりすぎないようにするのも私が注力すべきこと。もし選手層が厚くなりすぎているならば、それは私の失敗です。監督と協力して若手が食い込める隙間を広げなければなりません。
グラハム政権下のトップチームには、ルイス・ダンク(2010-11加入)やソリー・マーチ(2011-12加入)のように在籍期間の長い選手、あるいはベン・ホワイト(2021-22からアーセナル)やGKロベルト・サンチェス(2018-19加入)のようなレギュラー、そしてスティーブン・アルザート(2017-18に加入してレンタルを経験)やアーロン・コノリー(2017-18に昇格してレンタルを経験)のようにより多くのプレー時間を得るべき選手もいました。
ブライトンの監督には、若い選手たちが成長するためのチャンスと生き残るためのスペース、そして時間的な猶予を与える大胆さが求められます。目標を打ち立てた頃の数字を見ても、30パーセントという目標から大きく乖離していたわけではないだけに、さらなる「ひと押し」の勇気が必要でした。
2020-21シーズン、初めて目標を達成しました。
ブライトンは長期的な視野を基準にするクラブ。トニー・ブルーム会長も長期的なプランを支持してくれています。トニーは、アカデミー出身の選手が増えることを望んでいますし、外部から獲得した選手が出番を得るようになるために時間を要するかもしれないとしっかり理解してくれています。
そういうポリシーを持つクラブだからこそ、トップが結果を残せない時期には監督をサポートしなければなりません。そして、監督の判断やクラブの掲げるフィロソフィーや理念に対するフロントの理解と信頼があれば、成功をもたらすポジティブな雰囲気にトップやクラブは包まれるのです。
毎週、毎週、うまくいくとは限りません。しかし緻密な計画を立て、みんなが力を合わせれば、うまくいかないことよりもうまくいくことのほうが多くなるはずです。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部