ダビド・ベットーニ
ヘッドコーチ(レアル・マドリード)、2016-2018&2019-2021
「我々が準備したのはできる限りシンプル、かつ質の高いトレーニング。選手たちが楽しめ、次のトレーニングにも高いモチベーションで臨めるようにしたいと考えました」
ただ、良い準備が勝利を確約するわけではありません。
非常に難しい局面もありました。それは、チャンピオンズリーグの準々決勝、ヴォルフスブルグとの1stレグ。この試合に負けるとは誰も思っていませんでしたが、0-2で落とすのです。
誰もが落胆していましたが、ロッカールームに戻ったジズーはすぐにポジティブな言葉を選手に投げかけ、2ndレグに向けて状況を好転させ始めました。
「0-2からひっくり返してヴォルフスブルグを下した時、チャンピオンズリーグ制覇を我々は確信しました」
「残り90分ある。ヨーロッパでの経験が少ないヴォルフスブルグは、『サンティアゴ・ベルナベウ』での試合の立ち上がりに失点すれば、間違いなく浮足立つだろう」
ジズーはこう言いました。
あの試合について、もう一つ印象的だったのはキャプテンたちのリーダーシップ。クリスティアーノ・ロナウド、セルヒオ・ラモス、マルセロ、ペペたちはジズーと団結し、ポジティブなエネルギーをグループに与えていました。
ポジティブなエネルギーの一例としては、試合前日にクリスティアーノとかわした言葉が挙げられます。
試合前日の練習後、フリーキックのトレーニングをするのが当時のルーティンでした。いつも通り、2人で残ってトレーニングをしていると、クリスティアーノが宣言したのです。
「明日、俺が3ゴールを奪う」
私は「それは、君にしかできないことだ」と応じました。そして彼は実際に約束を果たし、彼の3ゴールによって逆転で勝利(2試合合計3-2)した我々は準決勝へ駒を進めます。
0-2からひっくり返してヴォルフスブルグを下した時、チャンピオンズリーグ制覇を我々は確信しました。なぜなら、チャンピオンズリーグにおいて0-2からの逆転は簡単ではなく、それを実現したからです。
もっとも我々は、最後の最後に高い壁を乗り越えなければなりませんでした。決勝の相手、アトレティコ・マドリードです。彼らは、相手のミスを辛抱強く待ち、抜け目なくミスを突く。しかも、実に隙の少ないチームでした。
小さなミスが試合を決定付ける。そう覚悟した我々は、細心の注意を払いながら試合に向けて準備を進めました。
決勝での『マドリード・ダービー』−−。
とてもエモーショナルな試合になることは分かっていました。それでも自分たちのフットボールを表現するため、選手が落ち着いて試合に臨めるようにアプローチしました。キックオフの笛が吹かれてしまえば、我々にできることはほとんどありません。
「選手との接し方を心得ているジズーはあっという間にグループを掌握しました」
ハーフタイムは、選手たちをマネジメントできる貴重な時間。決勝戦でのハーフタイム、ジズーは選手に、集中を切らさず、ゲームプランを忠実に遂行しようと伝えました。そして、こう言います。
「絶対に勝利をアトレティコに譲るな」
実にタフな試合でした。1-1から試合は延長に突入しますが、フィジカル的に限界を迎えていた両チームに2点目を決める力は残されていませんでした。勝敗の行方はPKに委ねられます。
そしてPK戦の末の優勝した私は未知の感覚と素晴らしい経験を得ました(PK戦は5-3)。
我々は、チャンピオンズリーグ優勝とセビージャを撃破して手にしたUEFAスーパーカップ優勝(2016年8月9日開催)を手にして2シーズン目を迎えました。
一昨シーズンのように途中から指揮するのと異なり、フルシーズンを指揮する際にはまた違った準備が必要でした。「シーズンを通じ、偉大な選手を擁したスカッドをどのようにコントロールするか」を考える必要があったのです。
「全選手が、自分は重要な選手であると感じなければならない」
それがジズーの考えでした。
しかし選手が、「自分は重要だ」と感じるにはプレーが必要です。どのようにするのか? 我々がたどり着いたのはローテーション。昨シーズンまで出場時間の多かった選手に対しては「(時間が減っても)エネルギーを常に維持してほしい」、「精神的にリフレッシュしてほしい」と言ってプレー時間の減少を受け入れてほしいと依頼しました。
「『バルテベバス』の雰囲気はすべての人々を幸せにしたのです」
コーチングスタッフの申し出は正しいと思っていましたが、話が簡単にまとまるわけがありません。なぜなら、「選手はフルタイム出場したいもの」だから。それでもジズーは、「ローテーションはチームのためであり、できる限り多くのタイトルを獲得するために必要なことだ」と根気強く説得し続けました。
一方で、ローテーションが戦力ダウンを引き起こすことはないと感じていました。チームには、素晴らしいバックアップ・メンバーがいたからです。アルバ・モラタ、マテオ・コバチッチ、ハメス・ロドリゲス、そしてダニーロ。彼らがいれば、チームのレベルが下がることはありません。
2016-17シーズンには、前述のUEFAスーパーカップを皮切りに、FIFAクラブワールドカップ、リーガ・エスパニョーラ、そしてチャンピオンズリーグというタイトルの獲得に成功しました。
私にとって最も重要だったのは、人として非常に興味深い冒険ができたこと。ロッカールームでの選手、スタッフとの関係は信じられないほど素晴らしいものでしたし、街、サポーター、そして会長とも本当に特別な関係を築けました。『バルテベバス』(レアル・マドリードの総合スポーツセンター)の雰囲気はすべての人々を幸せしたのです。
「翌2017-18シーズンには物事が簡単に進むだろう」と誰もが思ったはず。しかし、現実は異なりました。3シーズン目は、我々にとって非常に困難なものになったのです。
「レアル・マドリードには多くのプレッシャーがあり、精神的にすり減らされる」
ローテーションによって成長したほとんどの選手がチームを離れ、ダニ・セバージョス、マルコス・ジョレンテ、テオ・エルナンデス、アクラフ・ハキミなど、多くの若手が加入。振り返れば、新加入した若い選手をローテーションに組み込むべきではなかったのかもしれません。彼らは非常にレベルの高い選手ではありましたが、成功したチームで過剰な責任を負ったために実力を発揮できなかったのかもしれないと思うのです。
瞬く間に、リーガにおける成績は問題を提起する水準になります。首位に大きく水を開けられただけでなく、クリスマス後には『コパ・デル・レイ』(国王杯)でレガネスという2部のクラブに敗れました。
言い訳をしていると感じてほしくないのですが、あの時期、チームはスポーツ面の問題だけではなく、メンタル面でも問題を抱えていました。フットボールに限らず、あらゆるスポーツでも言えることですが、常にトップを走り続けるのは簡単ではありません。すべての試合で勝利を選手に要求するのは普通ではありません。トップを走り続ければ、メンタル面のフレッシュさが徐々に失われていくからです。
翻訳:石川桂