トランジションとは?
トランジションとはサッカーにおけるある局面を指す。それは、「攻撃」局面と「守備」局面の「切り替え」局面(トランジション)である。トランジションとは「一方のチームがボールを失い、もう一方の選手がボールを獲得する瞬間」を指す。つまり、「守備から攻撃」と「攻撃から守備」があり、サッカーにおける4局面の2つである。また、守備から攻撃への切り替えはポジティブ・トランジション(アタッキング・トランジション)、攻撃から守備への切り替えはネガティブ・トランジション(ディフェンシブ・トランジション)とも表現される。トランジションは一瞬の出来事だが、サッカーにおける非常に重要な要素である。
トランジションに関して理解しておくべきことがある。それは、短時間ではあるが、「秩序が乱れていること」。とりわけボールを失ったチームは混乱しており、ボールを奪ったチームがその混乱に乗じて攻撃を仕掛けられれば、大きな成果を得られる。また、ボールを失ったチームにすれば、素早く切り替えて守備組織を迅速に整えなければならない。
また、切り替える際にポイントとなるのは目に見えるプレーなど、身体的なことだけではない。ポゼッション・チームは攻撃とゴールを奪うことに意識を向けていたため、ボール・ロストに対する備えが疎かになっていることが少なくない。相手に攻め入るスキを与えないためにも、攻撃に集中しながらもリスクを管理することが大切になる。また、「ボールを奪われた」と落胆するのではなく、「ボールを奪い返す」と意識を切り替えられる強いメンタリティーも欠かせない。
「チームメイトを助けるために必要なこととは?それは、相手と対峙する味方をサポートすること、100パーセントの信頼を得ること」
トーマス・トゥヘル
ネガティブ・トランジションの発生
ボールを失ってネガティブ・トランジションが発生した時、失ったチームと選手は素早くディフェンシブな陣形に切り替えなければならない。またネガティブ・トランジションはピッチ上のあらゆる場所で発生し得ることを理解しなければならない。
ネガティブ・トランジション後の選択にはさまざまなものがある。例えば、できるだけ早くボールを奪い返そうとするカウンター・プレスもその一つ。あるいは、リカバリーランを即座に行なって守備ブロックを築く方法(リトリート)もある。いずれにしても、攻撃時から守備に意識を向けておくことが大切になる。
考慮すべき点
チームがボールを失ったとき、次のプレーへ移行するにはさまざまなアプローチがある。アプローチを決定する際に考慮すべきは、次のようなことだ。
■チームのプレー・スタイル
■ ボールを失ったエリア
■両チームのプレーヤーの位置関係
■プレーヤーの質と相手の質
■相手チームのプレー・スタイル
■試合時間
■試合の状況(例:スコア、負傷者、残りの交代要員)
また、ネガティブ・トランジションは、次の要素で分類できる。
■トランジションのスピード: 遅い、普通、速い
■トランジションの発生ゾーン
■選手の分布: ボールの前と後にいる選手の人数
2種類のネガティブ・トランジション
ネガティブ・トランジションから移行する主なアプローチは以下の2つだ。
1)リトリート
自陣のゴール方向にリカバリーランし、ボールと自陣ゴールの間に素早くポジショニング。相手の前進を阻止するため、アウト・オブ・ポゼッションの陣形にする。
2)カウンター・プレス
ボールの周辺に選手が群がり、できるだけ早く、しかも相手ゴールに近いエリアでのボール奪回を狙う。
切り替えのうまいチーム
リトリート型:チェルシー(トーマス・トゥヘル監督)
チェルシーは主に2つの方法で相手の攻撃を阻止。それはプレッシングと囲い込み。適切なタイミングでプレッシングして相手のボール保持者を囲い込んで自由を奪う。同時にほかの選手は帰陣。ただし、ボールよりも自陣寄りに多くの選手を割くと、相手にスペースを与え、結果的に主導権を手放すことになるケースも少なくない。
攻撃時に実行すべきこと
上の写真を見てほしい。
チェルシーが相手陣内でボールを失い、ネガティブ・トランジションが発生。ボールよりも自陣寄りのエリアで数的優位を確保しようとしている。選手たちは素早くリカバリーしてポジションに戻り、最も前にいる相手選手をマーク。DFの数を揃えて数的優位にすることが望ましい。
写真のケースでは、カイ・ハヴァーツ(29番のHavertz)がボールをロスト。失ったエリア付近にいたチェルシーの選手たち(ハヴァーツ[29番のHavertz]、エンゴロ・カンテ[7番のKante]、メイソン・マウント[19番のMount])は素早く縦に走り、相手の中央突破を阻止しようと試みる。シングル・ピボットのジョルジーニョ(5番のJorginho) もまずは相手の攻撃を遅らせるようにポジショニング。ただし、ボール保持者が前進しそうであれば、相手にアタックする。セサル・アスピリクエタ(28番のAzpilicueta)、チアゴ・シウバ(6番のSilva)、リース・ジェイムス(24番のJames)は最も前にいる選手をケアし、スペースでボールを受けられないようにする。
自陣寄りのエリアでボールを失った時には異なるアプローチを選択(下写真)。コンパクトなミドルブロックを再編成して守る。この状況での選手の役割は相手陣内でボールを失った時とは異なる。全員が素早く動いて距離を縮め、スペースを奪うことで相手に連係プレーをさせない。
チェルシーの目的は、タッチラインに向かって相手のプレーを押し出すこと。ピッチ中央で三角形(29番のHavertz、5番のJorginho、7番のKante)を形成してプレーの追い出しを図る。ボールをサイドに押し出したら相手を囲い込んでボール奪取のタイミングをうかがう。相手がインサイドでプレーしようとしても、トゥヘルのチームは中央に人数を割いて守るため、局面打開は非常に難しい。
カウンター・プレス型:FCバルセロナ(ペップ・グアルディオラ監督時代)
グアルディオラ時代のFCバルセロナが多くのタイトルを手にできたのは圧倒的なポゼッション力に寄るところが多い。そして高いポゼッション力を下支えしていたのが素早くボールを取り戻す力。つまりカウンター・プレスだ。フランク・ライカールト元監督時代(2003-08シーズン)のFCバルセロナはボール支配率で優位に立ちつつ、相手のカウンター・アタックから失点することがままあった。ジョゼ・モウリーニョ率いるチェルシーにたびたび苦杯をなめさせられたのは、その好例だ。
ボール・ロスト時の対策をチームに植え付けたのがグアルディオラ(2008-12シーズンに指揮)だ。ボールを失った瞬間、カウンター・プレスを発動させてボールを奪還。「ようやくボールを奪った」相手にすれば、再びボールを追い回すことになるのだから悪夢のような展開だろう。気力、体力ともに消耗するに違いない。
また、FCバルセロナのカウンター・プレスは攻撃と表裏一体。ボールのないサイドでの攻撃ルートを残しつつ、ボール・サイドに多くの選手を割いて密集内でボールを動かす。ミスをしない高い技術と的確なポジショニングの成せる技と言える。この密集は守備でも役立つ。ボールを奪った相手を瞬時に囲い込めるからだ。FCバルセロナの選手ほど、優れた技術を持ち合わせない相手選手にすれば、プレッシングをかいくぐれるわけもない。
上の写真では、FCバルセロナとの試合でボールを奪ったレアル・ソシエダがセンターバックへボールを戻してポゼッションを継続しようとしている。
対して、ボール・ロスト地点に近いセルヒオ・ブスケッツ(5番のBusquets)、ペドリ(16番のPedri)、そしてリオネル・メッシ(10番のMessi)がプレスを先導。一方、FWアントワーヌ・グリーズマン(7番のGriezman)とウスマンヌ・デンベレ(11番のDembele)、そしてセルジーニョ・デスト(2番のDest)とジョルディ・アルバ(18番のAlba)という両サイドバックはマークすべき相手に寄せている。こうしたサポート選手は積極的に前に出て、マークする選手にボールが来たらプレッシングできるように準備。写真では、FCバルセロナの陣形はやや間延びしているが、ボールを失った地点から選手たちが離れすぎていると、効果的なカウンター・プレスを放つのは難しい。
トランジションの重要性
前述したが、トランジションはゲームの中で両チームが最も混乱する時間帯である。とりわけ、ネガティブ・トランジション、つまり攻撃から守備に切り替えるチームの陣形は乱れていることが多い。だからこそ、カウンター・アタックという戦術がいつの時代でも有効なのである。しかし、ネガティブ・トランジションを効果的に管理できれば、失点の可能性を大きく低下させられる。さらに、カウンター・プレスからカウンター・アタックを仕掛けられれば、ゴールを奪う可能性も手にできる。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部