ドニー・ファン・デ・ベーク
EVERTON,2022-
マンチェスター・ユナイテッドが2020-21シーズンへ向けてアヤックス(オランダ)からドニー・ファン・デ・ベークを獲得した時、ユナイテッドのファンたちは期待感に満ちていた(移籍金は約50億円)。
移籍当時23歳だった彼は、ブルーノ・フェルナンデス、メイソン・グリーンウッド、アントニー・マルシャル、マーカス・ラッシュフォード、スコット・マクトミネイ、アーロン・ワン=ビサカなどと並び、オーレ・グンナー・スールシャール率いる若くてエキサイティングなチームに加わった。
現役時代のスールシャールは、ファン・デ・ベークと同胞のヤープ・スタム、ルート・ファン・ニステルローイなどがオールド・トラフォードで素晴らしい成績を残すのを見ていた。その後もロビン・ファン・ペルシー、ルイス・ファン・ハール監督の下ではアヤックスでファン・デ・ベークと共にプレーしたデイリー・ブリントが活躍した。
もしかしたらファン・デ・ベークの獲得は、ユナイテッドにかつての栄光を取り戻す術と見なされたのかもしれない。
戦術的分析
ファン・デ・ベーク(2021-22シーズン終了までエバートンに期限付き移籍中)は「4-3-3」において左右のインテリオールとしてプレーできる選手。攻撃を組み立てる場面では多方面で活躍し、相手の選手の一人を「消すポジションどり」を心掛けている。攻撃的な役割を好むが、チームメイトの動きに合わせて仕事をこなせるチーム・プレーヤーでもある。例えば、ほかのMFが帰陣する途中だったり、攻め上がっていたりする際には、ファン・デ・ベークは相手のプレー阻止を優先し、ボール保持者へアプローチする。
また、ファン・デ・ベーク(6番のVan de Beek)は賢くポジショニングを調整し、相手選手がボールと彼を同時に把握できない位置、つまり死角に構えるのが巧み(下写真)。また、ボールが動いている場面では相手のDFを走らせて彼をマークすること、ボールへの対応、あるいはディフェンスラインの連係のいずれかを疎かにさせる。その上で前に走り込んでボールを受け、チャンスを演出するのだ。
ファン・デ・ベークが決めるゴールは、彼の優れたポジショニングと動きから生まれる。2019−20シーズンには10得点をマーク。その多くを、ペナルティーエリアの端、あるいはバックポスト(ファーサイド)へ仲間よりも少し遅れて現れることでフリーとなってボレーやハーフボレーから決めた。また、ランニング・コースと加速のタイミングを工夫して相手の死角を利用することも持ち味の一つだ(下写真)。
『ハーフスペース』(サイドと中央の間のエリア)を縦に突破し、ゴールエリアの端、またはペナルティースポットへクロスを送るシーンも見られた。
チームがボールを保持していない時間帯では、落ち着いたポジショニングを心掛けること、そしてマンマークとゾーン・ディフェンスの使い分け方を理解している。ポジションから引き離されたり、パスコースを空けたりしないように、相手選手とおよそ3メートルの間を保ちながらしっかりついて行き、ボールがその敵に出されると素早く寄せる。
アヤックスでの役割
最後にレギュラーとしてプレーしていたアヤックス時代のファン・デ・ベークは3人の中盤(「4-3-3」)において重要な役割を果たしていた。
アヤックスでの彼の第一の役目は、ボールを受けて前進させること。攻撃の組み立て場面では、リサンドロ・マルティネス(21番のMartinez)が守備的なポジションに入り、両サイドバックは上がって相手の中盤をサイドへ引きつけ、スペースを確保した上でファン・デ・ベークとハキム・ツィエクが中央を利用した(下写真)。そして、パスを出すのも受けるのも優れているファン・デ・ベークが中盤のピボット(軸)となり、ツィエクは前へ出ていた。
ただし、中盤で連係して守備を固めてくる相手に対してファン・デ・ベークは難を見せることがある。相手のラインの間でボールを受ける時(下写真)とは違い、突くべきスキが少ないために前へボールを送ることに躊躇し、パスが控えめになる。結果、敵陣に侵入するチームの機会が減るのだ。
とは言えラインの間に入れれば、持ち前のクリエイティブなプレーと得点力で大きな脅威になれる。アヤックス時代を振り返れば、サイドバックのニコラス・タグリアフィコやセルジーニョ・デストが攻撃参加をすると、ツィエク、クインシー・プロメス、クラース・ヤン・フンテラール、ファン・デ・ベーク、ドゥシャン・タディッチは中央にポジショニングし、流動的にポジションを入れ替えて相手のディフェンスを混乱させた。アタッキング・サードまで前進する場面では、敵に気づかれずにペナルティーエリアに忍び込むのがファン・デ・ベークの「十八番」。前線まで上がって相手ディフェンスラインの裏に走り込むシーンもたびたび見られた。
彼の万能性はアヤックスの戦術にとって極めて重要だった。そしてその能力によってファン・デ・ベークはアムステルダムだけでなく世界中からの称賛を受ける選手になった。
翻訳:西澤幹太