ダブル・ピボット(「ピボット」は「軸」や「中心」を意味する)では、2人のMFが守備的な役割を担う。プレー・エリアは、センターバックの前、サイドバックやウイングバックの内側、そして攻撃的MFの後方になる。例えば、「4-2-3-1」の「2」である(この原稿では、GKの「1」を省略してシステムを表示)。また、「4-4-2」(フラット)では4バックの前、「3-4-3」では3バックの前に位置する。一方、「4-1-4-1」ではピボットは1人となり、シングル・ピボットと呼ばれる。
最終ラインの前に2人の選手を配置するアイディアは最近、生まれたものではない。故ハーバート・チャップマン(1878年1月19日-1934年1月6日)が1920年代に発明した「WMシステム」では最終ラインの3人(「フルバック」)の前に2人の「ハーフバック」が陣取り、アルファベットのMを描いた(1925年のオフサイド・ルールの改正が影響)。2人のハーフバックは、「W」の後方に位置して現代のダブル・ピボットと同じようなエリアでプレーしていた。
1980年代になると、ブラジル代表が「4-2-2-2」を採用。中盤では、攻撃を指揮するジーコとソクラテスの後方にファルカンとトニーニョ・セレーゾが配置された。その後、FWの1人が中盤へ下がって攻撃的MFがサイドへ広がり、「4-2-3-1」へと発展する。
1986年のワールドカップでは、守備的MFを1人に減らして攻撃志向を強めるチームが出現した。さらにシングル・ピボットにしたフランス代表(「4-3-2-1」)が1998年のワールドカップとEURO2000を制覇すると、ペナルティーエリア前のスペース、いわゆる『ゾーン14』をシングル・ピボットでカバーするチームが勢力を拡大した。
しかし、シングル・ピボットには構造的な欠陥があった。サイドを攻められてピボットが引き出されると、ゾーン14が無人になるのだ。そのため、多くのチームがダブル・ピボットに戻し、特にスペインではその傾向が強かった。
ジョゼップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ)が「影響を受けた」と語るフアン・マヌエル・リージョ(ヴィッセル神戸の元監督)は、「4-2-3-1」導入の先駆者と言われている。彼の戦術的特徴は、ダブル・ピボットで守備を固めながらも、効果的なハイプレスでのボール奪還を目指したことにあった。
ダブル・ピボットに起用される選手はスペースの位置とプレッシャーのかかり具合を理解できなければいけない。さらに、コンビを組む選手のポジションを常に認識し、同じラインやスペースにいないようにする。
華麗な技術は必ずしも必要ではないが、ゲームに落ち着きをもたらせる能力がピボットには求められる。ロングパスやサイドチェンジで局面を変えたり、ショートパスでプレッシャーをかいくぐったりすることになる。さらにビルドアップ時には最終ラインまで下がってボールを受け、前の選手にボールを確実に渡す。ピボットの選手がボールを失うと大きなピンチを招くため、確実にパスをつなぐ能力、とりわけ、360度から受けるプレッシャーを回避するためにも両足でパスを操れる必要がある。
ダブル・ピボットの一方は攻撃的な貢献を求められることも多い。状況をしっかりと見極めた上でオフ・ザ・ボールの動きによってボールを引き出したり、ドリブルでボールを運んだりする。こうした「縦への動き」はトランジション(攻守切り替え)の場面でよく見られる。
最終ラインの前に構えるダブル・ピボットの主任務はボールの回収。地上戦にも空中戦にも積極果敢に参加してボール奪取を試み、アンテナを張ってセカンド・ボールを拾うように努めなければいけない。またシビアなエリアの守備を担うため、センターバックとうまく連係して組織的な守備を構築しなければならない。さらに、オリジナルのポジションを離れてプレスをかけたり、サイドをカバーしたりするタイミングの見極め能力も必須。相手のカウンター・アタック時には第一防波堤となり、攻撃をサイドに追い出す必要がある。
ナーゲルスマン監督が全幅の信頼を寄せるのがヨシュア・キミッヒ(6番のKimmich)とレオン・ゴレツカ(8番のGoretzka)のダブル・ピボット(「4-2-3-1」)。攻撃時にはいいバランスを維持し、守備時には安定をもたらす。
キミッヒはサイドバックとしてのプレー経験を持ち、「1対1」も得意。攻撃時には最終ラインに加わり、サイドバックの攻め上がりによって生まれたスペースをカバーすることもある。
ゴレツカは攻撃が持ち味の選手。トップ下のトーマス・ミュラー(25番のMuller)がポジションを上げると、ゴレツカもポジションを上げてウイングを中央からサポートする。
トゥヘル監督が採用するのは「3-4-2-1」システム。3バックの前にダブル・ピボットを置き、センターフォワードの後ろに2人の「10番」が構え、ウイングバックがサイド攻撃を仕切る。ダブル・ピボットにはジョルジーニョ(5番のJorginho)、マテオ・コヴァチッチ(8番のKovacic)、エンゴロ・カンテから2人をチョイス。ジョルジーニョは短いパスをテンポ良くつないで攻撃を組み立て、最終ラインと攻撃陣のリンクマンとして機能する。一方、コヴァチッチとカンテは前線のロメル・ルカク(9番のLukaku)へ一気にフィードしたり、相手の包囲網からドリブルで抜け出したりする。
プレミアリーグで好調を維持するウェストハム(「4-2-3-1」)で欠かせない戦力となっているのがトーマス・ソウセク(28番のSoucek)とデクラン・ライス(41番のRice)のピボット・コンビ。共に対人プレーで強さを発揮し、4バックの前に堅陣を敷く。
イングランド代表でも活躍するライスはボール奪取能力が高い。攻撃に転じると巧みなコースどりのドリブルで前進し、さらに的確なパスで攻撃に彩を加える。
ソウセクは、タイミング良く前線に走り込んでボールを受けてチャンスメイク。192センチの長身を活かして最終ラインの前で攻撃をはね返し、セットプレーでは制空権を握る。
サンドロ・トナーリ、フランク・ケシエ(79番のKessie)、イスマエル・ベナセル(4番のBennacer)の中から2人が起用されてダブル・ピボットを構成(「4-2-3-1」)。センターバックとダブル・ピボットで中央の守備を固め、サイドバックは攻撃的に振る舞う。なお、ビルドアップ時には1人のピボットがセンターバックの間に入ってパスコースをつくり、もう1人のピボットは中盤でボールを受けて配給することで攻撃を前進させる。
-シャビ・アロンソ&ハビエル・マスチェラーノ(2008−09シーズン:ラファ・ベニテス監督時代のリバプール)
-セスク・ファブレガス&ネマニャ・マティッチ(2014−15シーズン:ジョゼ・モウリーニョ監督時代のチェルシー)
-エンゴロ・カンテ&ポール・ポグバ(2018年ワールドカップ:ディディエ・デシャン監督のフランス代表)
-デクラン・ライス(下写真の右)&カルヴィン・フィリップス(EURO2020:ガレス・サウスゲート監督のイングランド代表)
ダブル・ピボットの大きなメリットは守備の安定だ。最終ラインの前に2人を割くことによって壁を築ける。さらに、2人がうまく連動できれば、パスコースを限定しやすく、アタックとカバーの役割を振り分けることでアグレッシブな守備が可能になる(カウンター・アタックにも備えやすい)。また、2人いるため、中央でもサイドでもオーバーロード状態にしやすい(シングル・ピボットではピッチ幅をカバーできない)。
攻撃面でもメリットはある。最終ラインに加わるか、サイドをカバーすることによってサイドバックのオーバーラップを促せる。また、後方から攻撃参加することでマークを受けにくい(囮になることも可能)。
ダブル・ピボットは守備を安定させられる反面、攻撃の人数不足を招きやすい。また、選手の特徴を考慮してコンビを組む必要がある。
最終ラインの前に2人配置することは前線の人数減を意味する。そのため、サイドバックやピボットの攻撃参加を戦術に組み込まないと、単調な攻撃に陥りやすい。少ない人数で効果的に攻めるには、ポジショニングやタイミングなど、戦術理解度の高い選手を揃える必要がある。特にカウンター・アタック時に攻撃が手薄になりやすい。入念な準備が必要だろう。また、格下や守備的なチームとの対戦では、ダブル・ピボットの必要性は低下する。
クリエイティブなプレーメーカーがいる場合、その選手をシングル・ピボットとして起用して自由にプレーできるスペースを与えるのも一手。また、同じようなタイプの選手を起用すると仕事がかぶり、「実質一人」という事態も起こり得る。
翻訳:西澤幹太