女子EURO2022 決勝(2022年7月31日)
エラ・トゥーン(62分)
クロエ・ケリー(110分)
マグール(79分)
2022年7月6日から7月31日にかけてイングランドで開催された『UEFA女子EURO2022』(もともとは2021年7月7日から8月1日の開催予定)。2005年以来4大会ぶりに母国に戻ってきた今大会ではホストが得点力の高さを発揮して勝ち進んだ。グループステージを得点14失点0の3勝連勝で突破し、ベスト8は2-1でスペイン、ベスト4も4-0でスウェーデンを撃破して決勝の地、ウェンブリー・スタジアムに駒を勧めた。悲願の初優勝を目指すイングランドにとって最後の壁となったのがドイツ。通算8回の優勝を誇るドイツもグループステージで3戦全勝(得点9失点0)、決勝トーナメントに入っても2-0でオーストリア、2-1でフランスを破り、安定した戦いぶりで9度の優勝に手をかけた。
決勝に集まったのは8万7192人。男子の大会も含めて最多の観戦者が足を運んだ決勝は期待に違わない試合を披露する。両者譲らない展開を見せた前半を終えると、62分にイングランドが先制。深い位置にいたキーラ・ウォルシュのパスを受けたエラ・トゥーンが最終ラインを抜け出して受け、GKの頭上を抜くシュートでネットを揺すった。イングランドの初戴冠も見え始めた79分、リナ・マグールが決めてドイツが追いつき、試合は延長戦へと突入。試合を決めたのは、大会得点王となるベス・ミードに代わって63分から出場していたクロエ・ケリー。次代を担う24歳のFWがCKから代表初ゴールを決めてイングランドにトロフィーをもたらした。
イングランドを優勝に導いたサリナ・ヴィーフマン監督も偉業を達成。彼女は異なる2カ国を優勝に導いた初めての監督であり、しかも2017大会に続いて「個人連覇」も果たした。
ヴィーフマンは言う。
「女子サッカーを取り巻く環境は変化しました。ポジティブなことと我々も意識すべきでしょう。しかし、私たちは変えたのは社会。社会を変えることこそ、私たちがサッカーよりも大切にしていること。試合には勝利したいですが、サッカーを通じて社会に小さな変化を起こす、というのが私たちの望みなのです」
10/7
SHOTS / ON TARGET
14/5
48.1%
POSSESSION
51.9%
21
ATTACKS INTO AREA
34
1.39
EXPECTED GOALS (XG)
2.78
攻撃時のイングランド
「4-2-3-1」システム
イングランドのサリナ・ヴィーフマン監督は、ジョージア・スタンウェイとキーラ・ウォルシュをダブル・ピボットに据え、その前に右からベス・ミード、フラン・カービー、ローレン・ヘンプが並ぶ「4-2-3-1」編成で試合の臨んだ(下写真)。トップ下に入ったカービーはボールをさばいて「10番」として振る舞いつつ、1トップのエレン・ホワイトが孤立しないようにポジショニング。さらに、イングランドがポゼッションに入ると、ウォルシュ(4番のWalsh)とは対象的にスタンウェイが中央か右のインサイド・チャンネルに入って攻撃を支援した。4バックにおいてはとりわけ、右サイドバックのルーシー・ブロンズ(2番のBronze)が積極的に高い位置をキープ。「2-3-3-1」にも見せる並びで攻めた。そして深い位置から攻撃を組み立てたのはセンターバックのレア・ウィリアムソン。ボールを配るだけでなく、プレスがない時には中盤へとドリブルで進んだ。
ドイツのプレス
通常プレスの場合、ドイツは攻撃時の「4-3-3」から「4-4-2」にシステムを変更。両ウイング(左のジュール・ブラントと右のスベニャ・フート)の一方が下がって中盤の守備ラインを形成した。この守備陣形の狙いは素早いトランジションからの速攻だ。イングランドの切り替えが少しでも遅れたならば、技巧とスピードに恵まれたフートが仕掛けてチャンスを作り出していた。
ハイプレッシングを仕掛ける時のドイツは「4-3-2-1」システムを採用。両ウイングが左右のインサイド・チャンネルに入って対面のセンターバックへプレスする準備を整える。そしてセンターフォワードのリー・シュネルがGKからスタートする攻撃を巧みに誘導し、ウイングとのペアで「2対2」にすることを目指した。さらに、中にいるウォルシュへのパスをイングランドに許さないためにインテリオールのリナ・マグール(20番のMagull)かレナ・オーバードルフが寄せた。
速いトランジション
イングランドが攻撃ポイントの一つに定めていたのがポジティブ・トランジションだろう。ネガティブ・トランジション時のドイツにはやや緩慢さが見え隠れし、埋め切れないスペースをイングランドは利用(下写真)。頻繁に最終ラインからドリブルで攻め上がったのがセンターバックのウィリアムソン。長らくプレーしていたピボットの位置でプレーする姿が多く見られた。またブロンズの攻撃参加も威力を発揮。ウォルシュ(4番のWalsh)やスタインウェイとの連係で局面を打開した。
相手選手を置き去りにし、数的優位を活かして攻めたのが相手センターバックと相手サイドバックの間。カービー(14番のKirby)やホワイトがそのエリアでボールを受けて前線の起点となった。
アグレッシブな攻撃の形
ファイナルサードまで攻め込んだ時のイングランドは果敢に押し込む。ホワイト(9番のWhite)が相手センターバックの間に入って牽制し、カービー(14番のKirby)はホワイトに接近して得点チャンスを狙う。両ウイングも4トップに見えるほどに高い位置まで張り出し、やはり高くポジショニングしているサイドバックと連動することで攻撃に厚みを加えた。さらにスタインウェイ(10番のStanway)とウォルシュ(4番のWalsh)も高い位置をキープしてルーズボールを拾ったり、パスコースを提供したりしてポゼッションを後方から支えた。
イングランドの積極性はドイツにリトリートを選択させた。それでもイングランドは執拗に攻め立てる。ギャップにいる選手に当ててリターンから逆へ展開したりしてドイツを左右に振って突破口を生み出そうと試みた。
背後のスペースを狙う
後半に折り返すとドイツが攻撃的になる。サイドバックが高い位置をとり始めたのだ。
この変化はイングランドの攻撃にも変化をもたらす。ドイツのサイド攻撃に備えるためにイングランドのサイドバックが低い位置で構えるようになり、ドイツのウイングが高い位置を維持したため、中盤のサイドにスペースが生まれるようになったのだ。その傾向が顕著だったのがイングランドのポジティブ・トランジション時だった。
この「一瞬の空白」を利してイングランドが先制ゴールを奪う。
ドイツからボールを奪い、右サイドでパスを受けたウォルシュにはフリーであり、周囲を伺う余裕があった。ウォルシュはルックアップし、最終ラインを抜け出そうとするエラ・トゥーンへパス。トゥーンは走りながらワンタッチ目でコントロール、2タッチ目となるチップキックでゴールを仕留めた。
アレッシオ・ルッソの脅威
56分にイングランドのヴィーフマン監督は2枚目の交代カードを切る。ホワイトに代えてアレッシオ・ルッソをセンターフォワードとして投入。ポストプレーを得意とする彼女が入ったため、イングランドはルッソの足元へ積極的にボールを供給するようになる。ターゲットになった彼女は相手センターバックと駆け引きしながらボールを受け、さらにスクリーンしてボールを確実にキープ。ルッソのストロング・ポイントを熟知している味方は安心して攻撃参加を開始し、前を向いた状態になって複数のパスコースを提供した。
最終的な攻略ポイントは相手サイドバックの後方。ルッソからのパスを受けた味方がサイドの奥へパスを送ったり、右サイドバックのブロンズが「1対1」を突破したりしてサイドの陣地争いを繰り広げた。
攻撃時のドイツ
右サイドにスペース
ドイツを率いるマルティナ・ヴォス=テクレンブルク監督は「4-3-3」の採用し、前線ではリー・シュラーの両サイドにスヴェニャ・フート(9番のHuth)とジュリア・ブランドを配してワイドに攻めた。オプションとなっていたのが右サイドにスペースを意図的に空けて利用するパターン(下写真)。フートやニコル・アニョミ(67分からシュラーと交代出場)がドロップして中盤の人数を確保しつつ、空けた右サイドのスペースに右サイドバックのジュリア・グウィン(15番のGwinn)が飛び出して攻撃の口火を切った。
しかも、フートが中に絞った時にイングランドの左サイドバックであるレイチェル・デーリー(3番のDaly)も追従すれば、グウィンは十分な時間とスペースを獲得。ペナルティーエリア内に早めにクロスを送ったり、自らゴールに向かったりすることができた。
押し込まれたイングランド
ポゼッション率で劣るようになるとイングランドは、ドイツの攻撃ルートを遮断するために「4-5-1」システムにシフトする。キーラ・ウォルシュとジョージ・スタンウェイのダブル・ピボットと2列目のローレン・ヘンプとベス・ミード、そしてフラン・カービーが守備ブロックを形成。ドイツに中央のスペースを与えないようにし、かつドイツの攻撃を外へ、外へと追い出した。
それでもイングランドは攻撃を諦めたわけではなく、機を見ては前からのプレスを発動させた。
仕掛けはこうだ。
ダブル・ピボットとトップ下のカービーが連動して中央に逆三角形の守備ブロックを築く。左のサイドハーフだったローレン・ヘンプはオリジナル・ポジションから中央に移動し、中央での数的優位を生み出しながら、パスコースを消してドイツに外での攻撃を強いた。この守備には攻撃での利点もあった。ヘンプが中に絞ることで左サイドバックであるデーリーに前進するスペースを与えたのだ。
右サイドの攻め手
コンパクトな陣形で守るイングランドに対し、ドイツはサイドを使いつつ、ショートパスでの攻撃を前進させる。さらに中盤の攻撃スタッフを確保するためにシングル・ピボットのレナ・オーバードルフがセンターバックの間に下がって3バックを形成し、両サイドバックが高い位置に移って「3-4-3」を移行。とりわけ機能したのが右サイドの攻撃だった。右サイドバックのグウィン、左ウイングのフート、さらには右インテリオールのマグールが絡んで密集地帯を攻略。66分には連係から抜け出したマグールのシュートがバーをたたき、79分にはやはり右サイドを支配し、最後はマグールが押し込んでドイツが同点とした。
ブロンズの背後を狙う
決勝において右サイドがドイツにとって大きな意味を持ったのは事実だ。ただし、前提としてドイツはイングランドの「弱点」とされてきた右サイドバック、ルーシー・ブロンドの背後攻略策も隠し持っていた。積極的にオーバーラップするブロンドに対し、ボールを奪ったドイツは左サイドバックと左インテリオールがデザインされたようにブロンドの背後へ侵攻。受けるイングランドも右センターバックのミリー・ブライトがスペースを埋めることで対処したが、ドイツのトップにボールが入るとたびたび後手に回った。左サイド攻略があっての右サイドの攻略だったのだ。
得点ランキング
1位(6得点)
ベス・ミード(イングランド)
アレクサンドラ・ポップ(ドイツ)
3位(4得点)
アレッシオ・ルッソ(イングランド)
4位(3得点)
グレース・ゲヨロ(フランス)
リナ・マグール(ドイツ)
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部