エンソ・フェルナンデス
チェルシー:2023〜現在
プロフィール
『FIFAヤング・プレーヤー賞』は1958年以降、ワールドカップの各大会において最も優れた若手選手に送られている。過去の受賞者には、1958年のペレ(元ブラジル代表)、1966年のフランツ・ベッケンバウアー(元西ドイツ代表)、1994年のマルク・オーフェルマルス(元オランダ代表)、1998年のマイケル・オーウェン(元イングランド代表)、2010年のトーマス・ミュラー(ドイツ代表)、2014年のポール・ポグバ(フランス代表)、2018年のキリアン・エムバペ(フランス代表)という錚々たる名前が並ぶ。受賞者は輝かしい未来が約束されたようなものだ。
2022年のカタール・ワールドカップにおいて、この輝かしい受賞者リストに名を連ねたのがアルゼンチン代表のエンソ・フェルナンデス。彼に与えられた勲章がチェルシーに、プレミアリーグ史上最高額の総額1億2100万ユーロ(約169億5000万円)を支払ってでもベンフィカ(ポルトガル)から獲得したいと決心させたのかもしれない。契約が締結されたのは2023年1月31日、移籍市場が閉じる寸前だった。
2001年1月17日、アルゼンチン生まれのフェルナンデスは5歳で名門、リーベル・プレートの門を叩いた。その後、守備的MFとして順調に成長し、2020年3月4日にトップチームで初めてプレー(『コパ・リベルタドーレス』のLDUキト戦)。しかし出場経験を得るために2020-21シーズンは『CSDデフェンサ・イ・フスティシア』にレンタル移籍し、結果を残して翌シーズンにはリーベルへ復帰した。するとフェルナンデスは目覚ましい活躍を披露。一躍、注目の的となった。
多くのクラブがフェルナンデスを狙う中、契約にこぎつけたのはベンフィカだった。クラブの英雄、エウゼビオの付けていた背番号13を背負った姿を披露したのは2022年8月2日の『FCミッティラン』戦(UEFAチャンピオンズリーグの予選)。8月6日にポルトガル・リーグに初登場すると、水を得た魚のように生き生きとプレーし、8月、10月、11月の月間ベストMFに輝いた(1部である『プリメイラ・リーガ』選出)。
アルゼンチン代表
売り出し中の俊英に目をつけたリオネル・スカローニ監督がフェルナンデスをアルゼンチン代表に招集したのは2021年の10月だったが、初キャップを記録したのは2022年9月24日のホンジュラス戦(◯3-0)だった。
カタール・ワールドカップでは、グループステージの第1戦と第2戦はベンチスタートだった。それでも、メキシコ戦(グループステージの第2戦)で途中出場ながら初ゴールをマーク。21歳と10カ月13日でのワールドカップにおける得点は、アルゼンチン人選手の中で2番目に若いものだ。
フェルナンデスのパフォーマンスを評価したスカローニ監督は第3戦から彼の名前をスターティング・リストに書き込み、アルゼンチン代表は息を吹き返した。そして7試合(564)に出場して1得点というスタッツで母国の優勝に貢献した。
チェルシーのフロントとグラハム・ポッター監督がフェルナンデスに期待するのは彼がアルゼンチン代表にもたらしたような変化。加入がもたらすメリットを紹介する。
テクニカル分析
フェルナンデス(178cm、68kg)は右利きのMF。トップ下や『ナンバー8』(インテリオール)よりも深いエリアでセントラルミッドフィルダーとしてキャリアの多くを過ごしてきた。ボール奪取能力が高いことはもちろん、オン・ザ・ボールでもチームに貢献できるため、監督としては手元に置きたい選手である。
守備的MFではあるが、フェルナンデスのボール扱いは高いレベルにあり、ビルドアップにも積極的に参加。センターバックの前、あるいは横でボールを受けて攻撃の第一歩を刻む。4バックのチームでは、センターバックの間にドロップして疑似3バックを形成し、両サイドバックが攻撃参加しやすくする役割も果たせる。しかもロングパスを正確に操れるため、ウイングに一気に展開したり、前線の攻撃的な選手に確実につなげたりできる。キックに対する自信のほどは、ワールドカップのメキシコ戦で決めた狙いすましたシュートからもうかがえる。
とりわけ斜めのロングパスはフェルナンデス(13番のFernandez)の主武器の一つ。センターバックの横にドロップしてサイドバックのように振る舞いながら、逆サイドのウイングにスイッチできる(下写真)。特に左サイドバックのプレーエリアに降りてボールを受け、右サイドにロングボールを送るのを好む傾向にある。彼はじっくりとボールを支配して攻撃を前進させられるだけに、一気のサイドチェンジには相手の虚を突く効果もある。
フェルナンデス(13番のFernandez)のパス能力が発揮されるのは自陣のディフェンシブサードだけではない。ローブロックを組む相手に対しても脅威を与えられる。
センターでボールを受けた時には相手守備陣の動きをつぶさに観察。少しでもギャップが生まれれば、グラウンダーのパスを味方の足元へと通す。また、フワリとしたロブを巧みに使うこともできる。最終ラインとGKの間にストンとボールを落とし、走り込んだ味方(88番のRamos)にシュート・チャンスを提供する(下写真)。
サイドでボールを受けた時にはピンポイント・クロスを送ってゴールを引き出せる。あるいは、カーブをかけたシュートでゴールにボールを流し込む技術も有する。
パスの強弱、そして浮かす浮かさないなど、フェルナンデスはパスの引き出しが多い。視野の広さも相乗効果ももたらし、攻撃面でも貴重な働きができるのだろう。
パスに関しては、同じく2022-23シーズンの冬の移籍市場でチェルシーからアーセナルに移籍したジョルジーニョに比肩するとの声もある。後継者として獲得していたとしても不思議ではない。
守備的MFとして地歩を固めてきたフェルナンデスはもちろん、守備力が高い。鋭い出足や積極果敢なプレッシングも光るが、ポジショニングが良く、ボール保持者への対応も巧みだ。スッと寄せたかと思うと適切な距離を維持して相手を支配下に置く。そして一瞬のスキを見逃さず、相手とボールの間に体を滑り込ませてマイボールしたり、相手をうまくいなしたりしてボールを手中に収める。ボールを強奪するのではなく、スムーズに絡め取る。
ボール保持者の自由を奪うような距離のとり方にも優れている。そして徐々に相手のプレーを制限してタッチライン際に追い込んだり、味方の協力を得られるような方向へ誘導したりする。また、自分でボールを奪うことだけに固執するわけではなく、苦し紛れのパスを出させて味方のインターセプトに誘い込むこともできる。
「1対1」も強い。モビリティーの優位性と体の使い方のうまさを有しているため、相手に振り切られることはあまりない。たとえターンで逆を突かれても瞬時に反転して相手の前に立ちはだかれる。
無論、俊敏性はポジティブ・トランジションでもメリットをもたらす。
所属チームが押し込まれた時に、フェルナンデスが最も警戒するのは味方センターバックの前だ。センターバックのプロテクターとしてスペースを埋め、送り込まれるボールをはね返したり、回収したりする。
長身ではないため、空中線で後手を踏むこともある。しかしそれを補うためにセカンド・ボールの動向に常にアンテナを張り、イーブン・ボールの非凡な回収力は同僚となったエンゴロ・カンテを彷彿させる。
カバーリング能力も秀逸。センターバックが相手にアタックした際にはすかさずスペースを埋め、次のリスクに備える。ボール・ウオッチャーになることがほぼないのも彼のストロング・ポイントと言っていいだろう。
守備的MFとしての役割
リーバルとベンフィカでのフェルナンデスは中盤の深い位置でプレーする時間が長かった(リーベル時代にはサイドMFも経験。ベンフィカ時代には「4-4-2」システムのダブル・ピボット)。ビルドアップ時には左サイドバックのポジションにたびたびドロップし、左サイドバックを押し上げつつ、幅を確保。そして攻撃が前進した際には中に絞ってインサイド・チャンネル(ハーフスペース)でボールを受けるようにしていた。
左サイドから中に移動するファルナンデス(13番のFernandez)の動きは理にかなっていた。左サイドバックにまずカバーリングを提供し、その後は、ネガティブ・トランジションに備えて中のスペースを管理するためにインサイド・チャンネルに絞るのだ(下写真)。
ボールロストした際に積極的なアプローチとアグレッシブなプレスで相手の出足を挫けるメリットは大きい。カウンター・アタックを阻止できないにしても、味方がプレスバックできる時間を稼ぎ、ボール奪取の可能性を高められる密集地に追い込める。
守備的MFの役割に重きを置いた時には、ロングボールで攻撃を組み立てることが多い。オーバーラップした左サイドバックへ浮き球を送って攻撃を進めたり、右のウイングへダイアゴナルのパスを送ったりしてゴールへと導いた。
ベンフィカでは左サイドバックのアレハンドロ・グリマルド(3番のGrimaldo)と良好な関係を築いていた(下写真)。攻撃的なグリマルドはフェルナンデスの後ろ盾を得ることで持ち味を発揮でき、機を見て敵陣の深いエリアまで攻め上がった。一方、左サイドハーフのフレデリク・アウルスネス(8番のAursnes)は中へ入り、セントラルミッドフィルダーの責務を果たした。
左右のMFとしてプレーできるジョアン・マリオが左サイドに入った時には役割が変化。ジョアン・マリオはセントラルミッドフィルダーの位置に下がるよりも、高い位置でボールを受けてフィニッシュに関わることを好んだからだ。中のスペースに対するケアがどうしても甘くなるため、フェルナンデスはリスクを避けるためにも左サイドの深いエリアへパスを送るようにしていた。同時に、FWラファエル・シウヴァが中盤に下がってスペースをケアしながらフェルナンデスにパスコースを提供していた。
ジョアン・マリオが左に入った時のバックアップ・プランはもう一つあった。ジウベルトやアレクサンダー・バーという右サイドの選手がフェルナンデスのサイドチェンジに備え、ボールの逃げ口を用意していた。そしてフェルナンデスのラインよりも攻撃が前進したら、右の選手はペナルティーエリア内へと攻め入る。
秘めたる高い得点力
アタッキング・フレーズにおいて彼のパス能力が高く評価されるのは当然だが、時折見せる突破の効果も見逃すべきではない。相手と近距離でマッチアップした際にダブルタッチや股抜き、あるいはボールを軸足の後ろを通して相手を抜き去ることができる。相手にしてみれば「小憎らしい」抜かれ方。技巧派のように頻繁に駆使しないからこそ、相手は対応できないとも言える。
ベンフィカに新天地を求める前、2022年3月から5月にかけては高い得点力を見せつけている。16試合で9ゴールの荒稼ぎした(リーグ・カップとコパ・リベルタドーレス)。
ゴールラッシュの中にはいくつかのPKも含まれているが、彼の隠された得点能力を否定する者はいないだろう。
まず彼は、深い位置まで切れ込んだ味方が送るカットバックのパスに対する読みがいい。また、正確なミドルシュートも打てるため、こぼれ球をゴールに変換できる可能性も高い。そして試合展開を読む能力にも優れているため、「3人目の動き」で最終ラインとGKの間に潜り込んでシュートを打つこともできる。
フェルナンデスは自陣の深い位置からスルスルと攻め上がって来るだけに相手はマークしづらい。これも、彼の得点力を支えている。
適正位置とポテンシャル
「4-3-3」システムのインテリオールなど、中盤の高いポジションでプレーする時もフェルナンデスは中央寄りのポジショニングを好み、プレー・スタイルもさほど変えない。つまり正確なサイドチェンジで攻撃方向を変え、縦に走るランナーにはスルーパスを送る。もっとも、インテリオールを組むパートナーには彼のそうした傾向を理解した選手を配置したほうがいいだろう。
2022-23シーズンの前半に所属したベンフィカでは異なるタスクが与えられていた。「4-3-3」システムの中盤の右に起用されることが多く、サイドチェンジの起点ではなく、サイドチェンジの終点となったのだ。また、持ち味である切れ味鋭い縦パスも影を潜めた。多くの場合、ショートパスを右サイドで連続させて攻撃にリズムを与えていた。
ベンフィカ時代、「4-4-2」システムのダブル・ピボットの一角をフェルナンデス(13番のFernandez)が占めたならば、彼はラインをブレイクして相手のボール保持者に対して猛烈にプレッシング(下写真)。同時に同サイドのサイドハーフ(20番のMario)はカバーリングのために中に絞り、FWの一方(27番のR Silva)もドロップしてフェルナンデスのプレスに厚みを加えた。
フェルナンデスが「4-2-3-1」システムのダブル・ピボットに起用された時、彼だけの判断ではプレッシングに行けない。なぜなら、プレスの第一波は「3」になるからだ。
フェルナンデスの適正ポジションは彼の前に「障害」のあまりない「4-4-2」のダブル・ピボットなのかもしれない。タイミングのいいプレスを守備時に繰り出せ、攻撃時には足の長いパスでチェンスを引き寄せられるからだ。
22歳になったばかりのフェルナンデスのポテンシャルを完全に推し量るのは難しい。チェルシーが支払った膨大な移籍金に見合うプレーを見せられるのか、という疑問視する向きもある。しかし、アルゼンチンの若き才能が大きな可能性を秘めているのもまた事実。数年後には「移籍金は大して高くなかった」という意見が大半を占めるかもしれない。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部