エリック・テン・ハフ
アヤックス, 2017-
2018-19シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)において、アヤックス(オランダ)を準決勝まで導いたエリック・テン・ハフ監督に世界中のサッカー関係者が注目した。
CLを4度制覇したアヤックスの監督に就任(2017年12月21日)して初めてのフルシーズンだったが、周囲の予想を覆し、予選2回戦から準決勝まで勝ち上がったのだ。予選から準決勝まで勝ち上がった初チームとなり、アヤックスにとっては1997年以来のベスト4進出を成し遂げた。しかも、準決勝ではトッテナム(イングランド)に敗北したものの、試合の内容ではアヤックスが圧倒していた(2試合合計3-3。アウェーゴール差)。
注目を集めた理由はベスト4という結果だけではない。数々の栄光を勝ち取ったかつてのアヤックスを彷彿とさせるように若く、活気に満ちたチームが強い印象を残したのだ。テン・ハフはマタイス・デ・リフト、フレンキー・デ・ヨング、ドニー・ファン・デ・ベークなど、オランダ人の若手をチームの芯とし、攻撃的センスを有するハキム・ツィエク、ドゥシャン・タディッチ、ダヴィド・ネレスの力を引き出してチームをつくり上げた。
準決勝までにも鮮烈な勝利を収めてきた。ベスト16ではレアル・マドリード(スペイン)を5-3と退け、準々決勝ではユベントス(イタリア)から3-2という勝利をもぎ取った。監督とチームの実力を認めさせるには十分な勝ち上がりだった。
テン・ハフが監督デビューしたのは2012-13シーズン(当時は42歳)。オランダ・リーグの2部に所属していたゴー・アヘッド・イーグルスを率いた。その後、2シーズンにわたってバイエルン・ミュンヘンのリザーブチームの監督を務め、2015-2017シーズンはオランダのFCユトレヒトで監督兼スポーツダイレクターなってリーグ5位と4位という好結果を残した。彼の手腕を認めたアヤックスがマルセル・カイザー前監督の後任として指名したのは2017年12月のことだった。
テン・ハフはアヤックス首脳陣の期待を裏切らなかった。フルシーズンを3度戦い、リーグとオランダ・カップを制する『ダブル』を2回達成。新型コロナウイルスの影響で2019-20シーズンが中断されなければ、3連覇を成し遂げたという見方がもっぱらだ。
傑出した好成績を残す司令官をプレミアリーグのクラブが放っておくはずがない。数々のクラブが触手を伸ばしていると噂されている。特に熱心なのがマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)と言われているが……。
FCユトレヒトの戦術から分析しよう。
当時のテン・ハフは、「4-4-2(ダイヤモンド)」システムや「4-3-3」システムをベースとしながら、3バックというオプションも用意していた。
「4-4-2」の前線では、アヤックスでも共に戦うことになるセバスティアン・アレル(22番のHaller)が中心となり、ルート・ボイマンス(9番のBoymans)やパトリック・ヨーステン、そしてリハイロ・ジヴコヴィッチが彼の相棒を務めた。アレルとコンビを組む選手はセカンド・トップ的な色合いを帯び、下がりめのポジションに入って攻撃の選択肢を増やした。
フロントラインをサポートしたのはトップ下(ダイアモンドの最も前)に入ったナセル・バラジテ(10番のBarazite)。バラジテがトップ下の位置に入ったときには大抵、バルト・ラムセラール(23番のRamselaar)がダイヤモンドの右に起用された。
ダイヤモンド型の中盤では左右の選手が中央寄りにいるため、サイド攻撃を活性化させたり、クロスを上げたりするのはサイドバックだった。その分、4人のMFは中央エリアでは流動的に動いた。まず、ダイヤモンドの底に入った『シングル・ピボット』(アンカーとも呼ぶ)は最終ラインまでたびたび下がり、ビルドアップに貢献するだけなく、サイドバックが抜けた最終ラインを補強する役割を担っていた(7番のStrieder)。トップ下の選手は、ダイヤモンドの左右の選手と頻繁にポジションを入れ替えることで守備の的を絞らせなかった。
「4-3-3」のケースでは、センターフォワードは偽9番のように振る舞って中盤に落ち、攻撃的MFのような役割を果たした。さらに、ウイングが中央に寄せるため、形状は「4-3-3」でありながら、「4-4-2」と非常に似通った戦いぶりだった。
2015-16シーズンにおけるFCヒトレヒトの「ある数値」に注目してほしい。それは、オランダ・リーグでも2番目に多い「前方へのパス数」。テン・ハフが、多くのパスコースをつくれるようにトップ下の選手が動くこと、そしてポジションを入れ替えてパスコースをつくることを求めた結果と言える。この2つのポイントは、テン・ハフにとって重要な戦術的基礎を成すものだ。
アヤックスの監督に就任したテン・ハフはシステムをそれまでの「4-3-3」から「4-2-3-1」に変更した。これが、2018-19シーズンにおける驚異的な成果をもたらしたと考えられている。
4バックの前に構えたのはラセ・シェーネとフレンキー・デ・ヨング。このダブル・ピボットが流動的に動く4人のアタッカー(「3+1」)へパスを供給した。
なお、テン・ハフは国内リーグとCLでは選手の起用方法を変えていた。
快進撃を披露したCLでセンターフォワードを主に務めたのはドゥシャン・タディッチだった。この1トップをハキム・ツィエク、ファン・デ・ベーク、ダヴィド・ネレスという3人が援護した。
国内リーグでは、カスパー・ドルベリやクラース=ヤン・フンテラールがセンターフォワードを務め、ネレスに代わってタディッチが左のMFに回った。
右のMFの主力であるツィエクはカットインして得意の左足でシュートを打つか、中央の選手と連係して攻撃をクリエイト。そして右サイドバックのヌサイル・マズラウィは最終ラインとダブル・ピボットをつなぐ役割を果たしつつ、抜群のタイミングで攻撃にも参加した。
「4-2-3-1」において特徴的な動きを見せたのが左のMFだ。
ネレス(7番のNeres)にしてもタディッチにしても、左から中央へ頻繁にポジションを移した(特にタディッチはセカンド・トップとしてプレー)。すると、後方から駆け上がった左サイドバックのニコラス・タグリアフィコ(上写真。3番のTagliafico)がサイドを攻略し、深い位置からクロスを上げて得点をお膳立て。守備への備えも万全だった。ダブル・ピボットの一方が最終ラインに下がり、マタイス・デ・リフトとデイリー・ブリントというセンターバックをサポートした。
トップ下のファン・デ・ベークは状況に応じてポジションを移動したが、チームに多くのメリットを与えたのは右サイドと中央のハーフスペースに陣取れた時。ツィエクとの連係プレーを容易にするだけでなく、左から中央へ移動する選手や落ちるセンターフォワードにスペースを与えられたからだ。
攻撃時、選手はポジションをローテーションしたる。テン・ハフの掲げるこの戦術はアヤックスでも受け継がれた。
2018-19シーズンにアヤックスの躍進を支えた主力の多くは移籍。それでも、テン・ハフは巧みにチームを再構築してみせる。
まず、システムを「4-3-3」に戻した。2021年1月にはFCユトレヒトでも共に戦ったアレル(22番のHaller)をウェストハム(イングランド)から獲得してセンターフォワードに配し、左ウイングに転じたタディッチ(10番のTadic)は左サイドから中央に入ってゴールをうかがった。
2000-21シーズンになると、センターバックだったブリント(17番のBlind)を左サイドバックにコンバート。経験豊富なベテランが左に回ったことで安定した。ブリントの安定したポジショニングによって右サイドバックのマズラウィ(12番のMazraoui)はより攻撃的になれ、アントニー(11番のAntony)とアレル(22Haller)の間へ走り込めるようになった(下写真)。
左ウイングのタディッチが幅を確保したケースでは、左インテリオールのライアン・フラーフェンベルフ(8番のGravenberch)がアレルのサポートとして走り込んだ。左サイドの守備を担当するブリントだが、状況に応じてシングル・ピボットのエドソン・アルバレス(4番のAlvarez)の横に移ってダブル・ピボットを構成することもあった。
システムとポジションの変更はあったが、戦術的な狙いは不変。それは、「流動的に動くこと」と「中央に人数を割いてパスコースを増やし、ライン間のスペースを攻めること」だ。
ユトレヒトFC時代の守備を振り返っておこう。
守備の基本陣形は「4-3-3」。ただし、センターフォワードは下がりのポジションにしてセンターバックへのパスを誘い、センターバックにパスが入ったらば苛烈なプレスを仕掛ける。ボール奪取に成功した時の攻撃ルートに設定していたのはセンターバックとサイドバックの間だった。
一方、左右のインテリオールは『インサイド・チャンネル』(サイドと中央の間にあるルート)をふさぐ。しかし、選手同士の距離がありすぎたり、最終ラインのスライドが遅れたりすると、長いパスなど、単純なプレーでゴール前への進入を許すリスクもあった(下写真)。
また、インテリオールがサイドもカバーできたならば、サイドバックが飛び出して対応する必要もなく、チームの守備を安定させられる。この場合、センターフォワードが落ちて中盤の中央をカバーすることになる。しかし、センターフォワードが下がると、カウンターの威力を軽減させるというデメリットもあった。
「4-4-2」(ダイヤモンド)から守備に切り替える際は、トップ下がポジションを下げ、左右のMFはサイドへ移動(「4-1-3-2」に変更)。サイドの高い位置でMFがプレスすることでサイドバックが最終ラインに留まれるようにした。
「4-4-2」の陣形を採用している際に重要なのは、相手の攻撃を一方のサイドに封じ込めること。ワンサイド・カットに成功したら、同サイドのサイドバックは縦パスや背後を狙うパスに備える。なお、2トップは適当な距離を保って動き、バックパスのコースを消して攻撃の組み立て直しを阻止していた。
攻撃面が注目されがちなテン・ハフのアヤックスだが、実は守備の厳しさも備えている。
2018-19シーズンこそリーグ2位だったが、『チャレンジ・インテンシティ』(1分間におけるボール奪取トライ回数)という数値でリーグ1位を記録し続けている。積極的に「1対1」を仕掛け、かつタックルやインターセプトによってボール奪取を試みていることが分かる。
「4-2-3-1」での守備メカニズムを分析してみよう。
「3」の両サイドは内に絞りながら前進してインサイド・チャネルに入り、センターフォワードと協力して中央の防御壁を構築(下写真)。インサイド・チャンネルに構えることで、相手センターバックがサイドに移動したときもプレッシャーを与えやすくしていた。
中央のフォワードに課せられた任務は、ポジションをやや下げてでも相手ピボットをマークすること。「3」の中央にいるMFも下がり、ダブル・ピボットがサイドに開いてスペースを埋められるに促した。
ユトレヒトFC時代と同様、アヤックスでもサイドバックが最終ラインをブレイクしなくてすむ動きをデン・ハフはチームに浸透させていた。なお、サイドバックがボール保持者に寄せる際には、ピボットが背後のスペースを埋めるようにしていた。
守備ブロックを組まず、前線からプレッシャーをかけるケースもあった。
その場合は、ウイングがサイドの攻撃ルートをカットし、ダブル・ピボット(デ・ヨングとラセ・シェーネ)が果敢に前に出ることでセンターフォワードとウイングの間をふさいだ。とりわけ、攻守が切り替わった時にファーサイドの相手サイドバックが深い位置にいると見るや、ダブル・ピボットは2列目まで飛び出してプレスに加わった。
アヤックスの中央攻撃が阻止されてサイドアタックを被った時の対処策も明確だった。同サイドのピボットが素早く寄せてボールを奪い返すようになっていた。
主力を失ってアヤックスのシステムを「4-3-3」へ変更した際、テン・ハフは守り方にも微調整を加えている。
センターフォワード(主にアレル)は相手のピボットをマークするために中盤に落ちるのではなく、高いポジショニングをキープ。ウイングはサイドの守備を担当した。特に、味方サイドバック(12番Mazraoui)がインサイド・チャンネルにいる相手に対処するために張り出した時には、サイドの深いエリアまでカバーする(下写真)。
一方、両インテリオールはセンターフォワードとウイングの間にあるインサイド・チャンネルを積極的にカバーする。ウイングがサイドの守備を深い位置まで担当するため、3人のMFは中央の守備固めに集中できた。
テン・ハフの守備戦術には通底したことが一つある。それは、「1人の選手がラインから離れてプレスすること」。例えば、相手フォワードが自陣方向へ下がればセンターバックが上がり、相手ピボットが下がればインテリオールが上がる。陣形を崩してでもボールを狩りに行く積極性が植えつけられている。結果、相手はプレスから逃れられず、アヤックスのゴールから離れたエリアでしかボールを回せなくなるのだ。
翻訳:西澤幹太