偽サイドバックとは?
伝統的なサイドバックは、4バックの両サイドに入ってタッチライン際でプレー。守備時にはタッチライン際のワイドエリアをカバーし、攻撃時には幅を確保する。いずれにしてもタッチライン際を持ち場とし、アップ・アンド・ダウンを繰り返す。
対して『偽サイドバック』と呼ばれるサイドバックはインポゼッション時に中央に移動して高い位置でプレーする。インサイドでプレーするためボールに触る機会が増え、存在感が増す(下写真)。
なお、英語圏では『インバーテッド・サイドバック』(Inverted side back)とも呼ばれる(英国ではインバーテッド・フルバック)。
ネガティブ・トランジション直後は中央にとどまって守ることもあるが、通常はオリジナル・ポジションに戻って最終ラインの一員として守る。
5バック・システムにおいてサイドを司るウイングバックが、インポゼッション時にインサイドに入ってビルドアップに貢献することもある。
名称の由来
サイドバックのことを英国でフルバックと呼ぶのは、「2-3-5」システム(上図)の最後尾にいた2人が4バック・システムへ移行する時にサイドに広がってこのポジションが生まれたからだ。
その後、サイドバックの役割が守備だけでなくなり、攻撃面でも貢献するようになる。プレー・エリアが前へ前へと広がった。カバーすべきエリアは拡大したが、長らく、タッチラインに沿ってプレーするのは変わらなかった。ウイングやサイドハーフとコンビネーションを発揮したり、彼らをオーバーラップしてクロスを上げたりするのを主な任務としてきた。
しかし近年、ビルドアップ時にサイドバックをインサイド、特にハーススペースに移動させる指導者が増えている。最終ラインとMFラインの間にサイドバックを入れるイメージだ。
マンチェスター・シティを率いるペップ・グアルディオラは偽サイドバック使い手の代表格だが、彼の師匠とも言える故ヨハン・クライフ(1947年4月25日-2016年3月24日)も偽サイドバックをFCバルセロナに実装させていた。1990年代ことだ。
クライフの手法はこう。
「4-3-3」システムから一方のサイドバックが上がって「3-4-3」システムにしたり、時には両サイドバックが上がって「2-3-4-1」システムへと変更したりして偽サイドバックを戦術に組み込んだ。なお、当時のFCバルセロナで中盤の底に入っていたのがグアルディオラだった。
攻撃時の役割
ビルドアップが開始されると、サイドバックはセンターバックの前のエリアに入ってプレー。センターバックにパスコースを与えること、そして中央でオーバーロードにすることを狙う。
ボールを受けたならば、ドリブルやパスで攻撃を前進させる。前へのパスに関しては大きな利点がある。それは、ワイドな選手(ウイングやサイドハーフ)に対して角度を作れ、斜めのパスを送りやすいこと。相手は守りにくい。また、ワイドな選手からパスを受けたら、中央へのダイアゴナル・パスを狙えるし、サイドチェンジを企ててもいい。サイドチェンジを狙うケースでは、一方のサイドバックが中に入り、もう一方がタッチライン際にポジショニングする布陣が効果的だ(下写真。サイドバックの56番のRalstonが中に絞り、88番のJuranovicがワイド)。
役割を分析すると、選手に求められる能力が割り出せる。
ポジションを移動するタイミングやポジションのバランス感覚に優れていることはもちろん、中央でボールを扱うための高い技術も必要とされる。チームはショートパスを多用するため、正確なパスを出せ、しかも受けられなければならない。
なお、偽サイドバックの採用にはビルドアップに利するところの多い3バックへの変更という側面もある。一方のサイドバックが斜め前に入ると、2人のセンターバックと逆のサイドバックがスライドで3バックを形成し、GKからのボールを受けてビルドアップを開始する。
守備時の役割
偽サイドバックを採用するチームはポゼッション型のチームだ。それは相手にボールを保持させないことを意味し、相手はカウンター・アタックを主武器にすることを意味する。
つまり、相手のカウンター・アタックのスタイルやボールロストの位置によって偽サイドバックが採るべきファースト・チョイスは変わる。中盤の中央でボールを失ったケースや相手が中央突破を目論んでいるケースでは、ボール保持者に寄せたり、中央をブロックしたりすることになる。また、サイドでボールを失ったケースやサイドにスピーディーな選手がいるケースでは、オリジナル・ポジションに戻って守備陣形を整えることを優先させる。ベースとして考えるべきは、まず中央突破を阻止、その次にポジション復帰してサイドからの攻撃に備えることだ。
偽サイドバックの成功例
フィリップ・ラーム
バイエルン・ミュンヘンを率いた頃のグアルディオラが偽サイドバックとして重用したのがラーム(下写真:21番のLahm。2016-17シーズン後に引退)。アングルを作ってパスコースを生み出す能力、そしてピッチを俯瞰するような視野の広さを有していた彼は偽サイドバックに打って付けだった。彼の存在によってバイエルンの攻撃はバリエーションが増した。
左サイドバックのダビド・アラバも偽サイドバックとなることがあった(下写真)。ただし多くの場合は、シングル・ピボットのトニ・クロース(39番のKroos)が両センターバックの間に下がって3バックにシフトしていた。
ジョアン・カンセロ
マンチェスター・シティに移ったグアルディオラはジョアン・カンセロを偽サイドバックに指名(下写真。7番のCancelo)。彼のストロング・ポイントは圧倒的な技巧の高さである。右利きだが、左サイドバックに起用されることが多く、前を向いた時には右足のアウトサイドで柔らかなカーブを描くパスを受け手へ送り、スローダウンして内側を向いた時には広角度にピッチを見渡して右足のインサイドやインステップのパスで局面を変える。プレッシャーを物ともしないジョアン・カンセロからボールを奪うのは至難の業だ。しかも前線へ果敢に攻め上がり、パスを受けてゴールを決めたり、ミドルシュートをたたき込んだりもできる。
トレント・アレクサンダー=アーノルド
リバプールFCの育成部門からトップに昇格した当初のトレント(66番のAlexander-Arnold)は俊足を活かしたオーバーラップで評価を高めた。しかしユルゲン・クロップ監督が彼のプレー・エリアをインサイドへと徐々に移すと、偽サイドバックへと変貌していった。驚異的なパスレンジの広さ、相手の背後をやすやすと突けるスプリント力、切り替えの意識の高さは偽サイドバックとしてのセールス・ポイントになっている。また、ジョーダン・ヘンダーソンやモハメド・サラーと披露する連係プレーは右サイド制圧に大きく役立っている。
偽サイドバックとして才能を開花させた背景には、育成年代でセンターハーフとしてプレーしていたこともプラスに働いているのだろう。
その他の偽サイドバック
■ダビド・アラバ(ペップ・グアルディオラ時代のバイエルン・ミュンヘン)
■カイル・ウォーカー(ペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティ)
■オレクサンドル・ジンチェンコ(ミケル・アルテタ率いるアーセナル)
■ヨシップ・ユラノビッチ(アンジェ・ポステコグルー率いるセルティック)
メリット
ポゼッションを志向するチームは偽サイドバックから多くのメリットを受けられる。特にビルドアップにおいて中盤中央でオーバーロードを作れ、第1守備ラインを越えるパスラインを多く引けるのは大きい。中盤中央へのパスコースがあること、しかもプレッシャー下でもボールを受けてもらえれば、周囲の選手は大きな安心感を得られる。相手からプレッシャーを受けても偽サイドバックが『ボールの出口』になってくれれば、ボールロストのリスクを軽減できる。
偽サイドバックが中央に入ることで恩恵を得るポジションがある。
1つは、2列目のインテリオールや攻撃的MFだ。偽サイドバックのバックアップを受けることでナンバー8やナンバー10は高い位置でのプレーを維持でき、ライン間やゴール前でボールを受けて攻撃面で力を発揮できる。
ウイングも力を発揮しやすくなる可能性がある。中に入った偽サイドバックをフォローするために相手のサイドハーフやウイングが中に入れば、味方のウイングやサイドハーフは相手サイドバックと「1対1」を迎えやすくなる。プレスバックのリスクから解放されたサイドの選手は得意の「1対1」で存分に力を発揮できる。
守備、とりわけネガティブ・トランジション時に得られるメリットもある。偽サイドバックが作り出す中央での数的優位は速攻を受けた時も優位に働く。最も危険な中央ルートを遮断することで相手に遠回りを強いられるからだ。無論、即時奪回を目指してカウンター・プレスを仕掛ける戦術でも、数的優位はプラスに働く。
デメリットと課題
偽サイドバックが機能するためにはポゼッションで優位に立てること、が前提になる。ポゼッション率で遅れを取るようなゲームではサイドバックが中に絞る余裕などない。
偽サイドバックを組み込む上では、チーム全体としてのポジション・バランスを維持できる必要もある。中盤が渋滞するようでは、中に絞る意味がない。
また、最大の懸念とも言えるのがタッチライン際と最終ラインが手薄になること。サイドバックが抜けたサイドには大きなスペースが生まれる。中央から攻撃を受け止められるのはプラスなのだが、サイドを狙われた時に苦しむ可能性がある。そのリスクを軽減するためには、ボールを失ったらすぐに相手にプレッシャーを与えられることが求められる。あるいは、両サイドバックが中に絞らず、一方だけが偽サイドバックとして振る舞って3バックで横幅をカバーするのも一手だ。
また、最終ラインが2人、あるいは3人になるため、ロングボールによるカウンター・アタックにも備えが必要だ。
相手の出方に合わせた臨機応変に守れなければ、混乱を招くだろう。
そもそも論として、偽サイドバックを任せられるスタッフがいなければ話にならない。「サイドバック+センターハーフ」という選手は多くない。圧倒的なスプリント能力を持ちながら、高い技術と広い視野を兼ね備えた選手の獲得には巨費を要する。しかも、そういう高い能力を有した選手をサイドバックに配置できるチームの総合力も欠かせない。
翻訳:石川桂