ジョン・ハードマン
カナダ代表:2018〜現在
1986年のワールドカップがフットボールに対する私の情熱に火をつけました。
ガリー・リネカー(元イングランド代表)の手首のテーピング、そしてディエゴ・マラドーナの『神の手』――。
この大会のすべてが私を魅了しました。この大会に出場した選手たちのステッカーを集めていたため、当時のカナダ代表のこともよく覚えています。少し前まで「唯一のワールドカップ出場」でした。
2018年の3月にカナダ代表の監督に就任し、選手との初ミーティングは最高の瞬間となりました(ハードマンは1975年7月19日生まれ)。恐らく多くの人々にとって私の就任はサプライズでしたから、私がどんなことを話すのかと選手は興味津々のようでした。
選手たちの前に立って話す時は、疑問は捨て去らないといけません。そうしなければ、あやふやなことを伝えてしまうからです。
深呼吸し、強いメッセージを送ったことを覚えています。
「今までとは違うぞ」
ミーティングに備え、私はコーチングスタッフと共に匿名のアンケートや個別ミーティングを通じて多くの情報を取得。グループの理解に努めました。40名以上の選手と話す過程では、共通した3つの質問を全員にしました。
「なぜ代表のユニフォームを着るのか?」
「代表チームに求めるものは?」
「誰のために代表のユニフォームを着るのか?」
運転しながら私からのインタビューを受けていた選手が、質問の途中でストップを願い出いたことがあります。そして彼は言いました。
「これは感情がテーマになっていて簡単に解答できるものではない。こんな質問はされたことがない」
「初キャンプのトレーニングではいくつかの争いがありましたが、すぐに過去の話になるだろうと確信していました」
選手たちと対話を重ねていく中で、3つのシンプルな思いが感じ取れました。彼らは「結果を残して歴史を作りたい」、「カナダ男子フットボールに対するリスペクトを獲得し、レガシーを残したい」、「次の世代にとってのヒーローになりたい」と考えていたのです。
最初のミーティングで選手たちに3つのことを伝えるつもりでした。
私はあることに気づいていました。
選手たちの中には、特に若い選手の中には私が伝えたいことに対して聞く耳を持っていたのです。
具体的に掲げたのは、2022年カタール・ワールドカップへの切符を手にすること、カナダ代表のワールドカップ初ゴールと初勝利を勝ち取ること、そのために4年間全員で集中してトレーニングすること、でした。その結果として、フットボールにしかできないこと、つまり国を1つにまとめることを達成したいと選手たちに言いました(カタール・ワールドカップに向けては1次、2次予選を勝ち抜いた3チームにメキシコ、アメリカ合衆国、コスタリカ、ジャマイカ、ホンジュラスを加えた8チームで最終予選)。
少し戸惑った選手もいたと思います。
男子の代表チームを率いた経験が私にはありませんでしたし、カナダ代表は1986年以降、ワールドカップに出場したことがないだけでなく、北中米カリブ海予選の最終ラウンドに進出したことさえなかったからです。
初ミーティングの開始時は腕組みしている選手が多く見られましたが、終わる頃にはほとんどの選手がリラックスした表情を浮かべていました。それを見て、「ミーティングは成功した」と感じました。
彼らは私の考えを受け入れ、ミッション達成に向けて一緒に取り組む決意を持ってくれたのです。
最初の2年間は信じられない旅路でした。
CONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)でベストになるため、5つの目標を設定しました。
メキシコやアメリカ合衆国といった大国の存在は関係ありません。
目標の一つは、「最高のスピリットを持つチームにしよう」でした。ユニフォームを介し、選手とスタッフが一体になるのです。最終的には、カナダのフットボール・モデルを完璧に変えたいと考えていました。
私は、チームが限界を越えたパフォーマンスを発揮して成功を手にするために不可欠な基盤は、信頼と安心だと強く信じています。信頼と安心は、意図的、かつ継続的な仕事によってのみ得られます。そしてチームスピリットはパフォーマンスを発揮するための鍵であり、チームスピリットが偶然に醸造されるのを待つわけにはいきません。
「極端な高低差、寒暖差、時差、短い試合間隔、長距離移動といったすべてに適応しなければなりません」
我々は、女子代表で『カルチャー・プログラム』(リソースを加味してチームカラーなどを作り上げる)の責任者だったロビン・ゲイルを男子チームに迎え入れました。彼女の加入は、目標達成に向けた重要な一歩でした。
ロビンは、ロンドン・オリンピック(2012年開催)の女子サッカーでカナダ代表の一員としてメダリスト(3位)となり、2015年に引退。その後、私がカナダ女子代表の監督だった時、プログラムの責任者となってくれました。当時の私たちの目標は、2016年のリオ・デジャネイロ・オリンピックで2大会連続となるメダルを獲得することでした。
迎えた2016年、私たちはドイツ、スウェーデンに次ぐ銅メダルを獲得しました。
カルチャー・プログラムの責任者がいることで、私たちのチームスピリットは常に最高の状態で自分たちの目標に向けられるようになっていました。
私たちは試合の日やトレーニング前後にセレモニーのようなものを導入。我々が『ユニフォーム・コード』と呼ぶものです。ピッチ上における選手の振る舞いを分析して行動規範を設定し、規範を実践できている選手の映像を見せてチームで共有するのです。
同時に、非常に重要な役割を担うことになる数人のリーダーも養成しました。
グループのスピリットが醸造されるにつれ、結束力は目に見えて高まっていきました。チームメイトたちは、いい意味で兄弟のようでした。
初キャンプのトレーニングではいくつかの諍いもありましたが、すぐに解決できるだろうと確信していました。実際、チーム内の問題はほとんど解決でき、選手たちは自分の役割と外部の脅威に集中できるようになりました。我々の前に立ちはだかる相手に集中できるようになったのです。
もう一つの目標はCONCACAFで最も組織化され、適応力のあるチームになること。そのための準備も着々と進めました。
コーチングスタッフは戦術的なビジョンを構築し、チームで共有するためにハードワークしました。それは競争力の源泉になります。CONCACAFという「厳しい地域」で生き残るには相手によって戦術を柔軟に変更し、適応できる必要がありました。北米や中米のチームと戦った翌週、タイプの異なるカリブ海のチームと対戦することがあるからです。
「最終予選に向け、リーダーたちはチームのミッションを設定しました。それは、我々が新しいカナダ代表に生まれ変わったことを国民に証明すること」
乗り越えるべき課題は、各チームの戦術的な違いだけではありません。極端な高低差、寒暖差、時差、短い試合間隔、長距離移動といったすべてに適応しなければなりません。
毎試合、あるいは試合中にもシステムを変更できるようになるため、我々はさまざまなシステムでトレーニングしました。変幻自在なプレーには、相手の分析を極力、無力化するメリットもありました。
適応力を高めるには選手の協力が不可欠なのですが、誤った姿勢で選手に関わると、彼らのクオリティーを台無しにする恐れがあることも理解していました。ですから目指したのは、柔軟性、適応力、反発力(逆境に強い)のある選手。すべてがうまくいった結果、私たちはCONCACAFで戦術的に最も柔軟なチームとなりました。
2021年の『CONCACAFゴールドカップ』(アメリカ合衆国開催)で我々は最高の瞬間を迎えました。鍵となる選手の多くを欠きながら準決勝(対メキシコ)まで進出できたからです(準々決勝ではコスタリカを2-0で撃破)。チームスピリットと戦術的柔軟性の賜物でした。
準決勝のことは今も鮮明に覚えています。
まるで戦場にいるようでした。スタンドには7万人のサポーターが押し寄せ、そのほとんどはメキシコ・サポーター。テクニカルエリアにボトルが投げ込まれたり、ベンチから両軍が飛び出したりするような争いもありました。
以前でしたら、カナダが自滅してもおかしくない展開でした。しかし、チームは毅然と立ち向かい、「新生カナダ代表の誕生」を証明しました。
前半のアディショナルタイムにPKを決められてメキシコに先制されましたが、57分にタジョン・ブキャナンが決めて同点。チームに安心と自信を与えてくれるゴールでした。
選手たちは、見たこともないほどにコレクティブな戦いを披露してくれました。メキシコ代表の選手にとっても、驚きの連続だったでしょう。彼らの身振り手振りを見れば分かります。
「2022年、カナダ代表は2度目のワールドカップに挑みます。この意味を一言で説明するのは難しい。本当に難しいです」
試合終盤に決勝ゴールを決められて敗戦。しかもアディショナルタイムの9分です。受け入れるのには時間がかかりました。
しかし試合後、我々の偉大な冒険に対するジョナサン・オソリオ(トロントFC)の情熱的なスピーチを聞いた時、チームの失望感は吹き飛びました。選手の様子を見ていた私はチームの完成度の高さを確信。ワールドカップ予選を目前に控え、準備は万端でした。
最終予選に向け、リーダーたちはチームのミッションを設定しました。それは、我々が新しいカナダ代表に生まれ変わったことを国民に証明すること。そのため、グループリーグを首位で通過し、しかも無敗でワールドカップの出場権を獲得することを目標としたのです(CONCACAFの出場枠は3.5)。
1次、2次と勝ち上がった我々は最終予選でも順調に勝ち点を伸ばします。とりわけ開始からの11試合を無敗で切り抜け、12節のコスタリカ戦で初黒星を喫しましたが、14戦でジャマイカを4-0と粉砕。1試合を残してワールドカップの出場権を獲得しました。最終成績は8勝4分け2敗23得点7失点の首位通過、しかも最多得点、最小失点もマークしています。前回大会に出場したメキシコ、アメリカ合衆国、コスタリカ、パナマから勝ち点3を挙げていることも誇っていいでしょう。
2022年、カナダ代表は2度目のワールドカップに挑みます。
この意味を一言で説明するのは難しい。本当に難しいです。
予選における出来事はいくらでも話せます。しかし36年もの間、出場できなかった世界最大の大会に参加する瞬間が訪れるのですから……。そう思うと、信じられないような感覚に襲われます。
「我々は微塵の恐れを抱くことなくワールドカップに挑みます」
素晴らしい瞬間を迎えるために貢献できたこと、そして手にした成功を私は間違いなく最高に楽しめました。
本大会に向けて思うのは、2022年大会を楽しまなければならないということ。その先の2026年にはカナダ・ワールドカップが控えています(メキシコ、アメリカ合衆国との共同開催)が控えています。2026年に向けて期待するのもいいですが、まずはこの瞬間を楽しみましょう!
たった1つのゴールが国を狂わせることがあります。すべての人がカナダのワールドカップ初ゴールを待っているのです。ボールがゴールラインを割る――。その瞬間を想像するだけで身震いします。
我々は微塵の恐れを抱くことなくワールドカップに挑みます。
私たちが優勝候補ではないことは理解しています。しかし、誰も予想していないことをカタールでは追い求めたいと思います。
カナダ代表が予選を通過する、と予想した人がどれだけいたでしょうか? 同じように、カナダ代表がカタールの地で達成することを予想できる人はいないはずです。
不可能に見える目標を達成するには献身的なメンタルが必要になります。我々はそれを持っているのです。
翻訳:石川桂