ローブロックとは?
ネガティブ・トランジション後の主な選択肢は3つ。それは、失った瞬間からボール・ハンティングに入るカウンター・プレス、ミドルサードに守備ブロックを構築するミッドブロック、そしてディフェンシブサードに守備ブロックを構築するローブロックだ。
ローブロックでは、ボールを失ったチームはまずリトリートして守備陣形を構築。最終ラインを深くして背後のスペースを使わせない(GKと連係)。もちろん、守備ブロック内をコンパクトに保つため、最前線の選手も低く構える。
また、カウンター・プレスやミッドブロックほどプレッシングを重視していない点も特徴の一つだ。
ローブロックの攻撃戦術
ローブロックを採用しているチームでは、すべてのプレーヤーがディフェンシブサードまでリトリートし、スペースを埋めることに注力する。結果どうしても、アタッキングサード、ミドルサードの支配権を相手に受け渡すことになる。
そしてこの戦術では、相手を自陣ゴールに近づけることになる。むしろ攻撃面から逆算して考えるならば、相手を自陣に誘い込んで相手最終ラインの背後にスペースを作り出すと表現すべきだろう。
当然、ボールを奪い返すエリアはディフェンシブサードになり、相手ゴールまでの道のりは長い。
カウンター・プレスやミッドブロックと比較すれば、その違いは明らかだ。「ローブロックで守り切る」ではなく「ローブロックで勝つ」のであれば、長い道のりの攻略法が求められる。
主武器として真っ先に考えられるのはカウンター・アタックだろう。ボールのリゲイン後にポゼッションに入れないわけではないが、自陣ゴールに近いこと、多数の相手選手が自陣内にいることを考えれば、再びボールを失ってからの失点リスクが高いと言わざるを得ない。リスク・マネジメントの観点からもカウンター・アタックを優先的に選択すべきだ。
効果的なカウンター・アタックを繰り出すには、ボール奪取後にパス、あるいはドリブルを選択するにしても、素早い判断と実行が必須。同時にボールに関与していない選手はフリーランニングしてサポート役やラストパスの受け手にならなければならない。相手に守備ブロックを構築する時間的猶予を与えるようであれば、攻撃の糸口さえ手にできないだろう。
例えば、相手守備の特徴などを考慮してボール回収後のファーストパスを出すエリアなどをチームで共有することも素早い攻撃に役立つ。
ローブロックの守備戦術
ローブロックでは、ボールを積極的に奪い返すことよりも陣地を守ることやゴールを守ることを優先する。そして自陣ゴールに近い分、ディフェンシブサードにおける「高い気密性」が必要だ。狭いエリアに全選手が入り、ライン間、選手間のスペースを消さなければならない。
規律の高さも求められる。ブロックの外にいる相手選手は比較的自由にボールを動かせるため、鋭く正確なスルーパスを入れられる。その動きを見逃さず、即座に反応し、周囲の選手は反応した選手に連動しなければならない。しかもペナルティーエリアやゴールエリア付近でのプレーも増えるため、高精度な守備を心掛けるべき。とりわけシュートブロックなど、個人アクションにも磨きをかけておきたい。
また、ブロックの外でボールを動かす相手の誘惑に乗らず、我慢強く守らなければならない。誘惑に駆られて飛び出す選手の存在はブロックを崩壊させるからだ。しかも、ボールを保持される時間は一般的に長くなるため、時間との戦いでもある。
ローブロックの守備を成功させる上で特徴的な点がある。それは空中戦での強さとスムーズなセカンド・ボールの処理。「守備ブロック内に入れない」と判断した相手チームはブロック外からクロスを放り込むだろう。仮に、長身選手や空中戦に強い選手がいなければ、ローブロックを成立させるのは難しくなる。すべてのクロスをきれいにはね返せるとは限らないため、こぼれ球を処理するケースも増える。こぼれ球を拾って攻撃につなげられるのが理想だが、無理せずにクリアすべきケースもあるはず。その判断のブレを最小限にすることが失点リスクを軽減する。
ローブロックのサンプル
ディエゴ・シメオネ監督(アトレティコ・マドリード)
A・マドリードを率いるディエゴ・シメオネ監督(2011-12シーズンより指揮)はアウト・オブ・ポゼッション時も「4-4-2」を用い、低めに守備ブロックを設置。7つのタイトルを獲得するなど、ボールを奪ってからの素早い攻撃で大きな成功を収めてきた。
成功を引き寄せる上で大きな役割を果たしてきたのが2列目の守備。コケ(6番のKoke)、マルコス・ジョレンテ、サウール・ニゲス(8番のSaul。現在はチェルシー)といった万能型のMFとロドリ(現在はマチェスター・C)、エクトル・エレーラ(16番のHerera)、ジェフレイ・コンドグビア、トーマス・パーテイ(現在はアーセナル)、ガビ(引退)といった守備を得意とする選手を巧みに組み合わせることで守備を重視しつつも得点を奪う。当然、指揮官の求めに応じたコンパクト、かつ闘志あふれる守備も持ち味だ。
ただし、2020-21シーズン以降は、攻撃時の3バックから5バックにトランスフォームする戦術も採用。さらに3人のピボットで中央を閉めることもある。
ジョゼ・モウリーニョ監督(ASローマ)
モウリーニョはローブロックを用いてチェルシー(2004-07&2013-2015シーズン)、レアル・マドリード(2010-13シーズン)、そしてインテル(2008-10シーズン)でリーグ制覇を達成した。チェルシー時代のローブロックは『パーキング・ザ・バス』(ゴール前にバスを止めて得点を阻止する)と呼ばれるほどの堅牢さを誇った。2016-2018シーズンに彼が率いたマンチェスター・ユナイテッドでも最終ラインの強化を追求。「4-3-3」システムを採用し、ウイング(19番のRashfordと18番のYoung)に最終ラインに合流することを求めた。実際、6バックになるシーンがたびたび見られた(下写真)。一方、トッテナムでは「4-2-3-1」システムを採用し、バックラインのギャップを埋めるダブル・ピボットを含めた6人で守った。2列目の守備は選手間を狭めた「3」が担った。
ショーン・ダイチ監督(バーンリーFC時代)
ショーン・ダイチが2021-22シーズンに率いたバーンリーで使った守備陣形はコンパクトな「4-4-2」。ローブロックを採用してプレミアリーグでの生き残りを狙った(しかし、8試合を残した時点で18位に低迷して解任。チームは降格)。ダイチの採った守備戦術で目を引いたのがMF陣の低いポジショニングだ。しかも低く陣取るだけでなく、選手間を狭めた。また、徹底していたのがサイドへの押し出し。守備ブロックの外側から相手が攻め入ろうとすると、サイドハーフとサイドバックがタンデムを組んで相手をタッチライン方向へ追い込むために積極的にプレスした。さらに、強くて長身のセンターバック(6番のMeeと5番のTarkowski)を揃えることで、ペナルティーエリアに入ろうとする相手の阻止を試みた。
ローブロックのメリット
強固な守備ブロックを低いエリアに築けたならば、失点の可能性はグッと下げられる。ローブロックの場合、データ的に得点の生まれやすいエリアに多くの選手を割くため、そこへの相手の進入を阻止たり、入って来た選手の自由を奪えたりする。またインフィールドに多くの選手がポジショニングできるため、中央からの突破を許すのは希。相手の攻撃パターンをサイドからボールを放り込むだけの単調なものに制限できる。
また、前線から相手を追い回してボールを回収しようとするカウンター・プレスと比較した場合、選手の疲労を軽減できる。もちろん、素早く帰陣するためのリカバリーランは欠かせないが、ブロック構築後には脈拍を整えられ、カウンター・アタックを繰り出す準備ができるのもメリット。この点は選手層の薄いチームや試合が連続している状況に適している。あるいは、スコアを動かしたくないチームとっての有力な選択肢になり得る。
ローブロックのデメリット
ピッチにおける3分の2の支配権を手放すため、相手のポゼッションを許すことになる。また、前述したように陥れるべきゴールが遠いのもデメリットだ。また、ボール支配率で劣るということは攻撃時間が短くなることを意味する。しかも攻撃のキーマンも自陣の深いエリアでプレーする時間が長くなるため、短時間で効率的に選手のストロング・ポイントを活かせる攻撃パターンの構築が欠かせない。
守備を前提とした戦術であるため、「シナリオが崩れた時」や格下との対戦時に弱みを露呈することがある。例えば、先制して守りながらカウンター・アタックで追加点を狙うという展開が理想だが、先制点を許すと窮地に陥ることも少なくない。先制された時に放つ「第二の矢」を用意する必要がある。また、カウンター・アタック一に特化し、格下との試合や相手が引いた時、自分たちがボールを保持しても崩せないでは困る。攻撃プランと攻めあぐねて逆カウンター・アタックから失点という展開に持ち込ませないプランを練っておくべき。セットプレーでの得点力を高めるのも一手だ。
ローブロックの代案
ミッドブロックやカウンター・プレスが有力な代案。ローブロックのデメリットを補うためにもミッドブロックかカウンター・プレスをスクランブル採用できるようにしたいところだ。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部