マルティン・ウーデゴール
アーセナル:2021-22〜現在
プロフィール
マルティン・ウーデゴールが200万ユーロ(約3億円)を超える契約金でレアル・マドリードとサインした時、彼はわずか16歳だった。
1998年12月17日にノルウェーで生まれた彼は『ストレームスゴトセトIF』の下部組織に加入し、2013年にはトップチームの練習に参加。2014年1月にトップチーム昇格が決まり、2014年4月13日、オーレスン戦に出場してリーグ最年少出場記録を樹立し、2014年5月16日にはリーグ最年少得点者となった。
2015年1月22日、レアル・マドリードと契約(3部リーグ所属のレアル・マドリード・マスティージャに出場する契約)。2月8日のアスレティック・ビルバオB戦で公式戦デビューし、2015年5月23日にはリーグ最終節(ヘタフェ戦)で出番を得てクラブの最年少出場者(16歳157日)となった。
しかしその後は分厚い選手層にはね返されて出場機会を得られず、2017年1月9日にSCヘーレンフェーン(オランダ)へ期限付き移籍し、2018年8月21日にはフィテッセ(オランダ)へ期限付き移籍。
そしてレアル・ソシエダへの期限付きレンタル移籍を経てレアル・マドリード復帰(2020年8月13日)を果たしたが、2021年1月27日からアーセナルへ再び期限付き移籍となり、2021年8月に完全移籍した。
アーセナルのミケル・アルテタ監督は言う。「彼は常にパスコースを味方に与え、守備ではプレッシングのリーダーとなってくれる。彼は『ガナーズ』(アーセナルの愛称)にとって非常に影響力のある選手だ」
ノルウェー代表
早熟の天才がノルウェー代表のユニフォームをまとったのは2014年8月27日。UAE戦に15歳253日で出場して母国の出場記録を更新。さらに、2014年10月14日に開催されたEURO2016予選(ブルガリア戦)に出場し、15歳300日というEURO予選の最年少出場記録も打ち立てている。
戦術的分析
ウーデゴール(11番のOdegaard)の能力を端的に表すのがボールを持った時の攻撃的なメンタリティー。彼がボールに触れれば、チームは効果的にボールを前進させられる。
特に非凡な才を感じさせるのが、中央のエリアでボールを保持した時に通す鋭角なスルーパス(下写真)。ランニングしているレシーバーの足元へ適切な距離、そして適切なスピードのボールを届ける。受けた選手は苦もなくゴールへアプローチできる。スルーパスだけでなく、ラインの間でボールを受けようとする選手にも正確無比なパスを送れる。
効果的なパスを操れるのは、技術が高いだけでなく、視野の広さと戦術的インテリジェンスも優れているからだ。そのため、相手に最も大きなダメージを与えられる場所にいる選手を見逃さず、適切なパスを出せる。彼は時間と空間を高いレベルでコントロールできる選手である。
ウーデゴールは(11番のOdegaard)はパスだけの選手ではない。攻撃のスイッチを入れるためにファイナルサードで強度の高いランニングを繰り返してチームに貢献。「パスを出したら終わり」ということはなく、次のプレーに備えてすぐに動き出し、もう1度ボールを受けるため、そして相手を引きつけるために動く。
巧みなパスコースの引き方も高い評価を得る要因。パスを出したあとに下がってパスを受ける、あるいは前に出て受けるに関する選択が秀逸なのだ(下写真)。
効果的なパスが出せそうもないケースでは、ボールをキープしたり、ドリブルで仕掛けたりもできる。ウーデゴールは特段スピーディーな選手ではないが、素晴らしいバランスとアジリティー、そして群を抜くボール扱い(技術)と重心の低さを組み合わせたドリブルによって相手の間をスラローマーのように抜けて行く。
次々と降りかかる難題をウーデゴールは解決可能。左利きであり、卓越した技術を持つため、若い頃からリオネル・メッシと比較されてきた。
ウーデゴール(11番のOdegaard)の左足からは数々の魔法が生み出されてきた。しかし左足でのプレーにこだわりすぎるあまり、プレーの幅を狭めているのも事実だ。
下の写真のように右方向にスペースがある場合でも、左足でプレーしたがってスペースを活かせないことが見受けられる。積極的に右足でボールをコントロールし、自分の右側にドリブルで運んだり、突破できたりすれば、より予測困難な選手となれるだろう。
現状、彼のこの欠点が顕著になるのが左サイドでプレーする時。左サイドで相手と「1対1」となっても縦突破に十分なスピードを有せず、そもそもゴールライン近くまで深く切れ込んでクロスを上げる選手ではない。中央からサイドに流れるにしても、右足でプレーしなければならない状況では相手に十分な脅威を与えられない。そのため、バックパスを選択するケースも少なくないのだ。そうしたプレーは守備陣形を整える時間を相手に与えることになり、チャンスを逃すことになる。
プレーメーカーとしての役割
アーセナルで「4-2-3-1」システムのトップ下に入った時のウーデゴールは、プレーメーカーの役割を果たす。率いるミケル・アルテタ監督の戦術では通常、ダブル・ピボットはディフェンスラインをサポートするために深く構えることが多く、攻撃を司るウーデゴールは高い位置を取り続ける。ドロップしてボールを受けたら、サイドに展開することが多い。レシーバーとなるサイドバックとの連係もよく練られている。その後、アルテタは「4-2-1-3」システムを採用し、ウーデゴール(8番のOdegaard)は「1」としてプレー。もっとも、ビルドアップ時にはダブル・ピボットに入っているグラトニ・ジャカ(34番のXhaka)が左のインサイド・チャンネルに入ってもう1人のピボット、トーマス・パルティやサンビ・ロコンガ(23番のLokonga)が中央にスライドする。そしてトップ下のウーデゴールは右斜め下に移り、ブカヨ・サカ(7番のSaka)とのコンビネーションを発揮する。
こうしたポジショニングとプレーは「4-2-3-1」時には見られない。
アーセナルでは、ウーデゴールと右サイドバックの連係プレーが確立されている。ベン・ホワイトや冨安健洋といった右サイドバックがダイアゴナルの動きで中央に入ってウーデゴールをサポートすることもあるし、ウーデゴールが外に流れてポジション・チェンジすることもある。
前述したが、ウーデゴールは右サイドで突出した存在感を放つ選手。相手のミッドフィールドラインを突破する才能が満ち溢れている。1タッチで局面を変えることはもちろん、相手のプレッシャーを回避するためのサポートもできる。
また機を見てウーデゴールが行なう、左センターバックや左サイドバックを介してのサイドチェンジもリズムを変える貴重な武器になっている。
高い位置でボールを受けられるシーンのウーデゴールはライン間でのレシーブを好み、受けたら即座にターンして攻撃を前進。動きながらであっても、ウイングが斜めに走り、ディフェンスの背後でスルーパスを受けようするのを見逃したりしない。
昨シーズン限りでリヨン(フランス)に移ったアレクサンドル・ラカゼットがセンターフォワードに起用された時、ラカゼットは相手センターバックの近くに陣取ってウーデゴールが繰り出すスルーパスのターゲットになっていた。しかし同時にラカゼッドの存在は中央のスペースを消すこともあり、結果、ウーデゴールのプレー・エリアを限定し、相手に与えられる脅威を低下させている一面もあった。
「中央のスペース問題」はモビリティーに長けたガブリエル・ジェズスの加入(2022-23シーズンより)によって解決。アーセナルは、相手センターバックが対処困難な状況を作り出せるようになった。具体的には、ウーデゴールはより大きなスペースで動けるようになり、ライン間でパスを受ける回数が劇的に増加。システムによる違いは多少あるにしても、右サイドのサカが右のインサイド・チェンネル(ハーフスペース)、左のガブリエル・マルティネッリが左のインサイド・チャンネルに入ってジェズスやウーデゴールと連係し、アーセナルはバリエーションに富んだ攻撃がファイナルサードでできるようになった。
右サイドでの攻撃を解説しよう(下写真)。
右サイドバックがオーバーラップし、数的優位を補強するためにウーデゴール(8番のOdegaard)とジェズスが右サイドのレーンに移動してオーバーロード。手薄になったゴール前をカバーするためにピボットのジャカがジャンプし、さらに左サイドバックのジンチェンコが中盤の中央に出てスペースを埋める。こうして相手選手を右サイドに集め、左ウイングのマルティネッリが「1対1」にできるシチュエーションも同時に整える。中盤のバランスを維持し、ボールロストに備えるのは残りのピボットの役目となる。
ウーデゴールはこのポジション・ローテーションにおいて欠かせないピース。狭いスペースでの局面をコンビネーション・プレーで打開しつつ、リズムを変え、最適なタイミングでラストパスを繰り出す。
期限付き移籍を繰り返してきたウーでゴールだが、アーセナルでようやく「居場所」をつかんだ。キャリアを再スタートさせたと言ってもいい。チームも、14節を終えた時点で12勝1分け1敗として首位を走る。大いなるポテンシャルを発揮してリーグ制覇に貢献できるのだろうか?
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部