モダン・センターバックとは?
センターバックはゴールに最も近いエリア、しかもゴール正面のエリアを守るため、失点を防ぐ上で非常に重要な存在。主な役割は、中央の守備を固め、ハイボールをはね返し、周囲の味方をサポートしたり、カバーしたりすることである。現代でも守備の要であることに変わりはない。むしろ、大型化していく相手のセンターフォワードや機動力や得点能力の高いインサイド・フォワードともマッチアップしなければならない現代では、より高い守備能力が求められるようになっていると言えるだろう。
しかし、時代が求めているモダン・センターバックは「守備面の貢献度が高ければいい」とはならない。インポゼッション時(攻撃時)でもプレーに深く関与することが求められるのだ。
存在が一躍クローズアップされるようになったのがビルドアップ時だ。GKと2人のセンターバックがトライアングルを形作り、相手の第1守備ラインを越えて攻撃の一歩となる。あるいは、チャンスがあれば、自らのドリブルでボールを運ぶ。仮に、この出だしで躓くようであれば、GKが蹴り出すことになり、イーブンな状態で再開することになる。それはあまり効率のいい戦い方ではないだろう。
また、第1守備ラインを越えたあとでもすべきことはある。ポジショニングを的確に変えながら前の選手にパスコースを提供し続け、組み立て直しの起点になるのだ。もちろん、正確なロングパスでサイドチェンジを演出してもいいし、鋭いグラウンダーのパスを前線の選手に供給してもいい。
センターバックの出現
1925年までのサッカー界では『ピラミッド・システム』と呼ばれる「2-3-5」システム(上の図)が主流だった。その後継となったのが「3-2-5」(「3-2-2-3」)と選手が並ぶ『WMシステム』(上の図)。WMの使い手であり、当時、アーセナルを率いていた故ハーバート・チャップマン(1878年1月19日-1934年1月6日)は背番号5のセンターハーフを最終ラインに加えて3バックにした。そのため今でも、イングランドでは背番号5のセンターバックをセンターハーフと呼ぶことがある。
そして現在も見られるような2人のセンターバックが現れたのは「4-2-4」システムが現れた時。
ハーフバックの1人、背番号4が最終ラインに加わることで4バックが形成され、4番と5番がセンターバックの背番号となった。
一方、ブラジルでは、諸説あるが、「2-3-5」システムから「4-2-4」システムに移行したというのが有力な説。フルバックと呼ばれた2番と3番の両脇に「3」の両サイドが下がって4バックを形成。結果、センターバックの背番号は2と3になった。
その背景には、1950年のワールドカップで優勝まであと一歩のところまで迫りながら、ウルグアイにさらわれたこと、いわゆる『マラカナンの悲劇』がある。守備の強化が主な狙いだったと言われている。
攻撃時のモダン・センターバック
ビルドアップ時のセンターバックはポジション的に相手の2トップに対して「2対2」の数的同数に陥りやすい。しかも、「ボールを奪われたら即失点」というポジションでもある。失点のリスクを最小限に抑えつつ、攻撃の第一歩となるには足でのボール扱いに長けたモダン・ゴールキーパーを加えて「3対2」のオーバーロードにする必要がある。3人でボールを動かして相手FWを誘い、一方のセンターバックをフリーにして前進するのだ。こうした戦術上、モダン・センターバックにはパス能力とボールを前に運ぶ能力(スペイン語で言う『コンダクシオン』)が求められる。そして自力でボールを運んだ際にはより前へ進むこともある。
また、モダン・センターバックの特徴の一つがスナイパーのように正確に的を射られる高精度のパス能力だ。短いパスでサイドバックや一列前のMFへボールを配給するだけでなく、高い位置にいるウイングへの斜めのパス(上の写真)、あるいはFWへ縦パスを入れて攻撃を一気に前進させる。
こうした能力に恵まれたセンターバックを擁していれば、攻撃のバリエーションは多彩になる。
センターバックが多角的にパスを供給するには俊敏な方向転換能力が必要だ。インサイドやアウトサイドでボールを扱ってボールの位置を変えると同時に体の向きを変え、相手が対応する前にパスを出せれば、パスの選択肢は大きく増やせる。
守備時のモダン・センターバック
守備時の役割に大きな変化はない。最終ラインの設定やチームメイトとのコミュニケーション、そしてセットプレーでのコーチングなどを担う。個々の選手に求められるのはシュート・ブロック、タックル、インターセプト、クリアランス、空中戦や地上戦でボールを奪うといった能力だ。
ただし、かつてよりも機動力の重要性は増々、上がっている。まず強豪チームほど、最終ラインを高く設定してコンパクトな陣形で守る戦術を採用するようになっている。すると最終ラインの背後にあるスペースが広がり、その広大なスペースをカバーできる走力が求められるからだ。また、相手選手に一気にアプローチできる鋭い加速力も持ち合わせているのが理想。さらに攻撃面で存在感を示すモダン・サイドバックの出現も機動力を求める。サイドバックが攻め上がった時にはタッチライン際にもスペースが広がり、後方だけでなく、サイドのカバーにも目を光らせなければならないからだ。
モダン・センターバックのサンプル
フィルジル・ファン・ダイク(リバプールFC)
ファン・ダイク(4番のVan Dijk)は最終ラインに陣取る司令塔的なセンターバック(最初の写真)。チームメイトとの綿密なコミュニケーションによってチーム状況を把握し、的確なコーチングでチームをまとめ上げる。ディフェンス能力も非常に高い。193センチを利して空中戦でも圧倒的な強さを発揮し、「1対1」の場面でも持ち前のアジリティーを活かして主導権を握る。
彼の代名詞とも言えるのが正確なロングフィード。右足から蹴り出されたボールは、まるで誘導されたかのように味方に届く。とりわけ左寄りの位置から右サイドにいる味方へ出すパスは絶品。右ウイングのモハメド・サラー(11番のSalah)に通すパスはリバプールの大きな武器になっている。
ルベン・ディアス(マンチェスター・シティ)
2020-21シーズンにマンチェスター・Cに加入した際の移籍金は約88億円だったが、高額な移籍金に見合う活躍を見せている(上写真)。ディアス(3番のDias)の売りはゲームを読む能力と卓越した予測力。その能力を活かして頻繁にインターセプトを成功させる。また、スライディング・タックルの能力も高く、タイミングを逸しないクリーンなスライディングで相手のプレーを阻止する。
ポゼッションを重視するマンチェスター・Cにあって、ディアスはしっかりと役割を果たしている。ペップ・グアルディオラの戦術では攻撃時、サイドバック(11番のZinchenko)が中盤の中央に入って組み立てに参加。その際、ディアスは左にポジションを移して3バックを形成する。さらに、ボールを保持した時に前にスペースがあればドリブルでボールを運んでオーバーロードにし、ショートパスで攻撃を前進させたり、右サイドの味方にロングパスを送ったりする。
セルヒオ・ラモス(パリ・サンジェルマン)
セルヒオ・ラモス(4番のRamos)の特徴と言えば、闘志を前面に押し出したプレーだろう(下写真)。「1対1」の場面でも果敢なプレーを披露し、相手を封じ込めるようにしてボールを奪う。バックラインから飛び出してインターセプトを狙うアグレッシブさも魅力の一つだ。無論、冷静さも備える。積極的に相手に寄せるだけでなく、味方のほうが寄せやすいケースでは寄せた味方をカバーするポジションへ的確に移動する。
派手さはないが、ショートパスやロングパスを操って攻撃の起点にもなれる。また高いインターセプト能力は攻撃面でも有効。インターセプトした推進力を活かしてドリブルで攻め上がり、カウンター・アタックの引き金になるのだ。
レオナルド・ボヌッチ(ユベントス)
3バックの中央でプレーするボヌッチは相手選手との接近戦で無類の強さを発揮する(下写真)。ドリブルで進んで来る相手との距離を巧みに縮め、半身の姿勢で相手の進行方向をコントロールしながらボールを奪う。足を出すタイミングにブレがなく、高い確率でプレーを阻止することが彼の評価を高めている。190センチの長身を活かした空中戦も強い。
攻撃での貢献度も見逃せない。最終ラインの中央から正確なロングパスを送る姿はアメリカン・フットボールのクオーターバックを彷彿させる。また、シンプルなドリブルで攻め上がり、MFに預けたり、ミドルシュートを放ったりすることもある。
モダン・センターバックの利点
モダン・センターバックがいれば、ゴールキックやゴールキーパーのキャッチからのプレー再開時、イーブンな状態にボールをさらすことを減らせる。センターバックにボールを預けることでGKは容易にプレーを再開できるからだ。ポゼッションを重視するチームであれば、必要不可欠な存在と言っていいだろう。
モダン・センターバックの需要が高まった背景には、2019-20シーズン前のルール改正がありそうだ(詳細は下を参照)。GKでの再開時、ペナルティーエリア内で味方選手はボールを受けられるようになったのだ。このため、ボールを確実に味方選手に渡すチームが増えた。
また、ボールを前に運び出せるセンターバックであれば、中盤で数的優位を作り出すのが容易になる。無論、前進したセンターバックに対するカバー策は欠かせないが、ポゼッション面で得られるメリットは大きい。
モダン・センターバックのリスク
完全無欠な戦術などないように、センターバックをビルドアップに組み込んだり、ポゼッション・ルートに組み込んだりすることにはリスクが伴う。最大の懸念材料は、センターバックがボールを失うことだろう。多くの場合、センターバックより後方に味方選手がいることは少なく、最悪の場合、GKとの「1対1」というピンチを迎えることも考えられる。
この点、指揮官は選択を迫られる。
リスクを承知した上でインポゼッションでの役割をセンターバックに与え、リスクを軽減できるように時間を費やしてトレーニングするのが一つの解法。もう一つは、センターバックが戦術的な要求を満たせないとし、戦術変更を施すものだ。
いずれにしても、中途半端な戦い方は無駄な失点の原因になることに留意すべきだ。
補足:ルール変更
ルール変更以前のゴールキックでは「ボールがペナルティーエリア外に出た時にインプレー」となっていた。しかし、変更によって「ボールが蹴られて明らかに動いた時にインプレー」。結果、攻撃側の選手はペナルティーエリア内でゴールキックを受けられるようになった。一方、守備側の選手はGKが蹴るまではペナルティーエリア外にいなければならない。
なお、守備側の選手がペナルティーエリア内にいてもゴールキックを蹴ってもいい。ただし、ボールが明らかに動いた時点でインプレーとなり、守備側の選手はボールを奪いに行ける。この点をしっかり理解しておきたい。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部