モダン・サイドバックとは?
モダン・サイドバックは、4人のバックラインにおいて両端に位置する選手。タッチライン際の広い範囲を守るだけでなく、攻撃に参加してチャンスを作り出す役割も担う。「守備だけ」でも、「攻撃だけ」でもなく、攻撃のサポートとディフェンスをほぼ同じレベルで求められていると言っていいだろう。そしてモダン・サイドバックの攻撃参加ルートは主に2つ。前にいるMFやFWを外側から追い越す「オーバーラップ」と内側から追い越す「アンダーラップ」である。
モダン・サイドバックの起源
イングランドではサイドバックをフルバックとも呼ぶ。それは、20世紀初頭に一般的だった「2-3-5」システム(上の図)の最深部に位置する選手(フルバック:背番号は2と3)が2バックから4バックに移行する際にサイドに移動した名残である(上の図)。なお、4バックは1950年代に出現し、流布していった。
1958年のスウェーデン・ワールドカップで優勝したブラジル代表が採用していたのは「4-2-4」システム。その両サイドバックを担ったニウトン・サントスとジャウマ・サントスは攻撃的なサイドバックとして知られている。彼らはモダン・サイドバックの先駆者と言えるが、例外的な存在と言うべきだろう。「一般的には4バック誕生以降、時代と共に攻撃的な役割を増していった」というのが妥当。あるいは、『モダン・サイドバック』という言葉は、現代のゲームにおけるサイドバックのオールラウンドな貢献を強調するものと言うべきかもしれない。
なお、ブラジル版の4バックではかつてのフルバック(背番号2と3)がセンターバックを務めた。そしてサイドバックに入ったのは「2-3-5」システムの「3」の両サイドから下がった選手(背番号4と6)だった(上の図)。
ポゼッション時の役割
モダン・サイドバックはオーバーラップやアンダーラップによって攻撃をサポートし、パスの選択肢になることが求められる。そしてアタッキングサードなどに前進できた際にはクロスを上げる、スルーパスを通すなどしてチャンスの起点となったり、あるいは自身で切り替えしたり、カットインしたりしてもいい。サイドチェンジを支援する役割もある。
また、モダン・サイドバックの中でもより攻撃的な選手はゴール前に走り込んでクロスを押し込んだり、ラストパスを受けたりもする。
ボールに直接、関わらなくても、モダン・サイドバックは攻撃の幅を確保することでチームに貢献する。その背景には、サイドバックが幅を確保することでより得点力の高い選手(FW)を中央寄りでプレーさせ、少なくなった得点機会を活かす狙いもある。3トップのウイングが中に絞るインサイド・フォワードなどはその典型だ(下写真のモハメド・サラーなど)。
ビルドアップ時にサイドバックが幅を確保することはスムーズなサイドチェンジを促す。また相手のポゼッション時にサイドバックがサイドに広がることには、ポゼッションにより積極的に関与したい選手を切り替え後のリスク・マネジメントのためにポゼッション・エリアから引き離せるという効果もある。
アウト・オブ・ポゼッション時の役割
現代のサッカーではハイプレスが一般的。サイドバックも高いエリアに移動して高い位置からプレッシャーを与える役割を担う。
守備におけるポイントの一つは背後のケア。ハイプレスを嫌う相手は最終ラインの背後を虎視眈々と狙う。特にサイドバックの裏へ斜めのパスを通すのは常套手段の一つと言っていいだろう。その時、サイドバックはスプリントして戻り、相手に競り勝ってボールを回収、あるいは相手の攻撃を阻止することが求められる。
こうしたプレーが求められるため、サイドバックには高いスプリント力が求められる。しかも、1試合中にスピリントを繰り返せる能力も必要だ。具体的には、俊敏性、スタミナ、洞察力、的確なポジショニングを備えている選手が適役と言える。
また、相手と対峙する「1対1」の状況を多く迎えるのもサイドバックの特徴と言える。「1対1」の対応力に磨きをかけておくべきだろう。
理想的なモダン・サイドバック
トレント・アレクサンダー・アーノルド(リバプールFC)
直近4シーズンのアシスト数が12、13、7、12。アタッカー顔負けのアシスト数を記録しているのがリバプールの右サイドバック、アレクサンダー=アーノルドだ。「4-3-3」システムの右サイドを攻め上がるアレクサンダー=アーノルドは類を見ないほどの走力を誇る。ドリブルで駆け上がるだけでなく、スルーパスのレシーバーとしても機能。しかも右足から繰り出させれるキックは正確無比。クロサーとしてだけでなく、セットプレーのキッカーとしても存在感を放っている。
アンディ・ロバートソン(リバプールFC)
トレント・アレクサンダー=アーノルドとリバプールの「後ろの両翼」を構成するのがロバートソン(上写真)だ。ただし、相棒ほどテクニックや想像力を発揮するタイプではなく、「1対1」での強さやスペースに入り込むうまさを活かし、深く切り込んで攻撃をクリエイトする。豊富な運動量も大きな魅力。守備に回った際には一気に帰陣してピンチの芽を未然に摘む。
ジョルディ・アルバ(FCバルセロナ)
FCバルセロナの一員としてリーガ・エスパニョーラで優勝すること5回、スペイン代表としてEURO2012を制したジョルディ・アルバもモダン・サイドバックと言えるだろう。彼の大きな武器と言えるのがゴールライン付近まで攻め上がるオーバーラップ。マイナスのクロスを供給してゴールをお膳立てするだけでなく、自らシュートを放ってネットを揺する。とりわけFCバルセロナではリオネル・メッシとのコンビネーションが光った。メッシのスルーパルに合わせてチャンスをつくったり、ボールを保持したメッシに対してオーバーラップを仕掛けたりして左サイドの攻撃を活性化した。
また、ジョルディ・アルバは、視野の広さ、チームメイトの走りを察知する能力、そしてポジションの良さも光る。
メリットを考える
攻撃的なサイドバックの起用は多くのメリットをもたらす。
サイドバックが幅を確保できれば、ウイングやサイドハーフは中に絞れ、相手ゴールに向かうアタックが可能になる。また、タッチライン際に位置することは相手の最終ラインを広げ、結果として中に絞った味方にスペースを提供できる。
攻撃時の高い位置は守備時のメリットにもなる。高く位置することで相手のサイドハーフやウイングを引き寄せ、カウンター・アタックのリスクを軽減できるからだ。
リスクを考える
サイドバックが攻撃に深く関与すれば、大きなギャップやスペースを生みやすくなる。当然、ギャップやスペースはカウンター・アタックで狙われやすい。そうした弱点を突かれて相手にパスが通ると、「丸裸」のセンターバックに向かって受け手がドリブルで仕掛けられるため、失点のリスクを高めることになる。
そもそも論として、攻守両面での貢献を監督がサイドバックに求めても、モダン・サイドバックをこなせるキャパシティーが選手になければ絵に描いた餅にすぎない。スピード、持久力を有する選手を擁していること、さらにフィジカル・コンディションを整えられるなど、多くの前提条件をクリアしなければならない。
一方、前提条件をクリアできたとしても、相手とのマッチアップにおいて考慮すべき要素も多い。この点では、監督、そして選手に戦術的な洞察力が欠かせないだろう。