モダン・ゴールキーパーとは?
意外に思う方がいるかもしれないが、かつてGKは、ボールがゴールネットを揺すらせないようにすることだけが任務とされた時代があった。ピッチに立つ選手の中で1人だけ異なるユニホームを身につけ、インプレー中にボールを手で扱っていい唯一の選手。ほかの選手とはほとんど別の存在と見られてきたのだ。しかし近年、GKの役割は根本的、かつ不可逆的に変化している。
現代では、GKはゴールを守るだけでなく、攻撃面においてもチーム戦術の根幹的な役割を果たすようになっている。GKはポゼッション、とりわけビルドアップにおいて非常に重要を担い、GKのボールを扱う技術の高低が、チーム全体のプレー・スタイルを左右するほどの影響力を持つようになった。
「最初のアタッカーはGKだ」と言ったのは故ヨハン・クライフだが、現代はまさにそうしたGKを求めている。
そもそも、ゴールキックやキャッチしてからのリスタートを担うのはGKなのだから、正確なショートパスとロングパスを蹴れればスムーズに攻撃を開始できる。ロングキックにしても遠くに蹴れればいいという時代は終わり、ピンポイント・キックによってデザインされた攻撃を演出できるGKに高値がつく。モダン・ゴールキーパーのプレーには戦術的な意図が反映されているのである。
ルールの変化とモダン・ゴールキーパー
20世紀初頭、自陣内であればGKは自由にボールを手で扱えた。現在のように「ペナルティーエリア内に制限された」のは1912年のルール改定によってである。
そして1992年、GKのプレーに関する大きなルール変更が再びあった。いわゆる『バックパス・ルール』の導入だ。
このルール改定の背景には時間の浪費に対する批判があった。GKが長々とボールを手で持ったり、GKが味方にボールを渡し、戻してもらって再びキャッチしたりして時間稼ぎをするケースが散見されたのだ。確かに、「GKが一度ボールを手放したらペナルティーエリア外にいる味方選手を経由しなければ再びボールを手で触れない」、「ボールを保持しながら4ステップ以上歩いてはいけない」という制限はあったが、問題解決には至らなかった。
そのため1992年、「味方選手からの足でのバックパスをGK は手で扱うことができない」と改定された。ただし、味方の頭や胸、そして肩によってボールが戻された場合は手で扱っても良い。
結果、GKは足でボールを扱う能力を向上させなければならなくなった。確かに、バックパスを大きく蹴り出すだけでもいいのだが、すると攻撃権を相手にみすみす譲ることになる。それを避けるためにはGKがフィールドプレーヤーと同じくらいボールを扱える必要があった。
また、ディフェンスラインを高くする守備戦術の流布もGKのプレーに影響を与えたと言っていいだろう。
ヤン・ヨングブルート(1940年11月25日生まれ)は1970年代に一斉を風靡したオランダ代表で最終ラインの裏に広がるスペースをカバー。その後、コロンビア代表のレネ・イギータ(1966年8月28日生まれ)は積極的な飛び出しでパスをカットするだけなく、ドリブルで自ら攻め上がるなど、まさに型破りなGKとして注目された。また、メキシコ代表のホルヘ・カンポス(1966年10月15日生まれ)は『スイーパー・キーパー』のように振る舞い、時にはキャッチしたボールを転がして自らドリブルを開始することさえあった。
時が流れ近年では、思い切りのいい飛び出し(ブレーク・アウェー)だけでなく、ビルドアップでの参加がGKには強く求められるようになっている。例えば、ボール扱いの巧みなGKがいれば、相手2トップに対して「2センターバック+GK」で数的優位を作って相手の第一守備ラインを簡単に越えられる。今後もこの傾向は強まるだろう。
モダン・ゴールキーパーのサンプル
マルク=アンドレ・テア・シュテーゲン(FCバルセロナ)
FCバルセロナのGKテア・シュテーゲン(1番のTer Stegen)はビルドアップにおいてフィールドプレーヤーのようにプレー。高いボール扱いスキルを持っているため、フィードも苦にしない。時には、リスキーに思えるワンツーで相手の守備ラインを越える(上写真)。
エデルソン( マンチェスター・シティ)
ボール扱いの巧みなGKが増えたとは言え、エデルソン(31番のEderson)は極めて異質と言っていいだろう。チームを率いるペップ・グアルディオラはGKに特殊なプレーを求めているが、エデルソンは要求に応え、ある意味、要求以上のプレーを披露している。
彼がボールを足で扱っている時に寄せた相手は、抜かれたり、難なくパスを出されたりと、まさにお手上げ状態。相手の間をグラウンダーで通したり、正確なロングキックを前線に出したりすることで攻撃の起点になる。左足から繰り出される長短のパスは正確無比だ。また、視野の広さがキック能力をさらに引き出す(上写真)。
アリソン(リバプールFC)
リバプールのアリソン(1番のAlison)もビルドアップにおいて重要な役割を担う。また、ポゼッション時にパスコースを提供し続け、パスを受けて攻撃方向を変えることでアクセントとなっている。彼の存在が攻撃に流動性を与えているのだ。アリソンはエデルソンほどリスクを冒さないが、後方の貴重な司令塔だ(上写真)。
ティボー・クルトワ(レアル・マドリード)
クルトワはエデルソンやアリソンほど、ボール扱いの技術が高いわけでない。ビルドアップでの貢献よりもスペース・マネジメントでの貢献が大きい選手と言えるだろう。特に、チームがゴールを奪うためにハイラインを敷いている時、彼のスイーパー的なプレーは欠かせない。ペナルティーエリアから飛び出す判断に迷いがなく、相手よりも先に触ってボールを味方に供給する。彼がいるからこそ、レアル・マドリードは攻撃に専念できるとも言える(1番のCourtois。(上写真)。
攻撃時のモダン・ゴールキーパー
インポゼッション時、現代的なGKは積極的にポゼッションに参加することになる。時にはチャンスを作り、アシストもする。11人目のフィールドプレーヤーと言っていいだろう。
オーバーロードを作り出す上で極めて重要な役割を果たすのがGKだ。守備側のGKが相手選手をマークするためにゴールを離れることはまずないため、ポゼッションにGKが加わればピッチ上は数字上「11対10」の数的優位にできる(上の図)。つまり、フリーになってボールに触れる選手が必ずいることになる(多くの場合はGK)。
仮に相手が前からハイプレッシャーを仕掛けてきたならば、前線にフリーの選手が生まれることになる。正確なロングボールや鋭いスルーパスでフリーな選手を走らせられれば、手数をかけずに相手ゴールにアプローチできる。
また、ゴールキックでは、センターバックや下がって来たピボット、あるいはサイドバックにGKがパスして再開。「パスして終わり」ではなく、ポジショニングをすぐに調整してパスコースを提供し続ける。また、自チームが前進した場合にはGKもペナルティーエリアから離れて高い位置へ移動し、パスコースを提供しながらのサポートを心がけることになる。
いずれにしても、インポゼッション時の戦略的目的を成就されるにはモダン・ゴールキーパーは欠かせない大事なピースと言える。
守備時のモダン・ゴールキーパー
ルールとゲームの変化により、GKの果たすべき任務や役割は増えてきた。とは言え、唯一手を使えるGKの最も重要な任務はやはりゴールを守ることであり、失点しないこと。攻撃時のポゼッションに加担することが求められているのは事実だが、ゴールを離れることのリスクも計算した上でプレーを選択しなければならない。
また、アウト・オブ・ポゼッション時のリスクも大きくなっている。カウンター・プレスやコンパクトな陣形にしてミッドブロックで守るには、最終ラインを高く設定することになる。背後のスペースを容易に使わせないためにはGKのカバー範囲を広げるしかない。そのため、走力や判断力による差はあるだろうが、スイーパー・キーパーとしてプレーするには高めのポジション設定が必要になる。
しかし、スペース管理を気にして前のめりになると、頭上を越えるようなロングシュートの餌食になりかねない。戦況、ボール保持者の状況、自分の走力など、いろいろなこと総合的に判断してポジションを決める必要がある。また、飛び出した時に相手と入れ替わられないようにするためには足だけでなく、ボールに頭や胸で触れる技術も習得すべきだろう。
モダン・ゴールキーパーに求められるのは巧みなボール扱いだけではない。即時の決断も必要。一瞬のためらいがボールを保持できるか、相手選手にかわされるかを分けるからだ。プレーを成功させるためにも、自信に裏付けされたプレーと的確なコーチングも身につけておきたい。
ある意味、危険を冒すプレーは大きな失敗と表裏一体。失敗しないように練習することが不可欠ではあるが、失敗したとしても、それを乗り越えられる強靭なメンタリティーもモダン・ゴールキーパーの条件かもしれない。
モダン・ゴールキーパー起用のメリット
最も顕著な利点はインポゼッション時に数的優位を作りやすいこと。ポゼッションして攻撃するのであれば、モダン・ゴールキーパーは必須と言っていいだろう。
また、近距離にいるDFへパスするだけでなく、もう1列前のMFへパスを通せれば起用のメリットを大きくできる。
モダン・ゴールキーパー起用のデメリット
万能のシステムが存在しないようにモダン・ゴールキーパー起用もメリットばかりではない。特にビルドアップにGKを組み込んだ場合、自陣ゴール付近でボールを保持することになり、それは失点のリスクを図らずも高める。ボールをつなぐか、蹴り出すかに関する判断力に磨きをかける必要がある。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部