モイセス・カイセド
ブライトン:2021〜現在
プロフィール
2022-23シーズンの冬の移籍市場で注目されたのが『ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFC』のMFモイセス・カイセド。アーセナルとチェルシーが熱烈なラブコールを送ったが、ブライトンの首脳部が首を縦に振ることはなかった。カイセド自身がSNS上で移籍を直訴したこと、そして6500万ユーロ(約92億円)以上と言われる移籍金も決め手にはならなかった。
クラブにとって、そしてロベルト・デ・ゼルビ監督にとって非常に重要な選手であることは分かる。しかし、プレミアリーグで50試合にも満たない出場歴の選手に対しては法外とも言える移籍金をなぜ、ブライトンは拒否できたのか?
今後、移籍市場を賑わすことになりそうなカイセドの魅力を解明したい。
2001年11月2日にエクアドルで生まれたカイセドは13歳の時に『CSDインデペンディエンテ・デル・バジェ』に加入し、2019年にトップ昇格。2019年10月1日のLDUキト戦(◯1-0)でリーグ・デビューを果たした。
2シーズンで25試合出場4得点という記録を残した彼は、2021年2月1日にブライトンに移籍し、2月10日には初出場(FAカップのレスター・シティ戦)。同年8月31日、ベルギーの『KベールスホットVA』(トータル14試合出場2得点)にレンタルされるも、2022年1月12日にブライトンに復帰した。
カイセドがプレミアリーグに初めて登場したのは4月9日のアーセナル戦(◯2-1)。そして5月7日のマンチェスター・ユナイテッド戦(◯4-0)では初ゴールをマークした。
エクアドル代表
カイセドは、2020年10月9日にはエクアドル代表の一員としてアルゼンチン戦(●0-1)でプレーし、13日にはウルグアイ戦で代表初ゴールを決めている(◯4-2)。2022年に開催されたカタール・ワールドカップのメンバーに選ばれた彼は3試合にフル出場。セネガルとのグループステージ最終戦では記念すべきゴールを奪ったが、ベスト16進出はならなかった。
戦術分析
カイセドはホールディング・ミッドフィルダー、つまり守備的MFとして主にプレーしているが、中盤のいろいろなポジションでプレーできる多芸な選手である。19歳でプレミアリーグに加わった際、すでに身体的、そして技術的に高いレベルにあり、比較的容易にプレミアリーグに適応した。戦術的な理解度も高くアウト・ポゼッションの際にはパスコースを味方に提供し続け、イン・ポゼッション時には意表を突くようなパスも出せる。
もっとも、現状では「4-3-3」システムの底に位置するピボット(アンカー)か、右インテリオールが最適ポジションと言うべきだろう。
ピボットでの長所を分析していこう。
チームがビルドアップに入ると、カイセドはセンターバックの間に顔を出してボールを受け、ワイドに展開したり、ボールと共にドライブして中盤のセンターへと進んだりする。また動きながらボールを受けて相手のプレッシャーを回避して前進するのも得意だ。
ライン間でボールを受けて落ち着いてプレーできるのもカイセドの強みだろう。相手のプレスをかい潜るようにして実施するファーストタッチのお手並みも鮮やか。攻撃のスピードを落とすことなく攻撃を前進させられるのも彼のストロング・ポイントに数えるべきだろう。ポゼッションが落ち着いた状況ならば、より良いパスを模索する。
攻撃時のカイセド(6番のM.Caicedo)は実に大胆。自由な発送を活かした縦パスをたびたび送る。敵陣を切り裂く縦パスを出せるのは、広角な視野を持ち、プレーを前に進めるためのスペースを見逃さないからだ(上写真)。味方の足元にパスを送り届けるだけでなく、レシーバーの前に広がるスペースへ適切な長さと強さのパスも出せる。
ショートパスのコントロールも抜群。わずかなスペース内でもあっても、味方へボールを送ってポゼッションを継続させられる。この能力は特にポジティブ・トランジションで輝く。ボールを奪ったらボールを味方につないだり、ボールをスペースにドリブルで運んだりして攻撃の一歩をしっかりと刻む。「カウンターのカウンター」を回避する上でも重要な役割を果たしている。
しかしながら若気の至りか、リスキーすぎるパスに走ることがある。リスクをしっかりと見極められるようになれば彼のパス成功率が向上するのは間違いない。しかし、一見、リスクに満ちたパスが成功すれば、試合展開をがらりと変わったしまうのもまた事実なのだ。監督の考え方や導き方次第と言える部分もある。
自分がボールを失った時だけでなく、味方が失った時でも彼は素早く切り替えてインテンシティーの高いプレッシングを披露。しかも、相手とのフィジカル・コンタクトを厭わず、ギリギリのボールにすっと足を伸ばしてボールを絡め取る。スライディングでボールを奪う時の判断にも優れ、無謀なスライディングで相手に出し抜かれることはほぼない。
ギリギリのボールを奪えたり、スライディングのタイミングを見誤ったりしないのは、味方のプレス状況をしっかりと見た上で自分のプレーを選べているからだろう。守備における視野も広く、ポジショニングのミスも少ないからこそ、穴のない守備ができるのだ。
もっとも、改善すべき点もある。インテンシティーの高い守備が高い評価を受ける一方、過剰なタックルでファウルを犯すシーンが見受けられる。警告を受けることもある。FKの献上数を減少させるためにも、激しさのコントロールは必要だろう。
守備的MFでの評価
「4-2-3-1」システムや「3-5(2-3)-2」システムを操るデ・ゼルビ監督の下、カイセドはダブル・ピボットの一角を占めることが多い。高額な移籍金からも分かる通り、守備的MFとしてはプレミアリーグでもトップクラスの選手と目されている。トランジション時のディフェンスだけでなく、ブロックを組んだ時も機能的なプレーができる。プレミアリーグの中でも、守備に対する意識の高さは上から数えたほうが早いだろう。
非凡な守備力の源泉は意識の高さだけではない。多くの識者は強靭な上半身のメリットを指摘。体を当てて相手の体勢を崩してボールを奪うだけでなく、上半身でプレッシャーを与えて相手の進路をコントロールして味方と挟み込む。
カイセドは自陣に戻りながらも相手にプレスを仕掛ける術にも長けている。こうしたケースでは自分でボールを奪おうとするのではなく、いい状態でボールを奪えそうな味方のほうへと導くのである。彼はまだ若いが、「相手の攻撃の止め方を熟知している」と言っていい。
「4-2-3-1」システムを採用したブライトンでは、サイドバックとウイングのサンドイッチが守備におけるボール奪取ポイントになる。この守備戦術においてもカイセドはキーマンとなる。サイドバックとウイングの上下の蓋に加えてカイセド(6番のM.Caicedo)が横からも蓋をして逃げ道を塞ぐ(下写真)。あるいは、サイドバックの後方に入ってスペースを埋め、より堅牢な守備を築くのだ。
デ・セルビは2022-23シーズンの開幕直後、2022年9月に監督の座に就いたが、カイセドは指揮官のビルドアップ方法をいち早く習得。深いエリアにいることの多いカイセドはセンターバックとのコンビネーションをうまく活用してボールの出口を作り、ロングボールも織りまぜて前線やライン間にいるアタッカーに適宜ボールを供給している。
密集地帯でもカイセドがボールを失わないのは、ボールを受けた瞬間に相手から遠ざかれるからだ。前述したファーストタッチの良さと進むべきスペースを認知しておくことで可能にしている。「寄せた」と思った瞬間に置き去りにされる相手は、どうしても次のプレーが遅くなる。その分、カイセドは時間的猶予を得る。
そのメリットをフルに活かして彼は、相手の守備陣形の弱いサイドを見抜き、そのサイドへ攻撃を進めていくのだ。デ・ゼルビ監督のサッカーを体現するためのカギを握るのがカイセドであり、デ・ゼルビ監督のサッカーにぴったりハマったのがカイセドなのである。
将来的なポジション
デ・ゼルビだけでなく、前任者であるグレアム・ポッター(現在はチェルシー)が3バックで戦った時、カイセドはダブル・ピボットで起用されたことがある。3バックの際、カイセドは「前へプレスする意識」が強くなる。プレッシングで相手の攻撃を押し返せる反面、どうしてもプレスバックがしにくくなり、センターバックに対するサポートが手薄になることがあった。
とは言え、前に出てプレーできるため、高い位置でのポジティブ・トランジションに寄与でき、タッチライン寄りでのプレスにも参加しやすい。相手ピボットにジャンプしてボール狩りを仕掛けて奪取できれば、一気にチャンスを引き寄せられ、相手ディフェンスの背後に広がるスペースに決定的なパスを供給することもできた。
3バックにおけるダブル・ピボットとして起用されたほうが、彼の秘めたる攻撃センスと高い技術を活かせると言える。また、こうしたプレーが「カイセドはインテリオールでもプレーできる」という意見を後押しするのである。
主導権を握ってボールを動かせるようになると、カイセドは相手の最終ラインを射抜くようなパスを狙い始める。ターゲットになるのは三笘薫であり、かつてはレアンドロ・トロサール(現在はアーセナル)。糸を引くようなパスを送ってチャンスを生み出した。
ボール回収力を有した彼が攻撃の起点になるのは、ボール・ロストに保険をかけているようなもの。ボールを失っても彼が対処できるからだ。
メリットがもう一つある。攻撃方向を変えやすくなるのだ。例えば、三笘の前を塞がれた時、三笘がインサイド・チャンネル(ハーフスペース)に移動してタッチライン際にスペースメーク。左サイドバックのペルビス・エストゥピニャン(30番のEstupinan)がオーバーラップし、カイセドからのパスを受けて深くまで侵略する。三笘がフリーであれば、三笘にパスをすればいい。仮にボールを失ったとしても、カイセドが左サイドバックの代役として守備も固められる。バランスのいい戦略だ。
22試合終了時点で10勝5分け7敗の7位につけているブライトン。大方の予想を覆す躍進を支えている1人がカイセドであると言っても言い過ぎではないだろう。守備の安定、そして左のアタックでも大事なタスクを担っている。
ブライトンとすれば少しでも長く手元に置いておきたい才能だろうが、移籍市場が再び開けば、数々のオファーが舞い込むのは避けられない。果たして、2023-24シーズンのメンバーリストにカイセドの名前はあるのか?
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部