ミハイロ・ムドリク
チェルシー:2023〜現在
プロフィール
2001年1月5日、ウクライナ生まれのミハイロ・ムドリクはFCメタリスト・ハルキウとFCドニプロで基礎を磨き、2016年にFCシャルタル・ドネツクの育成部門に加入。周囲を納得させる成長を見せて2018-19シーズンからU-21FCシャルタル・ドネツクにステップアップし、2018年9月31日に17歳でトップデビューを果たした。
プレー時間を確保するために2019年2月、FCアーセナル・キエフにレンタル移籍して10試合に出場。2020年の夏にはSFKデスナ・チェルニーヒウに再びレンタルで貸し出されて10試合にプレーした。
ムドリクがシャフタルに帰還したのは2021年1月8日。翌2021-22シーズンになるとムクドリは、若手育成に定評のあるロベルト・デ・ゼルビ監督(現在はブライトン)の下、出番を得て才能を開花させていった。8月にはUEFAチャンピオンズリーグの予備予選に出場し、9月にはシャフタルでの初ゴールもマーク。活躍を予感させたが、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したためにウインターブレークに入ったまま再開できず、『ウクライナ・プレミアリーグ』は18節終了時点で打ち切られた。
それでも、続く2022-23シーズンが開幕(7月)すると彼は素晴らしいパフォーマンスを披露。9月7日にはチャンピオンズリーグでの初得点、続くセルティック戦でも得点し、2試合連続ゴールを記録した(グループステージの6試合で3ゴール1アシスト)。リーグ戦でも12試合で7得点をたたき出すなど、年間を通じてのプレーぶりを評価されたムドリクはウクライナの2022年最優秀選手に選ばれた。
2022-23シーズンの冬の移籍では「ムドリクはアーセナル移籍」という味方が大半を占めていた。しかし一転、2023年1月15日、チェルシーへの移籍が発表された。出来高も含めると移籍金は1億ポンド(約161億円)に達するという。
早速、ムドリクはデビュー。1月21日に開催されたリバプール戦(プレミアリーグ)で背番号15番を背負ってプレーした(△0-0)。
期待の新戦力を手にしたグラハム・ポッター監督(チェルシー)は言う。
「彼は輝かしい才能に恵まれた若い選手。彼は見る者をワクワクさせるし、1対1にも強い。常にゴールを脅かせられる。チェルシーのサポーターはすでに彼のファンに違いない」
ウクライナ代表
2017年に呼ばれたU-17ウクライナ代表を皮切りに、U-21へと順調にステップアップ。そして2022年の春にA代表のキャンプに招集され、5月11日にはボルシア・メンヘングラートバッハとの練習試合でA代表に「仮デビュー」した。正式デビューを果たしたのは6月1日。カタール・ワールドカップに向けたプレーオフでスコットランド(◯3-1)と対戦した。
その後、ウクライナ代表はウェールズに敗れてワールドカップ出場権を逸し、ムドリクのワールドカップ出場は次大会以降に持ち越された。
テクニカル分析
ムドリクにとって最大のストロング・ポイントは「急」だろう。急発進&急加速&急停止によって相手マーカーを苦しめる。
ピッチの位置にかかわらず、ボールを保持してストップした彼をフォローし続けるのは簡単ではない。トップスピードに一気に達せられ、しかも進路に体を入れられたら、巻き返すのは一筋縄ではいかない。
「急」は意外なメリットももたらす。ムドリクの前にあるスペースへ味方がパスを出した時、ムドリクの加速が予想以上であるため、ボールを何気なくカットしようと出した足で彼を引っ掛けてしまうケースが散見されるのだ。そうしたプレーが記憶に残ったDFはイーブン・ボールに対してどことなく消極的になり、ムドリクが優位に進められるようになってマイボールにできる回数が増える。
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カットインしたり、相手ゴールに向かってドライブしたりする時の武器はスピードだけではない。ブラジル人選手のように魔法のようなタッチを刻むタイプではないが、シュートを打つようでいて打たなかったり、その逆だったりする。しかも小さいモーションでのシュートと長短のタッチ組み合わせるため、相手はシュートブロックか、チェイシングかを迷う(上写真)。前のDFに対しては、短いタッチでシュートを打つと思わせて相手を引き寄せられたら次に長く出して抜き去り、相手が寄せて来なければ素早くシュートを打って攻撃を仕上げる。
ムドリク(10番のMudryk)は点取り屋タイプとは言えないが、アタッキングサードにおける彼の得点力は高い。
カットインしてからのシュートには得意のパターンがある。それは、左サイドから中へ斜めにドリブルで進んだムドリクがピッチの中心くらいに達したらゴールの右下に低い弾道のシュートを流し込むもの。DFが視界を遮ったりするためにGKは対処しづらい。
ペナルティーエリアの端よりも中を縦方向に進んだ時、シュートのアングルが残されていれば、左足からシュートを繰り出して逆サイドに流し込む。現段階では、左足でニアを狙うのは稀。そういうエリアにボールを保持して進んだならば、中に折り返す可能性が高い。
また、相手の股を通すようなシュートも隠し持ち、密集地帯でもゴールを決められる。だが、ミドルシュートやロングシュートはさほど得意ではないようだ。
スピードに乗って行きたいと思っている時のムドリクは特徴的なボールの受け方を見せる。右足で受けたボールを続けざまに左足で前に押し出すのだ。一歩目でアクセルを踏むことになり、相手のプレッシャーから素早く逃れられる。スピードに乗ったあとのドリブルではタッチを少なくしてルックアップ。周囲を確認して味方とのコンビネーションを実行できる方法を探す。こうして彼は攻守のリンクマンになる。
縦方向にスピードを活かすプレー・パターンにはもう一つある。
至近距離に相手選手がいない状況でボールを受けたら、相手が待ち構えるインサイド・チャンネルを意図的に避けてタッチライン際を駆け上がる。目指すはクロス。左足でクロスを上げるのであれば、わずかに減速して中に折り返す。右足でクロスを上げるのであれば、急停止して相手とすれ違ってから冷静にボールを送り込む。
縦突破を得意とする選手の中にはスピードとテクニックの調和に苦しむ者もいる。しかし、ムドリクにそうした懸念は不要だ。
ゲーム経験を積む中で彼はプレーを進化させ、クロスのバリエーションも豊富にしてきた。
かつては、ポジティブ・トランジション時によく見られたが、相手ディフェンスラインの背後に強いボールを安易に蹴り込むことが比較的多く見られた。
しかし近年は、コンパクトな守備ブロックも相手に対しても効果的なクロスを入れられるようになっている。左足でも右足でも、時には深い切り替えしでDFに揺さぶりをかけてから供球し、時には手際よくフワリとしたクロスを狙いどころに落とし込む(下写真)。
とは言え、プレミアリーグに挑む22歳の俊英とすれば、手持ちのカードをもっと増やしていきたいところだろう。
左のライン際で躍動
現状、ムドリク(10番のMudryk)が最も力を発揮できるポジションは左の翼と言っていいだろう。シャフタルでは「4-3-3」の左ウイングとして結果を残してきた(下写真)。なお、2022-23シーズンに彼を背後からサポートした左サイドバックはボグダン・ミハイリチェンコ。RSKアンデルレヒト(ベルギー)からレンタル移籍していたミハイリチェンコは非常に攻撃的な選手だった。ミハイリチェンコのプレーエリアを消さないためにもムドリクは高く、ワイドなポジションを採ることが多かった。ミハイリチェンコがいたため、ムドリクは心地良くプレーできたという側面もあった。
彼は、高い位置でボールを受けたからと言って単独プレーばかりに走る選手ではない。ムドリクは判断に優れ、チームプレーヤーとしてプレーできる選手である。前所属では、左サイドバックのミハイリチェンコとの連係はもちろん、センターフォワードに入るラシナ・トラオレやダニーロ・シカンといった選手とも連動して局面を打開。例えば、左サイドに寄って来たセンターフォワードに鋭いグラウンダーのパスを当て、リターンを素早く受けて一気に数人を置き去りにして中に入るのだ。
カットインは大きなメリットをもたらす武器だが、ムドリクの右足によるクロスもまたチームに多くのチャンスをもたらすオプションだ。チームメイトも彼のクロスを信頼している。ムドリクがサイドでボールを保持した時に見せる仲間のポジショニングから信頼関係は分かる。フロントラインの選手はもちろん、インテリオールや時には右サイドバックまでもがゴール前に入ろうとする。
一方、リスクを管理するためにミハイリチェンコは後方や中から彼にパスコースを与える。
インナーでのプレー選択肢
これまでのキャリアにおいてムドリクが右サイドのポジションで起用されたのは数試合だが、「左サイドでしかプレーできない」というのは早計だろう。例えば、左のインサイド・チャンネルでボールを受けようとする彼の姿がよく見られてきた。また、シャフタルではポジション・ローテーションが戦術に組み込まれているため、ムドリクが中に入り、かつライン間でMFやDFからボールを受けていた。
シャフタルのローテーションを解説しよう(下写真)。
センターフォワードと右ウイングが相手の最終ラインにプレッシャーを与えられるようにポジショニングし、特に相手の右センターバックが左サイドに寄せられないようにする。一方、左ウイングのムドリク(10番のMudryk)は斜め下方に移動してインサイド・チャンネルを占め、左サイドバックのミハイリチェンコ(15番のMykhaylichenko)はポジションをアップ。高いエリアで「2対2」の数的同数を作り出す。同時に、左サイドバックの抜けた穴を埋めるためつつ、パスラインを引くためにセンターのMF(8番のSudakov)がドロップ。すると、ムドリクはインサイド・チャンネルでボールを受けられ、しかも中に仕掛けてから自分でシュートを打つか、パスしてチャンスを作れるかという選択肢を手にできる。
ローテーションしたムドリクは左サイドにいる時とは異なるプレッシャーを受ける「1対1」に挑むことになる。通常は前や横から寄せられるが、背後からプレッシャーを受けるからだ。
実は、相手を背負った状態をムドリクは苦にしないのかもしれない。相手を左右に振り回すようなフェイントを入れ、相手のいない方向へサッとターンして攻撃を進展。右方向へ抜け出したら縦へ進み、左へ抜け出したらセンターフォワードと連係するか、右サイドへと大きくボールを振って相手の手薄なサイドを攻略する。
20試合を終えた時点でチェルシーは8勝5分け7敗の10位(1月31日現在)。上昇に向けた起爆剤として期待する選手は完成された選手ではない。だが近い未来、チームを頂点へと導ける選手となるポテンシャルを秘めているのは間違いない。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部