最後の戴冠から30年以上--。ASナポリのスクデット獲得が目前に迫っている。
南イタリアのチームが国内制覇を最後に成し遂げたのは1989-90シーズン。故ディエゴ・アルマンド・マラドーナを中心としてチームで2度目の優勝を果たした。以降も、優勝に迫ったシーズンはあったが、トロフィーに手が届くことはなかった。ASナポリは、北のビッグチーム、ユベントス、ACミラン、インテルの前に屈してきたのだ。
2022-23シーズンにルチアーノ・スパレッティ率いるASナポリは見事な戦いを披露し続け、「セリエA制覇」以外のシナリオは考えられないと言っていい。26節終了時点で積み上げた勝ち点は68である。22勝2分け2敗のチームは2位に18もの勝ち点差をつけている。
今季のASナポリはつけ入るスキがない。26試合でリーグ最多の60ゴールをマークし、失点もリーグ最少の16に抑えている。2021-22シーズンのASナポリも38試合で74得点31失点というリーグ2位のゴール数とリーグ最高の失点数だったが、それを上回る攻守を見せつけている(最終順位は3位だった)。
ASナポリの戦いぶりを分析していこう。
ローテーションで結果を残す
UEFAチャンピオンズリーグを含めて試合数が多い中、テンポの良いプレーを追求するASナポリには「明確なスターティング・イレブン」というものが存在しない。選手に適宜休息を与えることで好パフォーマンスを維持している。
もっとも、中心選手はいる。GKアレックス・メレ、センターバックのキム・ミンジェ、右サイドバックのジオバンニ・ディ・ロレンツォ、MFスタニスラフ・ロボトカ、フランク・アンギッサという5人が24試合以上に出場。また、FWヴィクター・オシムヘン、FWクヴィチャ・クワラツヘリア、MFピオトル・ジエリンスキという選手も出場時間が長い。
固定された先発メンバーはいないが、基盤となる選手が高いレベルで活躍し、しかもパフォーマンスを維持していることが安定した戦績を可能にしている。また、出場機会のさほど多くない選手の貢献度も高い。スパレッティはチームと出場時間の長い選手の状態をしっかりと見極め、出場時間の長い選手に貴重な休息を提供。このローテーションを可能にしているのが「サブ」の選手である。
スパレッティが今シーズンに見せているマン・マネジメントは、2021-22シーズンのものとはかなり異なる。昨シーズンは、「4-3-3」システムにおける中盤のベストな組み合わせを見いだせなかったのだ。ファビアン・ルイス(現在はパリ・サンジェルマン)が好プレーを見せたために大きな問題を引き起こすことはなかったが、32試合に出場して7得点を記録したファビアン・ルイス頼りという印象は拭えなかった。
しかし2022-23シーズンは、2パターンに集約できる。「2-1」の時(「4-2-3-1」システム)はアンギッサ(99番のAnguissa)とロボツカ(68番のLobotka)がダブル・ピボットを組み、「1-2」の時はロボツカがシングル・ピボットとなり、アンギッサとジエリンスキ(20番のZielinski)がインテリオールを組む。
攻守において積極的
イン・ポゼッション時もアウト・ポゼッション時もASナポリは能動的。彼らが目指すのは相手ゴールの近くでプレーすることであり、アウト・ポゼッション時にはできるだけ早くボールを奪還しようとする。
ASナポリの守備はかなり高いラインから始まる。ビルドアップ時から猛烈なハイプレッシャーを与えるのが彼らの流儀。前線に人数を割くために3人のMFのうち1人(通常はジエリンスキ〈20番のZielinski〉)が前にジャンプし、ストライカー(9番のOsimhen)と連係してセンターバックとGKにプレッシャーをかける(下写真)。
ビルドアップ阻止を狙うケースでのシステムは「4-4-2」と言える。両ウイングは2列目にドロップし、残りのMFとセカンド・ラインを構成。2人のMFの選手はストライカーの背後をケアするために前に出たり、最終ライン付近へのロングボールのこぼれに備えるために下がったりする。また、ウイングをサポートするためにサイドに出ることもある。
同時に、最終ラインの構成も変化する。例えば、相手のロングボールをDF(13番のRrahmani)が前進して処理する際にはサイドバック(22番のDi Lorenzoと6番のMario Rui)が絞って3バックになって中央の守備を絞める(下写真)。
アウト・ポゼッション時でもASナポリは能動的な動きを止めない。試合開始の1分からピッチの3分の1に選手を集めてプレッシング。相手のボールを奪ったり、パスミスを誘発させたりするのである。
攻撃を支える2人のキャスト
ASナポリは、アタッキングサードにおけるパス数がセリエAで最も多いチームである(23試合で941本)。このスタッツからも、相手のビルドアップを阻止するためにハイラインを敷くこと、そしてアタッキングサード以外でボールをリカバーした時にも素早く前にボールを入れていることが伺える。
リーグ最多ゴールを稼ぎ出す攻撃陣におけるメインキャストはクワラツヘリアとオシムヘンの2人。主に左ウイングを務めるクラワツヘリアは22試合に出場して11得点9アシストをマークし、オシムヘンも22試合に出場して19ゴールを奪って得点ランキングの首位を走る(記録は共に26節終了時点)。
左サイドに配置されるクラワツヘリア(77番のKvaratskhelia)はボールを保持すると、カットインや縦突破を駆使してサイドの攻撃を活性化(下写真)。スピードとダブルタッチや股抜きといった武器を活かして相手を抜き去る。また、彼は右利きであるため、縦にただ抜け出すだけでなく、深い位置からも中へ中へと切り込んでチャンスを大きくする。そして間隙を見逃さずに右足を振り抜いてネットを揺する。時には逆サイドからのクロスに合わせてゴールを仕留めることもある。
オシムヘン(9番のOsimhen)は屈強な体躯と圧倒的なパワー、そして技巧を兼ね備えたストライカーである。最前線に構える彼は攻撃の灯台となりながら、フィニッシャーとしてボールをゴールに蹴り込む。そして守備時には献身的なチェイシングでチームに貢献する。
セットプレーに対する独自路線
スパレッティ率いるASナポリは、攻守のセットプレーにおいてヨーロッパでもトップクラスの完成度を誇る。
攻撃時のCKに目を向けると、すべての大会を含めて187回のCKを獲得して12ゴールを奪っている。15回のCKで約1点を決めている計算になり、平均的な値を大きく上回っている。
スパレッティ監督はCKにいくつかの仕掛けを設けている。
1つは、CK時にペナルティーエリアの外に選手が陣取ってスタートするもの。こうしたポジショニングでスタートすることでボックス内に走り込めるエリアを確保し、守備を撹乱させるのだ(下写真)。
2つ目は、ショートコーナーだ。ボールをセットした時からコーナー付近にサポート選手(6番のMario Rui)がいるパターンだけでなく、ペナルティーエリア内にいた選手がコーナー付近に駆け寄るパターンなども懐に隠し持つ。相手とすれば、備えづらい。
一方、FKにおけるアプローチはCKとはまったく異なる。CKでは「走り込む」をベースにするが、FKでは相手の壁(あるいは最終ライン)にだいたい5人の選手を配置。相手を釘付けにするのが基本戦略になる。
守備におけるセットプレーでもスパレッティは独自の戦略を見せる。
通常、守備のCKではFWの選手や足の速い選手を前線に残す。カウンター・アタックを相手に警戒させ、さらに攻撃参加できる選手を減らすためだ。1人の選手が前線に残れば、数的優位にして守る原則からGKと2人の選手を守備に残すと言われ、通常、攻撃参加できるのは8人くらいになる。
しかしスパレッティは1人も前線に残さない。
ショートコーナーを阻止するためにコーナー付近に2人を配置。さらに、ペナルティースポット付近に2人、そして残りの6人はGKの動きを邪魔しないようにしながらゴール前に構えてゾーンで守ることになる。ゾーンで守って守備陣形が乱れないようにするために多くの選手を事前に配置している(下写真)。
「守備的すぎる」という見方もできるが、スタッツは「効果あり」と示している。ASナポリは2022-23シーズンの全コンペティションで175回のCKを献上しているが、CKから喫したのはたったの2失点なのだ。
この2失点は課題を明らかにしている。
ASナポリの守備陣形はショートコーナーやニアポスト、そしてペナルティースポット周辺に対する守備は手厚い反面、ファーポストのケアが疎かになることがある。
2つの失点シーンでは、CKのキッカーが他の選手にパスし、そこからファーポスト際を狙われている。
相手のFKに対する守備もブレがない。
ペナルティースポットの高さにディフェンスラインを置くことを基本としている(下写真)。4人ずつの2列で守備ブロックを組むことはほぼない。
スパレッティの狙いは明白だ。最終ラインを深めに設定することでGKと最終ラインに空くスペースをコントロール。相手に使わせないようにしている。GKにすれば守るべきスペースが一定というのは計算しやすいだろう。
もちろん、相手が直接ボールを放り込まないケースに対するセカンド・アプローチも必要だ。
オシムヘンのバックアッパー
2022-23シーズンのASナポリは昨季に比べ、攻撃面で多くのバリエーションを手にしている見られている。さほど目立ってはいないかもしれないが、今季から加入したジャコモ・ラスパドリとジョバンニ・シメオネ(ディエゴ・シメオネの息子)は多大なるメリットをチームに与えてスパレッティの起用に応えている。
ラスパドリは15試合に出場して7試合は先発となり、シメオネは先発こそないが16試合に出場している。役割こそ異なれど、ローテーションの大事なピースだ。
2000年2月18日生まれのラスパドリ(81番のRaspadori)はメガクラブが狙っているとも言われるオシムヘンの後継者とも目され、トップレベルのゴール嗅覚をボックス内で発揮する選手(下写真)。ボールを受けたらすぐさまシュートに移行できるのも彼の長所とされている。また、苦もなく両足でボールを扱えるのも狭いエリアで力を発揮する上でも役立っている。2020-21シーズンにはUSサッスオーロの一員としてセリエAで10ゴールを決めており、さらなるブレイクが期待されるイタリア人ストライカーだ。
すべて途中出場ながら3ゴールを決めているシメオネは、生粋のストライカーと言うよりはスペースを使うのがうまい万能型アタッカーと言うべきだろう。時にはスペースに走り込んで正確なシュートやヘディングでゴールを陥れ、時にはスペースにラストパスを送ってゴールをお膳立てすることもできる。
ネガティブ・トランジション時にすぐさま切り替え、ファースト・ディフェンダーになれるのもスパレッティ好みの選手と言える。覇権に向けたラストピースだったのかもしれない。
シメオネも2021-22シーズンにはエラス・ヴェローナFCの一員としてセリエAで17ゴールを決めた実績を持つ。2人とも今季はゴール数こそ減らしているが、スクデット獲得に向けたレースではしっかりと足跡を残している。チームとしても、オシムヘン頼りからの脱却、そして「オシムヘン後」に向けて布石を打てた。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部