ペピン・リンダース
リバプールFC(アシスタントコーチ):2018-19〜現在
2017年12月にリパプールを離れて以来、クロップと初めて再会したのはキーウ。2017-18シーズンのチャンピオンズリーグ決勝の前夜でした。
ユルゲン(・クロップ)と電話で話したのは再会する1、2カ月前でした。当時の私は『NECナイメヘン』(オランダ・リーグ2部所属)の監督を務めていましたが、「ナンバー・ツーとしてリバプールに戻って来てほしい」と言われました。
私の妻はオランダでの新しい生活をとても楽しんでいました。それまで10年以上に渡って近くに家族がいない国外で過ごしていましたから、彼女の人生にとってはとてもいいことだったのです。
ユルゲンと話したあとに彼女とかわした会話を今でも覚えています。
「今のユルゲンでしょう?」
「あぁ、ユルゲンだった」
「そう。彼はなんて?」
「リバプールに戻って来いと言われたよ」
レアル・マドリードとのUEFAチャンピオンズリーグ決勝(2018年5月26日)の前夜、私と妻のダニエルはキーウ(ウクライナ)に招待されました。リバプールFCの親会社であるFSG(フェンウェイ・スポーツ・グループ)のマイク・ゴードン会長、ユルゲン、そして恐らく、スポーツダイレクターのミカエル・エドワードもそのことを知っていたでしょう。
決勝を戦うチームを見た時、非現実的な感覚に陥りました。少し前まで彼らのとても近くで共に働き、多くの同じ時間を共有していたにもかかわらず、私は現場にいなかったからです。もちろん、FCポルト戦(◯5-0)、マンチェスター・シティ戦(◯5-1)、ローマ戦(◯7-6)という決勝までの道のりも外野から見ていましたが……。
私が去ってからの半年間のことを話しながら、心の中では選手たちの幸運を祈っていました。
レアル・マドリードと戦う時は、最高のプレーを披露しなければなりません。あの時のレアル・マドリードは、本当に素晴らしいチームでした。試合が進むにつれて、自分たちの手から勝利がすり抜けていくのを感じました。全員がとても失望していました(1-3で敗戦)。
ただし、こういうことが起こるのには理由があるものです。新しいことを成し遂げる、あるいは勝ち取るために必要な逆境もあります。
「ユルゲンはたった一言であなたの考えを変える力を持っています」
自分が復帰したらどんな感じになるか、その時に分かった気がしました。前任のヘッドコーチであり、クラブを去ったゼリコ・ブバツとユルゲンの仕事を見ていましたし、私のアイディアを盛り込みながらユルゲンがトレーニングを計画し、デザインしてくれると分かっていたからです。
そして彼の近くで一緒に仕事ができるのはまたとないチャンスだと思いました。
ユルゲンはたった一言であなたの考えを変える力を持っています。彼の言葉は心にダイレクトに響きます。
しかも、リバプールFCにいるような選手の心に響く言葉を発せれるのは本当に信じられないこと。彼はロベルト・フィルミーノ、フィルジル・ファン・ダイク、そしてチアゴ・アルカンタラといったスターにも同じことができていました。本当に素晴らしい。
2018-19シーズンを前にした夏はやや難しい時期となりましたが、新しい始まりを誰もが感じていました。
そしてシーズンが始まれば、大事な試合が続きます。
チャンピオンズリーグのグループステージ第2節(10月3日)はアウェーでのASナポリ戦。多くの問題を守備で見せてた我々は0-1で敗れました(上写真)。
帰りの飛行機で私とユルゲンは前方の席に座り、ノートパソコンの電源を入れて試合を見返しました。
試合を見返している自分を今でも鮮明に思い出せます。
我々は思うように試合を進められませんでしたが、悪いところだけではなく、良い部分もありました。少しの変化を加えるだけで、チームは劇的に良くなると感じられました。
ASナポリとのリターンマッチはグループステージの最終節(12月11日)。グループステージ突破には3ポイントが必要でした。
1-0で勝利しますが、GKアリソン・ベッカーの素晴らしいプレーのおかげ。とりわけ、ロスタイムに見せた至近距離からのシュートに対するセービングは信じられないような反応でした。
「ペップ・グアルディオラとクロップが率いるチームが最後の最後、限界まで優勝争いを演じました」
2019年最初の試合はプレミアリーグでのマンチェスター・シティ戦。彼らのホーム、エティハド・スタジアムに乗り込みました。
3ミリーー。
それが、あの試合の記憶です。
サディオ・マネのシュートがポストに当たり、ボールはゴールラインを越える寸前でしたが、得点とはなりませんでした(下写真)。一方で、レロイ・サネのシュートもポストに当たりましたが、ネットを揺すりました(●1-2)。それが決勝ゴールとなりました。
結局、そういうプレーが勝敗を決めるのです。
2018-19シーズンはペップ・グアルディオラとクロップの率いるチームが最後の最後、限界まで優勝争いを演じました(勝ち点1差でマンチェスター・シティが優勝)。しかし、この2つのチームはまったく異なる才能を持った選手で構成されていたのです。
「あのような試合を楽しめるか?」
それは無理です。一歩先をいこうと常に思っていても、マンチェスター・シティのようなチームは許してくれません。逆に彼らはたった2、3回の得点チャンスを確実に物にします。クオリティーの証明と言っていいでしょう。私たちにも同様の能力がありますが、シティもまた同じ。チャンスを逃さないことが、プレミアリーグやチャンピオンズリーグで上位に食い込むためには必要なのです。
私がチームから離れていた2017-18シーズン、チャンピオンズリーグでマンチェスター・シティと対戦した時のリバプールFCはカウンター・アタックに狙いを絞っているような戦いぶりでした(準々決勝で対戦して2試合合計◯5-1)。しかしその後、チームが成熟するにつれ、相手陣内でのプレー時間も増えましたし、多くの項目でマンチェスター・シティのレベルに近づいたと感じています。相手陣内でのプレー、ボール保持率、コンパクトなプレー、カウンター・プレスの質も向上。カウンター・アタック頼りのチームではなくなっていたのです。
「FCバルセロナとの試合が、仮に120分だったとしても、120分間全力を出し続けられたでしょう」
チャンピオンズリーグではグループステージを突破し、ベスト16でバイエルン・ミュンヘンと戦うことになりました。
2月19日の初戦はアンフィールドでドイツの名門を迎撃。0-0の引き分けに終わりましたが、我々は納得していました。ホームでのドローですが、個人的には悪くはない結果だと感じていました。バイエルンは信じられないほどに素晴らしいチームだからです。しかも、あのシーズンのバイエルンは最高の状態にはなかったかもしれませんが、チャンピオンズリーグでも常に優勝候補に挙げられるクラブとの試合で多くは望めません。
また、当時のリバプールはホームとアウェーで同じレベルでプレーできるクオリティーを備えていませんでした。ある意味十分な結果を得られたと思っていたのです。
3月13日に開催された第2戦では今でもはっきり覚えているシーンがあります。
サディオ・マネが相手の背後に走り込むと、フィルジルが右足のアウトサイドでロングパス。空中のボールをあんな風に右足で収め、GKマヌエル・ノイアーをかわして決められるのはサディオだけでしょう(下写真)。
1-0とリードして迎えたハーフタイムのユルゲンは、ボールをしっかり保持するように選手たちに指示。バイエルンはボールを失った瞬間のカウンター・プレスが特徴のチームでしたが、相手のカウンター・プレスを恐れず、プレッシングしてボールを奪ったらしっかりと保持するように伝えていました。
「ボールをキープ! キープ! キープ! そして攻撃だ! 4本、5本とパスをつないで、相手が出て来たら前に進むんだ!」
アウェーの大一番で選手たちは「できること」を証明しました(2試合合計◯3-1)。
チャンピオンズリーグの準々決勝ではFCポルトを2試合合計6-1として下し、続く準決勝ではFCバルセロナと対戦。セカンドレグの2日前、ユルゲンと私は一緒にトレーニング場に向かっていました。たくさんのことを話しました。
0-3だった初戦の内容、フィルミーノの欠場、モハメド・サラーのケガーー。
まずは、「我々が選手を信じよう」という結論に達しました。コーチ陣がチームを信じられなければ、選手が何かを信じるのは不可能です。
試合に向けた準備時間が多くない中、我々の下した決断は「変えない」。自分たちのフットボールを続け、些細なことでも遂行できれば、困難な状況に相手を陥れられると考えたのです。「ボールを失ったら即時奪還」をトレーニングして試合に臨みました。
翻訳:石川桂