ペピン・リンダース
リバプールFC(アシスタントコーチ):2018-19〜現在
試合中、選手はすべてのことに全力を尽くしました。試合時間が120分だったとしても、彼らは全力を出し続けられたでしょう。
FCバルセロナ攻略のポイントは3人。セルヒオ・ブスケッツから時間を奪ってゲームをコントロールできないようにし、DFジェラール・ピケやGKテア・シュテーゲンにも積極的にプレスしてビルドアップさせないことにしました。
勝ち抜くには果敢なプレーと得点が必要だったからです。高い位置でボールを奪ってのショート・カウンターやCKから奪った得点は、我々の強い意志の現れだと思います(◯4-0)。
あの試合ではすべての選手が素晴らしかった。
交代で出場したディヴォック・オリジ(現在はACミラン)、ジェルダン・シャチリ(現在はシカゴ・ファイヤーFC)はやるべきことを完遂してくれましたし、MF陣はエネルギーに満ちていました。それらは、FCバルセロナを上回るために必要なことでした(2試合合計◯4-3)。
スタジアム、サポーター、感情、騒音……、信じられない夜でした。
リバプールFCというクラブの存在意義を再定義し、我々がクラブにふさわしい人間であることを証明する夜でした。
フットボールを愛する理由、フットボールに魅了されている理由をあなたの息子に説明したければ、あのゲームを見せるといいでしょう。そして「人生は絶対に諦めてはいけない」というメッセージを送りたい時も、あのゲームを見せるといいでしょう。
あのような試合を演じられるリバプールFCが私は好きです。
リバプールFCのようなクラブに努力もせずに加われる選手はいません。苦労もしているからこそ、リーダーのように振る舞える選手がたくさんいるのだと思います。もちろん不運にも、偉大な才能を持ちながらもそれを活かしきれずにクラブを去った選手もいます。
一つ言えるとすれば、選手として優れているだけではリバプールFCでは活躍できません。選手には強い個性も必要なのです。そうした選手と監督、そしてサポーターが一体となってこそ、あのようなゲームを演じられるのです。
準決勝での死闘をなんとかくぐり抜けましたが、問題が残っていました。「ファイナルはこれから」という難題です。
「今となっては多くの人が、『ユルゲンは決勝で6回連続して敗れていた』という事実を忘れているでしょう」
プレミアリーグ終了(2019年5月12日)からファイナルの間につかの間の休暇を選手に与え、「家族と旅行にでも行って来い」と言いました。フィジカル・コンディションが一気に落ちる心配はないと判断したからです。
その後、我々はスペインのマルベーリャでキャンプ(下写真)。選手たちにはできる限り自然体で過ごしてもらい、ファイナルのことばかり考えて自分自身を追い込んでほしくないと考えました。とても素晴らしいトレーニングができたので、我々の考えは正しかったと今でも思います。
公式戦がなかった約3週間を有効に使え、素晴らしい準備ができました。しかし決勝に向けては、ゲーム・スピードに関して若干の懸念がありました。だから、トッテナムのスピードをイメージできる相手との練習試合を実施したいと考えました。
仮想トッテナムに選んだのはAZ アルクマール(オランダ)でした。監督のことを私はよく知っていましたし、システムはトッテナムと同じ「4-2-3-1」。しかもトッテナムと似たプレーをするため、最良のスパーリング・パートナーと思ったのです。しかし、彼らの答えは「ノー」でした。
次に連絡したのはヴィトーリア・ギマランイスのルイス・カストロ監督。私がFCポルトにいた時のアカデミー・ダイレクターだった彼を頼ったのですが、トレーニング・マッチは組めませんでした。ポルトガル・リーグで5位に入った彼らは翌シーズンのUEFAヨーロッパ・リーグのプレーオフ出場権を獲得していたため、すでにオフに入っていたのです。
3番目にコンタクトしたのがヴィトール・マトス。後にリバプールFCのコーチングスタッフに加わりますが、当時、FCポルトで働いていた彼に「トッテナムのようにプレーできるチームを教えてほしい」と聞きました。
すると彼は、「ベンフィカBがお勧めだ。彼らはいいプレーをするいいチームだ」と教えてくれました。
「『ビッグイヤー』を勝ち取った時には大いに喜び、高く評価されるべきだと思います」
ベンフィカBの面々は初めから非常に協力的でした。我々はトレーニング・マッチの2日前から拘束することをお願いしたのですが、受け入れてくれました。
2日間は「トッテナムになってもらうため」に費やしました。私と分析チームが参加してトレーニングをオーガナイズし、「トレーニング・マッチで彼らにしてほしいプレー」を確認したのです。
マルベーリャでは素晴らしいトレーニングができましたし、トレーニング・マッチでは予想以上の収穫を得られました。ベンフィカBは素晴らしいプレーをしてくれましたが、我々は3-1で勝ちました。
私は「フットボールに考えすぎはない」と考えています。しかもチャンピオンズリーグの決勝という舞台に臨む監督であれば、1つの抜かりもないように準備したいと思うものです。実際、綿密な準備は我々にとって大きなメリットをもたらしました。
今となっては多くの人が、「ユルゲンはカップ戦の決勝で6回連続して敗れていた」という事実を忘れているでしょう(国内カップ3回、ヨーロッパ・リーグ1回、チャンピオンズリーグ2回)。
トッテナム戦(2019年6月1日)を前にしたユルゲンは「今回は違う」と言っていました。チャンピオンズリーグ決勝ほどのビッグマッチはそうそうないわけですから、「勝たなければいけない」と堅く誓っていたのでしょう。それを聞いた私も、ユルゲンのため、そしてチームとサポーターのためにも勝ちたいと思いを新たにしました。
クラブにとっては、次のシーズンに向けてスーパーカップやクラブワールドカップの出場権を得られる貴重な一戦です。
試合前には次のシーズンを考える余裕はありませんでしたが……。
決勝の1週間前、ジョーダン・ヘンダーソン、ジェイムズ・ミルナー、そしてファン・ダイクはコーチングスタッフを入れない選手だけのミーティングを主催。「試合の状況に応じてゲームをどのように進めるか」を話し合うためです。
例えば、「試合の序盤で1-0になったらどうするか?」とテーマを設定し、「2-0を目指そう」、「1-0で満足してはいけない。プレーを続けなければいけない」という結論に至ったそうです。
非常に素晴らしいことだと思います。だからこそ、開始2分にサラーがPKを沈めて1-0とリードしても(上写真)、(守りに入らず)セオリーとは違うことを選べたのです(◯2-0)。
チャンピオンズリーグに限らず、決勝戦は一言で説明できるようなものではありません。しかも1年前にキーウで喫した敗戦からリバプールFCは見事に立ち上がってリベンジを果たしたのですから……。
信じられないことです。
チャンピオンズリーグを制覇できるクラブと監督は多くはありません。つまり、サッカー界で頻繁に起こるようなことではないのですから、『ビッグイヤー』(優勝トロフィー)を勝ち取った時には大いに喜び、高く評価されるべきだと思います。
2018-19シーズンにプレミアリーグの優勝を逃したことは我々の発奮材料になりました。
ただし、チャンピオンズリーグ優勝は私たちに自信と成熟、勢いを与えてくれました。全選手とすべてのスタッフが成長し、チームも成長。クラブにとって非常に大きな意味のある優勝だったのです。
翌シーズン、リバプールFCは30年振りにリーグ優勝を果たします。
今はもちろん、全員が次の勝利を目指しています。
翻訳:石川桂