戦術的ピリオダイゼーション
『戦術的ピリオダイゼーション』(タクティカル・ピリオダイゼーション)は、ゲームにおいて「ある特定のプレー方法」の習得に焦点を当てたトレーニング方法である。ある特定のプレー方法はプレー・モデルやゲーム・モデルと呼ばれ、1週間を通じて展開されるトレーニングの基礎となる。
戦術的ピリオダイゼーションにおけるトレーニングでは、状況を反映しない練習やドリル的はほぼ実施されない。コーチの求めるプレー・モデルから切り離されたフィジカル・トレーニングやテクニカル・トレーニングも存在しない。
サッカーにおけるトレーニングを想像してほしい。ウオーミングアップと称してグラウンドを2、3周して準備体操、そしてシュート練習や「1対1」や「2対2」、そしてミニゲームという流れを思い浮かべる人も少なくないだろう。これほどティピカルではないにしても、「どのチームでも同じような練習」をしていた時代がある。そして各トレーニングではフィジカル、技術、戦術というものが切り離されていた。あるいは、プレシーズンには主にフィジカル、シーズンに入ると戦術ベースのトレーニングという単純な区分けになっていただろう。
こうしたトレーニング方法で注目すべきは各要素(フィジカル、技術、戦術)が分解され、連動していないこと。フィジカルとテクニックという2要素が入っているケースはあっても、試合で求められる要素がすべて再現されているトレーニングは希だった。
対して戦術的ピリオダイゼーションでは、「トレーニングはゲームにおける生理学的、戦術的、技術的、心理的要素だけ取り出してはいけない」のであり、「分離させたり、独立させたりしてトレーニングせず、すべての要素が含まれるべきである」と考えられている。
戦術的ピリオダイゼーションの原点
戦術的ピリオダイゼーションは、ポルト大学のヴィトール・フラーデ教授の経験と個人的な知識から生まれた。彼は、20世紀末頃、トレーニング方法に疑問を抱いていた。ゲームを構成するすべての次元と瞬間を統合するためにトレーニングを完全に変えたいと考えたのだ。彼にとって戦術とは、理想とするプレー・モデルを実現するためにすべてのトレーニングにおける指針となるものである。
あらゆるトレーニングは監督が選んだプレー・モデルに従わなければならない、というのが彼の主張である。しかし、ここで言うプレー・モデルをスタイルやプレー・スキームと混同してはならない。彼の言葉を借りれば、「プレー・モデルとは、監督が自分のチームにプレーさせたいゲームの型」となる。
プレー・モデルとは、試合の各局面で選手に表現してほしい構想であり、監督の哲学を反映していることが多い。同時にプレー・モデルは、ゲームの各サブフェーズ(各シーン)の戦術的原則を提供する。これらの原則は、プレー・モデルを実現するためにプレーヤーがゲームの各サブフェイズで行なうべき戦術的な行動の指針となる。
戦術的ピリオダイゼーションの構造
戦術的ピリオダイゼーションでは、トレーニング・プロセスにおけるすべてを方向づけるのはプレー・モデルとなる。なぜなら、プレー・モデルはゲームの論理的構造を表し、「全体」を表すからだ。
トレーニング・セッションは、プレー・モデルの原則に基づいて行なわれなければならない。そして、各トレーニング・セッションは、常にゲームの4つの主要フェーズ(攻撃、守備、攻撃から守備への切り替え、守備から攻撃への切り替え)のうちの1つに取り組んでいることになる。したがってトレーニングは、指導者がチームに求めるゲーム・モデルから逆算したものであり、プレー・モデルの戦術的原則に即していなければならない。
また、トレーニング・セッションを通じて選手に伝えるべきプレー・モデルは戦術的ピリオダイゼーションによって示される原則とサブ原則によって実現される。
原則:ゲームで示してほしい一般的な行動。例えば、ミッドブロックで守ること
サブ原則:チームの行動の中で発生するより具体的な側面。例えば、ミッドブロックで守る際のライン間の幅や選手同士の距離サブ原則は、選手個々のプレーを規定するものでもある。つまり、選手の成長や理解に関係する。つまり、戦術的ピリオダイゼーションとは、選手のプレー・モデルも確立する。この点に関しては、原則とサブ原則を学ぶこと、そして週単位の『マイクロサイクル』を通して取り組むことになる。チームが各個人を強化するトレーニング・セッション内で戦術的なタスクが生み出されると言ってもいい。
「最も重要なことは、特定のプレー・モデルとプレー原則を持ち、それを正しく解釈し、よく理解することだ」
ジョゼ・モウリーニョ監督
戦術的ピリオダイゼーションのメリット
フラーデ教授が指摘するように、戦術的ピリオダイゼーションの最大の利点はある一定のプレー・モデルに基づいてすべての作業を行なえること。掲げるプレー・モデルがすべてのトレーニング内に存在すると言ってもいい。こうすれば、ゲームの本質が歪んだり、断片化したりすることがない。試合で起こり得る状況に近いものをトレーニングで再現してトレーニングしているからだ。
仮に、「ゴールライン付近まで切れ込んでマイナスのクロスを押し込む」というプレー・モデルを掲げたとする。
この時、FWに対し、ポスト役に当ててそのリターンをシュートという練習ばかりするのが正しいだろうか? やはり、「ゴールライン付近では切れ込んでマイナスのクロスを押し込む」というシチュエーションを再現すべきだろう。そうすれば、選手はボールを押し込む技術や走り込み方、そして視野やコミュニケーションといったものを身につけ、使い分けられるようになる。確かに、すべての要素を分解して改善することもできるが、それが試合で活かせるかどうかには疑問符がつく。あるアクションと使い方はセットであり、さらにコミュニケーションなど、多くのものをマスターしなければ実際の試合で成果を手にするのは難しいからだ。
戦術的ピリオダイゼーションのハードル
メリットとデメリットは表裏一体。つまり、プレー・モデルに基づいてすべて作業を行なえる反面、根本を成すプレー・モデルが正しくなければすべての作業が歪むことになる。
また、監督だけなく選手にも高いレベルが求められる。
監督はプレー・モデルを策定&定義し、指揮するチームに適応させなければならない。適応させる段階では適切な戦術的トレーニングを行なえる能力が欠かせない。一方、戦術的ピリオダイゼーションは、選手の能力によって大きな影響を受けるものである。なぜなら、戦術的ピリオダイゼーションの実行(成果を得るには)には、戦術的な知性と高い知識を持ったプレーヤーが必要となる。しかも、実際のゲームに近いインテンシティーでトレーニングを行なわなければ意味がないため、選手と監督にその再現能力が求められる。
そもそも論として、戦術的ピリオダイゼーションは短期間のコンペや目先の目標を得るための方法ではない。一般的には、中長期的な目標を達成するものだ。そのため、「クラブの理解」というものがなければ、絵に描いた餅に終わるだろう。
戦術的ピリオダイゼーションを採用する主な監督
ジョゼ・モウリーニョ
モウリーニョ(上写真)はキャリア初期において戦術的ピリオダイゼーションについてよく言及していた。戦術がすべての原則、局面、ゲームの基本などをつなぐ要となるこの指導方法を採用していた。そのため、彼は対戦相手を詳細に研究して対策を立てるが、自身のプレー・モデルを見失うことはない。
『モウリーニョ どうしてこんなに勝てるのか?』(講談社)においてモウリーニョ自身は次のようにいいている。
「チームにおいて最も重要なことは、モデル、原則を持ち、それを正しく解釈し、よく理解すること。基本的にはゲームの組織化が必要になる」
フアン・カルロス・オソリオ
コロンビア生まれ(1961年6月8日)のオソリオも戦術的ピリオダイゼーションの信奉者として知られている(2018年のロシア・ワールドカップでメキシコを代表をベスト16へ導いた)。プレー・モデルを基礎とし、戦術的にきめ細かく決められたサブ原則に基づいて選手たちが動くのが彼のチームの特徴である。またオソリオは、数え切れないほどのトレーニング・メニューを持っていると言われている。ある選手は「7シーズンにわたってオソリオは同じトレーニングを1度もしなかった」と証言する。
彼の指揮するチームは「チェスのようなサッカーをする」とも言われ、緻密なトレーニングの成果が見て取れる。彼は戦術的な知識が豊富なことでも知られている。そして彼は新しい戦い方を常に探求し、新規軸を生み出している。ただし、彼のオリジナリティーあふれる戦い方を指揮するチームや相手チームに押しつけるのではなく、対戦相手を丁寧に分析し、戦略的な修正を施して試合に臨む。
ユリアン・ナーゲルスマン
1987年7月23日生まれのナーゲルスマン(上写真)は2016-17シーズンにホッフェンハイムを率い、ブンデスリーガの最年少監督となった。その後も順調にキャリアを積み、2021-22シーズンからバイエルン・ミュンヘンの監督に就任。彼は自身のキャリアを通じて「若さはハンディキャップではない」ことを示し、トップクラスの指導力をすでに有することを証明してきた。
ナーゲルスマンは戦術やトレーニング理論に関して非常に緻密だ。同時に、戦術的な革新やノベーションにも貪欲。オープンな姿勢を崩さず、より良いプレー・モデルの探求に余念がない。また、プレー・モデルをトレーニング・セッションに落とし込み、さらにゲームでトレーニング・セッションを再現して再び分析というサイクルを繰り返してチームを向上させる。2021-22シーズンには、ビッグクラブを指揮した初シーズンにもかかわらずブンデスリーガで優勝を果たした。
ただし、彼の哲学はシンプルだ。
「ボールを高い位置で奪えれば、相手ゴールまでの距離はさほどない。相手ゴールの近くボールを奪って攻撃し続けるべきだ」
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部