ペルビス・エストゥピニャン
ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFC:2022-23〜現在
プロフィール
ペルビス・エストゥピニャンは1998年1月21日生まれ、エクアドル出身。13歳の時にエクアドルの強豪、LDUキトのアカデミーに加入し、17歳でトップチームに昇格した。デビュー戦は2015年2月1日に開催されたCDエル・ナシオナル戦(◯1−0)だった。すぐさま左サイドバックとしてスタメンの地位を確保し、初シーズンながら40試合を経験。2016年7月29日にはイングランドのワトフォードFCと契約を結んだ。
ただし、2016-17シーズンはグラナダCFへ貸し出され、2017年4月5日に行なわれたデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦で初出場。その後、2017-18シーズンはUDアルメリア、2018-19シーズンはRCDマジョルカ(当時はスペイン・リーグ2部)とレンタルで渡り歩いた。
2019年7月3日からは戦いの地をCAオサスナに求め(期限付き移籍)、2020年9月15日にはビジャレアルCFと7年契約を結んだ。2シーズンで合計74試合に出場し、UEFAヨーロッパ・リーグの優勝に貢献し、UEFAチャンピオンズリーグの準々決勝も経験した左サイドバックはスペインでキャリアを築いていくかと思われたが、2022年8月16日、プレミアリーグ所属のブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCに移籍することが発表された。
この移籍の引き金となったのはマルク・ククレジャのチェルシー移籍。レギュラーの左サイドバックを100億円近い移籍金で引き抜かれたブライトンが後任としてエストゥピニャンに触手を伸ばしたのだ。
チームを率いていたグラハム・ポッター監督(2022年9月8日からチェルシーの監督)は言った。
「エストゥピニャンがチームに多くのものをもたらしてくれることを期待している。彼は、我々がより厚みを持たせたいと考えていたポジションの選手だ」
指揮官の期待に応えるように契約の4日後にはプレミアリーグに初出場(◯2-0ウエスト・ハム)。その後もチームの左サイドを支えている。
エクアドル代表
世界大会にデビューしたのは2015年にチリで開催されたU-17ワールドカップ。その後も順調にステップアップし、2017年には韓国で開催されたU-20ワールドカップを経験し、2019年10月13日のアルゼンチン戦で初めてAキャップを手にした。
初めてのワールドカップとなる2022年のカタール大会では3試合に出場した。
テクニカル分析
エストゥピニャンの主戦場は左サイドバック。前方に陣取る左ウイングを適切にバックアップし、協力して左サイドの主導権を握る。高い身体能力に恵まれており、特にフィジカル・コンタクトにおいて強さを発揮。さらに、ゲームの展開を読む能力にも長けており、チームメイトと連動することでチームの潤滑油としてプレーできる。
ビルドアップにおける適切なポジショニングも光る。味方がボールを動かしてる中、次のプレーを素早く感じ取って「ボールの出口」を提供。確実なパスラインを引くことで攻撃を前進させる(下写真)。またロングレンジのキックによるサイドチェンジによって幅広い攻撃を可能にする。
ビルドアップに成功して相手陣内にチームが入ると、味方とボールの位置に合わせて彼はポジションを調整し続ける。時に幅を確保し、時に深さを確保。ただし攻撃ばかりを意識するのではなく、自然と生まれたスペースや相手が狙っているスペースを消すようにしてカウンター・アタックのリスクを下げることも忘れない。この点、エストゥピニャンは非常にバランス感覚に優れた選手と言える。
またエストゥピニャンはオフ・ザ・ボールの動きも高いレベルでこなす。プレーが流れている中、チームメイトがより良い状況でプレーできるようにフリーランニング。相手を意図的に引きつけることで攻撃の前進に貢献する。あるいは左サイドに相手の注意を引きつけ、右サイドから攻め込むための見えざるアシストも心得ている。
爆発的なスピードの持ち主というわけではないが、ゴールライン付近まで深く攻め上がるタイミングが実にいい。深い位置に入ってボールを受け、ペナルティーエリア内にいるチームメイトに正確なクロスを送ってゴールをお膳立て(下写真)。体幹の強さはクロスのシーンでも活かされる。少々無理な態勢であってもクロスを送れるのだ。
超攻撃的なサイドバックではないが、攻撃参加した際には効果的な働きを披露。エストゥピニャンは左サイドで安定した存在感を見せる。
左サイドのタッチライン際はエストゥピニャンにとって最も居心地がいい場所であり、最高のパフォーマンスを発揮できる場所でもある。近年は、インサイド・チャンネル(ハーフスペース)にアンダーラップするサイドバックも増えているが、彼がインサイドに回ることはあまりなかった。ルートはあえて空けておくためだ。チームメイトがインサイドからゴールへ向かう時、彼はボール保持者にパスコースを提供することチームメイトをサポートする。数的優位と位置的優位を活用してアタッキングサードを攻略するのだ。
彼は、「1対1」のシーンでも優位に進めることが多い。もっとも、爆発的なスピードで次々と相手を置き去りにするタイプではない。ハイインテンシティーでのトランジションで先手を取ったり、鋭い加速で相手より前に出たりするタイプである。また、相手の動きを見切ったようにしてボールを軽く浮かしたりして相手をいなすのも得意とする。
左足からは正確なキックを蹴り出す。ビジャレアル時代はワンステップでサイドを変えられるような圧倒的なキック力で攻撃のリズムをたびたび変えていた。今シーズンから加入したブライトンのエバートン戦(2023年1月4日)ではグラウンダーのスルーパスで得点に起点となっている。チャンスメイクの幅を彼が広げられれば、自然とチームの得点力も上がるだろう。
攻撃セクションだけでなく、守備セクションでも彼の貢献度は高い。ボール保持者を負い続けられる強いメンタルとコンタクトで態勢を崩さない強靭なフィジカルで相手の自由を奪ってボール奪取へとつなげられるのだ(下写真)。簡単に屈しない守備は周囲に安心感を与える。
たとえ、ボールを失ったエリアにいなくともボール・ウオッチャーにならず、担当タスクをしっかりとこなすために全力で帰陣できるのも彼の強みだ。
20代前半の選手だが、エストゥピニャンはフィジカル任せのDFではない。ビジャレアル時代にウナイ・エメリ監督(現在はアストン・ビラ)、エクアドル代表でグスタボ・アルファロ(2020年から指揮)という名将の下でプレーしてきたことが成長を促したのだろう。駆け引き上手な相手を向こうに回しても互角に渡り合える度量を有する。
味方のカバーリングやチームが優位になるようなポジショニングを選択することが多く、自身が厳しい状況にある時にはパニックになって焦らず、味方が帰陣できるように相手のプレーを遅らせるクレバーさも持ち合わせる。
しかし、向上の余地もある。フィジカルの強さは誰もが認めるところだが、それを過信してか、時折、タックルやスライディングの判断が早すぎて相手にかわされたり、ファウルをしたりすることがあるのだ。アグレッシブなディフェンスはポジティブに働くケースもあるが、経験を積んで精度を上げていく必要はあるだろう。
最適解はサイドバック?
4バックを採用するチームでは、左サイドバックに起用された時にエストゥピニャンはポテンシャルを最大限に発揮しているように見える。
左サイドでの彼はまず、自分の守備レーンにボールが入らないように相手選手とボール保持者を巧みに分断する。ボールがマークすべき相手に渡った時には深いエリアに入れないようにしつつ、クロスを上げさせないようにプレー。彼(12番のEstupiñán)の守備センスの良さは、ボール保持者との適切な距離を保ちつつ、左センターバック(25番のCuenca)とも連係できる距離を意識していることからもうかがえる(下写真)。
ネガティブ・トランジションにおけるエストゥピニャンの役割はスペースのコントロール。いや、ネガティブ・トランジションが「始まる兆しの見える段階」で動き出す。スペースを管理すると同時に潜在的なボール・レシーバーに寄せて次の段階に備えている。
リトリートをチームが選んだ時には、左センターバックの近くに生まれそうなスペース管理に重点を置く。仮に彼の前のゾーンで相手選手がボールを受けたならばラインから積極的に飛び出してプレッシング。サイドハーフやウイングとして挟み込んでボール奪取を目論む。
左サイドバックとして出場した時でも攻撃参加のチャンスを伺っている。攻撃に転じたならば、チームメイトを追い越して最も深いエリアへ進行することも多々ある。決定的なエリアで決定的な仕事をこなすためだ。こうした積極的な姿勢を持っているからこそ、エストゥピニャンはアタッキングサードでの「1対1」に高い割合で勝てるのであり、左サイドから効果的なラストパスを出せるのだ。
高い位置での可能性
ウイングやサイドハーフとしてプレーする際、エストゥピニャンは高い位置にポジショニングして攻撃面での高い貢献を求められる。例えば、ボールを保持していない時でも前に張り出すことで相手のサイドバックをピン止めして攻撃参加を阻止。あるいは、相手陣内でポジティブ・トランジションに成功した時に最終ラインの背後に滑り込んでスルーパスを受け、フィニッシュ・シーンを演出することが求められている。
また、「4-2-3-1」システムや「4-4-2」システムでミッドブロックを形成したならば、左サイドのMFに入った彼は無理してまで守る必要がなく、不要なファウルを犯すことを避けられ、警告を受けずに済む。ただし、デメリットもある。サイドバックとして出場している時ほど自由がないため、攻守の両面で仕事ができるという彼のセールス・ポイントを十全には活かせないのだ。
ではなぜ、監督はエストゥピニャンをウイングやサイドハーフに起用するのか? それは彼に「1対1」のシチュエーションをできる限り与え、突破後のクロスを期待しているからだ。彼のクロスは精度が高く、かなりの可能性でチャンスを生み出す。
プレミアリーグでも魅力的なサッカーを披露するチームは増えているが、全体的には「フィジカルなリーグ」と表現していい。ということは、強靭な肉体を持つエストゥピニャンがフィットする可能性は高い。また、左サイドでコンビを組むことになる三笘薫にとって心強いパートナーになるだろうし、パートナーシップに磨きをかけられれば魅力的な左サイドをブライトンは手にするかもしれない。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部