プロフィール
1997年5月10日生まれ、ブラジル出身のリシャルリソンことリシャルリソン・デ・アンドラーデがイングランドにやって来たのは2017-18シーズン。ワトフォードFCに加わると38試合で5ゴールという数字を残した。翌2018-19シーズンからはエバートンFCでプレーし、135試合出場43得点(13、13、7、10点)。そして2022-23シーズンからはトッテナム・ホットスパーFCに戦いの場を移す。
やや控えめなキャリアと言えるが、ワトフォードからエバートン、そしてエバートンからトッテナムへの移籍金はともに5000万ポンド以上。とりわけ今回の移籍金は98億円以上と言われ、彼の潜在能力に対する高い評価がうかがえる。
もっとも、マルコ・シウバ監督が当時21歳だった彼をグディソン・パークに連れて来た時には、金額の大きさに眉をひそめる者も多かった。しかしシウバがさり、カルロ・アンチェロッティ、ラファエル・ベニテス、フランク・ランパードと監督の名前が変わってもリシャルリソンはエバートンの中心選手であり続けた。
一方、ブラジル代表に2018年にデビューすると、コパ・アメリカ2019の優勝に貢献(決勝で得点)、東京オリンピック2020でも優勝を経験し、得点王にもなっている。
リシャルリソン獲得をスパーズ(トッテナムの愛称)に強く進言したのはアントニオ・コンテ監督だ。彼はチェルシーを率いていた時にもリシャルリソン獲得を画策したと言われている。
リシャルリソンにとっての問題は、ハリー・ケイン、ソン・フンミン(2012-22シーズンの得点王)、デヤン・クルセフスキを擁する豪華な攻撃陣の中で「どれだけ持ち味を出せるか」、そして「これだけの才能に囲まれてどのようなパフォーマンスを発揮するか」だ。
1960-61シーズンの『フットボールリーグ』(当時の1部リーグ)での優勝以来、栄冠から見放されているトッテナムが再びトロフィーを抱くためにコンテは、周囲が驚くほどリシャルリソンを前面に押し出すかもしれない。いずれにせよ、彼が何を成し遂げるのかは興味深いところだ。
テクニカル分析
右利きのリシャルリソン(7番のRicharlison)は左のウイング、あるいは左インサイド・フォワードとして起用されることも多く、ワイドな位置からインフィールドに切り込み、シュート・チャンスを作り出す(下写真)。そのため、彼と対峙する相手選手はほぼ必ず、内側を切って彼を中に入らせないようにする。一方のリシャルリソンもかつては右足でボールを扱って中に入ることが多かったが、最近はタッチライン際を縦に突破するプレーも著しく向上している。また、中にいる選手との連係プレーも得意。素早いパス&ムーブのコンビネーションでコンパクトな守備網を打開できる。
確かに、グディソン・パークで過ごした4年間、エバートンにとっては最大の得点源であった。しかし、4年間で326本のシュートを放ち、決まったゴール43。13.2パーセントという決定率は物足りない。シュートの正確性は彼が向上しなければならない点であることは明白。トッテナムではより質の高い味方の支援を受けるため、一気に飛躍できるか。
ブラジル人アタッカーにしては彼がさほど創造的でも巧みでもないことに驚いているイングランド人は少なくない。リシャルリソン(7番のRicharlison)はドリブラーではなくランナーであり、トリックよりも巧みなペース使いと強さを活かすことを好む。ただし、彼を止めるのは至難の業と言っておかなければフェアではない。プレーの展開が非常に早く、特に守備から攻撃へのトランジションでは非常に頼りになる。そして後方からのパスを受けた時に前方にスペースがあったら単独で仕掛けられ、相手のスキを逃さずに一気にゴールを陥れる個人能力にも恵まれている(下写真)。
そうした彼の特徴を理解している相手サイドバックは距離を狭め、ファーストタッチ時に猛烈なプレッシャーを与えてバックパスを選択させようとする。対するリシャルリソンも抜け目なくプレー。相手のアプローチが少しでも遅れれば、スペースにボールを押し出したり、自分のランニングコースとは逆にボールを出したりして(『1人ワンツー』)相手と入れ替わる。また、相手DFからボールをかすめ取る技術も非凡。相手DFにすれば、嫌な存在だ。
空中戦の強さは特筆に値する。公称184センチという身長は現在では長身とは言いづらいが、驚異的な跳躍力とジャンプのタイミングの良さで空中戦を制する。とりわけクロスに合わせるのがうまい。DFのブラインド・サイドにポジショニングしつつ、寸分の狂いもないタイミングで相手の前に出て頭でボールをたたき込む。
ただし、判断力に関しては向上の余地があると見られている。ドリブルで無理に突破しようとして攻撃をノッキングさせるシーンが散見される。また相手がアグレッシブにプレスをかけてきた時にムキになるのか、パスで相手をいなすこともせず、ボールをロストすべきではないエリアでボールを失うケースもある。攻撃にはやる気持ちを抑え、ボールを失わないプレーをクレバーに選択できるようになるべきだろう。
左サイドからのカットイン
プレミアリーグに来てからのリシャルリソンは多くの時間を左サイドで過ごしてきた。中でも印象的なプレーの数々を残したのは2020-21シーズンだろう。エバートンの左サイドバック、リュカ・ディニュ(2021-22シーズンの途中に移籍)と見事なコンビネーションを披露。ディニュがオーバーラップしてエバートンの前線にクロスを供給する役割を担い、リシャルリソンはゴールに向かうプレーに専念した。
ディニュ(12番のDigne)がオーバーラップを仕掛けるスペースを空けるためにリシャルリソン(7番のRicharlison)はタッチライン寄りからインサイド・チェンネルへと動く役目を担った(上の写真)。このプレーには2つのメリットがあった。1つは、ペナルティーエリア内にリシャルリソンが入れるようになり、クロスをゴールに押し込める選手を増やせたこと。もう1つは、リシャルリソンが最終ラインを押し込むことでペナルティーエリアの角に攻撃的MF(19番のMykolenko)が入れるスペースが生まれたこと。深くまで切れ込んだディニュはクロスを上げるだけでなく、攻撃MFへのパスという選択肢も持てる。
ディニュとのコンビは、タッチラインに沿って進むより、シュートを打つためにゴールを向かって進むのを好むというリシャルリソン(7番のRicharlison)の持ち味を引き出した(下写真)。とりわけ、利き足でドリブルしながらダイアゴナルに進み、DFやGKを迂回するような軌道のシュートを右足から放ってゴールを陥れるものは得意パターンと言っていいだろう。一方、相手に接近されてスペースが限られているケースでボールを受けたら、ドリブルで密集に入るのではなく、センターフォワード(エバートンではドミニク・キャルバート=ルーウィン)へパスすることが多い。
「ドリブルがヘタ」ということは決してないが、ボールを体から離した歩幅の広いドリブルでスペースを進むことが多い。実際、リシャルリソンの場合、トリッキーなドリブルを駆使するよりも、ボールを押し出して進むほうが効果的と言うべきだろう。
9番としての能力
左から攻める時は彼がドリブルでゴールに迫り、右からチームが攻める時はペナルティーエリア内に入ってゴールを狙う。第2のセンターフォワードと表現すべき存在だ。中央のエリアでのプレーも得意とし、センターフォワードとしてプレーした経験もある。2021-22シーズンにキャルバート・ルーウィンが長く負傷離脱した時、センターフォワードとしてプレーできることを証明した。
リシャルリソン(7番のRicharlison)はボール扱い長けているため、センターフォワードとしてプレーしてもライン間でボールを受けることを苦にしない(下写真)。その後、狭いエリアでターンし、相手センターバックにドリブルで仕掛けることも可能。しかし彼のパワフル、かつゴールに対する鋭い動きはメリットである一方、味方がフォローしきれない状況も生みやすい。そうしたケースを避けて厚みのある攻撃を繰り出すには、ピッチの中央を駆け抜けられる攻撃的MFや斜めに走り抜けられるウイングなど、走力に恵まれた選手と組み合わせるのがいいだろう。そうすれば、リシャルリソンは個々のDFを孤立させられ、対峙するDFをかわしてゴールを決められる。
トッテナムでの展望
空中戦におけるヘディングのうまさは後方からのダイレクトなパスやクロスでも威力を発揮。相手に囲まれても落ち着いてシュートを打てることを考慮すれば、9番(センターフォワード)としても十分に能力を活かせるだろう。
しかし、ボールを保持していてもいなくても、左サイドから入ったほうが能力を活かしやすいだろう。というのは、彼の最大のストロング・ポイントは「相手のブラインド・サイドからシュート・スポットに入り込むセンス」だからだ。9番としてプレーする場合、プレー・エリアや動きが限定されるためにストロング・ポイントを活かしにくくなるかもしれない。対するセンターバックは接近戦を得意とする選手ばかりだ。大きな体躯を活かしてリシャルリソンをスクリーンするとしたならば、今よりも苦戦するリシャルリソンを想像するのは難しくない。
課題もあるが、リシャルリソンの物語は始まったばかり。彼の多彩な能力、スペースへボール運び出す能力、そしてゴール付近で相手に脅威を与え続けられる能力はソン・フンミンとハリー ・ ケインに対するマークを軽減するに違いない。トッテナムにとってポジティブな補強だ。
そして、コンテ監督がリシャルリソンのような決して諦めない選手を好むことはリシャルリソンにとってこの上なく大きな後ろ盾になるだろう。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN 編集部