ショーン・ダイチ
バーンリーFC:2012-2022
試合のハーフタイムには必ず、コーチングスタッフと選手は集まって話し合っています。
しかし、2017年8月に行なわれたチェルシーとのアウェーゲームでは話し合うのが難しいと感じました。前半を終えた時、我々はちょっとした「難問」を抱えていたのです。
タフな試合になることは試合前から十分に承知。シーズンの開幕戦、しかもディフェンディング・チャンピオンとのアウェーゲームで多くを得られると期待すべきではありません。
しかしスムーズに試合に入れましたし、14分には相手のガリー・ケイヒルが退場処分。サム・ヴォークスが24分に先制した時には「今日は我々の日かもしれない」と私は思い始めていました。さらにスティーブン・ウォードが2点目(39分)を決め、ヴォークスも追加点(43分)を決めてくれました。
敵地スタンフォード・ブリッジで3-0のリード。しかも前半だけで3点!
更衣室に入った我々は人のいないエリアに集まり、選手たちに何を話そうかと話し合いました。
アシスタントコーチのイアン・ウォーンに「何と言うんだ?」と聞かれた私は「手がかりさえない!」ととっさに返答し、「3-0になるなんて想像もしていなかった。試合前にこのシナリオを考えたことはなかったんだ」と続けました。
それほど不慣れな状況でしたし、笑うしかないような感じでした。
世界中が試合内容に対して前向きなはずなのに、私がこんなことになるとは……。
「あの夏は、主力選手がいなくなったにもかかわらず、雰囲気が良く、『一緒に何かを達成しようとしてる』という雰囲気に満ちていました」
選手たちには、後半も同じようにプレーしてほしいとリクエストしたのですが、不慣れな立場に置かれると人は迷うのでしょう。追加点を目指して前に出るのか、それともリードを守るために下がるのかを選手たちは意思統一できていないように見えました。むしろ、自分たちらしいプレーを見失ったと言うべきかもしれません。
そして69分に1点を返されてリードは2点へ。さらに残り時間が15分くらいになるとチェルシーの選手はさらに前がかりになりました。GKだけを残してバーンリー陣内に攻め込んでくるような感じもありました。
それでも選手たちは貴重な勝利をもぎとってくれました。ファンにとっても素晴らしい1日となり、彼らは心から勝利を楽しんでくれたと感じています。
チーム・ビルディングのために繰り返し行なってきたことの成果が出始めていました。
サッカー選手というものは、どのような内容であっても新しい提案に対しては目を丸くして文句を言うものです。しかし競争の要素を取り入れると、すぐに乗り気になってくれます。クイズを出せば、5分後にはピッチの上と同じように競争を楽しんでいるでしょう。
あの夏は、主力選手がいなくなったにもかかわらず、雰囲気が良く、「一緒に何かを達成しようとしてる」という雰囲気に満ちていました。
マイケル・キーンは大金でエヴァートンに引き抜かれ、大きく貢献してきてくれたアンドレ・グレイもワトフォードに移籍。さらにジョーイ・バートンは引退し、本当に重要な存在だったジョージ・ボイドは契約が切れてチームを去りました(シェフィールド・ウェンズデーに加入)。
入れ替わるように加入したのがフィル・バーズリー、ジャック・コーク、チャーリー・テイラー、クリス・ウッド。ありがたいことに、彼らは性格が良く、すぐになじんでくれました。しかも彼らの中にはチームをまとめてくれるリーダーもいたのです。
「『3-0になるなんて想像もしていなかった。こんなシナリオを試合前に考えたこともなかったんだ』と続けました」
密かに、私はウディ(ウッドのこと)に対して好感を持っていました。ウディはまだ25歳でしたが、10代の頃からトップチームでプレー。それは、彼が強いメンタリティーの持ち主であることを示していたからです。
私が最も魅力を感じていたのは彼がチャンスをつかんできたこと。「明らかに今日はダメだな」と思うような試合であっても、彼は懸命にプレーを続けてワンチャンスを物にするのです。
毎回、必ず−−。時には突然、チャンスを手にしていました。
バーンリーがプレミアリーグでプレーする上では、そうした資質は非常に重要なものなのになります。彼は、我々にとって本当に必要な選手でした。
しかし、バーンリーでは毎年、夏にすべてがリセットされます。良いシーズンを過ごそうと悪いシーズンを過ごそうと、仮に穏やかなシーズンを過ごしても同じ。つまり前シーズンにどのようなことがあっても、私たちはリセットして残留に備えなければならないのです。
しかも、希望する選手を獲得できることはほぼ皆無。役員会から強化資金投下の許可が下りるのは期待薄であり、私に選択権があるわけもなく、「誰がやって来るのか?」と待つしかありませんでした。選手を大幅に入れ替えてプレー・スタイルを変えるなんて夢のまた夢。決して簡単な任務ではなかったのです。
ですから、バーンリーでは前シーズンの成功を土台にして積み重ねることは保証されてはいませんでした。2017-18シーズンは、プレミリーグに昇格して2シーズン目。昇格したばかりの2016-17シーズンにはサバイバルに成功しました(16位で残留)。しかし我々が考えていたのは中位進出ではなく、再び生き残ること(残留)だったのです。
バーンリーでは選手も指導者も夏にリセットし、同じメンタリティーでシーズンに臨まなければなりません。プレミアリーグ残留の余韻に浸ったり、上の目標を目指したりするわけでなくも、再び残留に挑むのは信じられないほどタフなこと。来るシーズンも来るシーズンも残留のためにハードワークするのは簡単ではありません。
あの夏も同じでした−−。
「1月の移籍市場で新しい選手を獲得することを要求しました。すると私は愚か者を見るような目を向けられました」
幸いにも、新加入選手はすぐに状況を理解してくれました。バーンリーの生活がどんなものかを理解し、他の選手たちの中にうまく溶け込んでくれました。
そしてプレシーズンをうまく乗り切れたため、選手同士のつながりが生まれ、チーム全体が素晴らしい雰囲気に包まれているのを感じました。だからといって、必ず良い結果が得られるというわけではありませんが、その可能性はぐっと高まります。
そしてシーズンが始まっても、良い結果を得られました。チームの雰囲気を良くするために、勝利よりも効果的なものはありません。
トッテナム、リバプール、ウエストハムに引き分け、エヴァートン、サウサンプトン、クリスタル・パレス、ニューカッスルなどを撃破。クリスマスが近づく頃には順位を5位まで上げ、4位のアーセナルまで1ポイント差に迫っていました。本当にいい状態だったと思います。
予想に反し、我々は快進撃を続けました。
シーズンが深まるにつれ、私は「投資」について考え始めていました。
実際、役員室に行き、1月の移籍市場で新しい選手を獲得することを要求しました。
すると私は、愚か者を見るような目を向けられました。
「5位なのにもっと選手を増やせというのか?」という風に……。
バーンリーにおける真のチャレンジはこの点だったのです。私はもっと上を目指したいと思っていました。トップ4を追いかけ、追い詰めたかった。しかしクラブにすれば、投資してでも順位表の上位争いに加わるのはとても難しいことだったのです。
「悪い流れの中にあっても、チームが軌道を外れているような感覚はありませんでした」
試合内容を振り返った時、プレミアリーグにおける試合の勝敗がわずかな差によって決まっていることを実感しました。5位に上昇した時(18終了時)の戦績は9勝5分け4敗でしたが、1点差の勝利が8つ。ちょっとしたことで立場が変わるだろうと予測できます。
その予測は的中します。5位につけた18節以降、11試合も勝ち星から見放されることになるのです(0勝6分け5敗)。しかし、我々のパフォーマンスが大きく低下したとは言い切れません。5敗のうち、1点差以上で負けたのは1回だけですし、引き分けた試合の中には勝てそうな試合もあったからです。
例えば、20節のマンチェスター・ユナイテッド戦では前半を2-0で折り返しながら、53分とアディショナルタイムの失点でドロー(上写真)。22節のリバプール戦にしても、87分に追いつきながら、やはりアディショナルタイムに得点されて勝ち点を失いました。しかもこのシーズンに通算勝ち点100を達成して優勝したマンチェスター・シティと26節に対戦した時には1-1で引き分けているのです。
プレミアリーグを戦うのは、荒波の中を航海するようなものです。選手たちが荒波にのまれまいといかに努力しても、調子が悪くなることはあります。国内最高峰のチームと戦っているのですから、いつも勝てないのは当然でしょう。
勝てない期間も、「やってきたことを続けてほしい」と選手に言いました。アプローチを変える理由はないと感じていたからです。
一方で若干の変更も加えました。2017-18シーズンの前半、そしてバーンリー時代の私は「4-4-2」システムをメインにして戦っています。しかし2017-18シーズンの後半には、「4-4-1-1」システムを採用して1トップの背後にジェフ・ヘンドリックを配置しました。わずかな変更でしたが、大きな成果を得られたと感じています。
「ポストに弾かれていたシュートが入り始め、セカンド・ボールが我々のほうに転んで来ているように感じられたのです」
今だから言えるのですが、システム変更は守備を安定させるために施しました。中盤の中央に3人のMFを配して攻めようとする相手に対し、我々はもう一人の選手を加えることによって数的同数にしようとしたのです。
とりわけアウェーゲームでは守備を重視した戦いぶりを選択。結果、アウェーでの戦績はリーグでも6番目に良いもので終えられました。
守備強化を狙っての変更でしたが、攻撃面での収穫もありました。ヘンドリックがペナルティーエリアに遅れて入ることで残っていたスペースを使え、多くのチャンスを作るようになったのです。さらに、そのスペースにサイドハーフが入ることでも厚みのある攻撃が可能になりました。
悪い流れの中にあっても、チームが軌道を外れているような感覚はありませんでした。8試合、9試合、10試合と勝てなくても、それほど心配はしていませんでした。
幸運にも、役員会は全面的にバックアップしてくれましたし、温かい目でチームを見守ってくれました。そのため私も、「いずれ好転してくれるだろう」とリラックスできていたのです。
私のリラックスしていた態度は、選手たちにも好影響を与え、変なプレッシャーを感じることなく、自由にプレーできていたようです。無論、持ち直せたのは彼らのお陰です。
記憶に残っているのが29節のエヴァートン戦(ホームゲーム)。9位のエヴァートンは順位アップに向けて闘志を燃やし、押され気味になったことで先制を許します。しかし我々の選手たちも持ち味を発揮し、後半に2ゴールを決めて逆転勝利。7位を守りきってくれました。
12試合ぶりの勝利は本当に緊迫した内容でしたし、運が味方してくれた結果だと感じました。ポストに弾かれていたシュートが入り始め、セカンド・ボールが我々のほうに転んで来ているように感じられたのです。
私は、ゲーリー・プレーヤー(元プロゴルフ選手。1935年11月1日生まれ)の大好きな言葉を思い出していました。
「一生懸命やればやるほど、運が良くなる」
選手たちは運を変えるためにとても努力してくれていたからです。
「シーズンが終わって3日後には、次のキャンペーンを考えていました。」
すると、29節からは5連勝を記録。11戦勝ちなしの期間よりはいいプレーをしていたと思いますが、とてつもなく優れていたとは感じません。むしろ、シーズンを通して安定したプレーができていたからこそ、不調の時期を抜けてとても良い時期を迎えられたと言うべきでしょう。
地道に勝利を積み重ねた結果、バーンリーは7位でシーズンをフィニッシュ。クラブにとっては44年ぶりの好成績であり、51年ぶりの欧州の大会(UEFAヨーロッパリーグ)出場権獲得となりました。
プレミアリーグという厳しいリーグで新たな歴史を刻めたのはクラブにとって大きな財産になるでしょうし、選手にとっても飛躍のきっかけになると感じています。
そして何よりも嬉しかったのは、どこでも駆けつけて応援してくれた本当に素晴らしいファンに囲まれていたことです。
私たちは自分たちが達成したことを喜び、充実感に包まれました。
しかしシーズンが終わって3日にたたないうちに、我々は「次」に目を向けました。ヨーロッパ遠征の準備、遠征から戻って試合して再び遠征のプラン、そしてタフなスケジュールが我々に与えるストレス対策を練り上げなければならなかったのです。
どうすれば、次のステップに進めるかを考える時期でした。それまでとは異なる「リセット」を体験したのです。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部