カタール・ワールドカップ グループステージ第2節
アルバロ・モラタ(62)
ニクラス ・フュルクルク(83)
グループステージの第2節(11月28日)で、スペイン代表とドイツ代表はカタール・ワールドカップにおける最高の試合の一つを繰り広げた。
試合終盤に追いついたのはドイツだった。0-1でまさかの2連敗を喫するかどうかの瀬戸際でハンジ・フリック監督はニクラス・フュルクルクの投入(70分)、切り札がチームを救った。
同点ゴールの20分前、中央から左サイドへと丁寧にボールを運んだスペインがスコアを動かしていた。左サイドを攻め上がったジョルディ・アルバがグラウンダーのクロス。ゴール前に走り込んだアルバロ・モラタがワンタッチで押し込んで膠着状態を破る。ルイス・エンリケ率いるチームが2連勝にグッと近づいた。
しかし最終スコアは1-1。1勝1分けのスペインと1分け1敗のドイツは共に最終戦でのグループステージ突破を目指すことになった。
試合後の両監督のコメントは以下の通り。
■ルイス・エンリケ監督
「残念な結果だ。ただ、正直に言えば、スペインが負けてもおかしくないゲームだった。結果はフェアなものだ」
■ハンジ・フリック監督
「スペインは偉大なチームで、簡単ではないことは分かっていた。この結果がチームの士気をより高めてくれるはずだ」
スペインの戦術的キーポイント
中盤のトライアングル
ルイス・エンリケ監督は局面に応じてシステムを変更。攻撃時は自身も慣れ親しんだ「4-3-3」システム(下写真)、アウト・オブ・ポゼッション時は「4-1-4-1」システムを使った。
スペインの意図は試合開始から明確だった。
自陣からボールを保持し、ゲームを支配するために3人のMF、セルヒオ・ブスケッツ(5番のBusquets)、ガビ(9番のGavi)、ペドリ(26番のPedri)がトライアングルを作りながらコンビネーション・プレーで前進し、FWがサポート。さらに攻撃が相手陣内に入るとサイドの選手が加勢する。左のジョルディ・アルバ(18番のAlba)と右のダニ・カルバハル(20番のCarvajal)が高い位置をとってパスラインを引き、両ウイングは「1対1」の状況を積極的に生み出した。
前半は、クリエイティブ・ゾーンにおいてブスケッツ、ガビ、ペドロがチームのエンジンとなることで3トップに有利な状況を提供。トライアングルによるコンビネーションでボールを循環させ、フリーな選手を次々と生み出していったのだ。
しかし、スペインの戦いぶりは万全ではなかった。時間の経過とともに、ドイツの縦への攻撃を封じること、ボールを失った瞬間のトランジションにおいて弱さを見せるようになるのだ。
位置的優位と数的優位
スペインは、サイドから中央へのダイアゴナル・ランと選手間のポジション・チェンジを頻繁に実施。結果、スペインの左サイドバック、アルバは数的優位になることが多かった。
スペインが左サイドでドイツを混乱させた攻撃を紹介する(下写真)。
アイメリク・ラポルテ(24番のLaporte)が自分のマークとその近くにいる相手を引きつけるためにドリブルで運ぶ。するとブスケッツ(5番のBusquets)がフリーになり、相手MFの背後でボールを受けられるようなポジションをとる。
ドイツの選手はハーフ・スペースにいるブスケッツが気になる。トップ下のイルカイ・ギュンドアンは中にいたが、右サイドMFのセルジ・グナブリも中に絞り始める。
さらにペドリ(26番のPedri)、センターフォワードのマルコ・アセンシオ、ダニ・オルモ(21番のOlmo)が巧みなポジショニングで位置的優位を獲得し、アンバランスを利用したスペインが継続的に左サイドを支配。鋭い攻撃を仕掛けた。
ダイレクト・プレーの影響
後半になると、ドイツのダイレクト・プレー(縦に速い攻撃)がスペインを苦しめ始める。シンプルにFWにボールを入れ、2列目の選手がサポート。FWが落としたボールをMFがサイドに展開してスペインの守備に揺さぶりをかける。ドイツがたびたび攻め入ったのはカルバハル(20番のCarvajal)が担当するサイドだった。右サイドを守ろうとしたスペインの最終ラインは横に広がり始める(下写真)。
流れをつかみ始めたドイツは、最終ラインの前にあるスペースとセンターバックとサイドバックの間に生まれ始めたギャップを狙う。特に左サイドバックのダヴィド・ラウムは幾度も好機を演出。持ち前のスピードを活かしてカルバハルの背後に進入した。
モラタが与えたオプション
フェラン・トーレスとの交代で54分から出場したのがモラタ。彼は、アタッキングサードにおいてDFの背後にあるスペースを正しいタイミングで活用する術を持つ。彼の高い戦術眼とマークを外す鋭い動きにより、ドイツの両センターバックは難しい対応を迫られた。
彼の動き出しと戦術理解にアルバ(18番のAlba)とオルモ(21番のOlmo)の位置的優位が加わり、ドイツの右センターバックと右サイドバックの間にギャップが発生(下写真)。しかもスペインは数的優位に立った。
モラタ(7番のMorata)がターゲットに定めたのが右センターバックのニクラス・ズーレ。足が速くないズーレの近くにポジショニングしつつ、チャンスをうかがった。狙いが結実したのが62分。ズーレを置き去りにしてニアポストに走り込み、先制点をマークした。
ドイツの戦術的キーポイント
守備面での改善
ハンジ・フリック監督は「4-2-3-1」システムを採用して中盤にブロックを構築(下写真)。ライン間をコンパクトにして守ることを選択した。
主な目的は中央からの進入を防ぐこと。4つラインと最後方のGKが協力してスペースを消すブロックを形成し、スペインがボールを外に動かすように仕向けた。さらに、サイドバックが相手のウイング、相手のサイドバックにはサイドハーフ(「3」のサイド)が対応することでボールの奪還を目指した。
しかし前半は選手同士の距離感が悪く、守備ブロックがたびたび下がった。結果として、ボールを奪ってから放ったカウンター・アタックの切れ味も失われた。
後半に入ると、選手同士の距離感が改善され、守備に厚みが加わった。結果、フリーなスペインの選手が減り、位置的優位も低下。ドイツは、クリエイティブ・ゾーンにおけるコンビネーション・プレーを阻止できるようになった。
狙いはガビの背後
フリック監督は自陣でのプレッシャーを回避するための策を打ち出す。飛び出す、追い越すという動きに関する共通認識を選手に持たせてオートマッチ化し、スムーズな局面打開を試みた。
第1段階は、クリエイティブ・ゾーンにいる精力的、かつスピーディーなレオン・ゴレツカ(8番のGoretzka)がガビ(9番のGavi)を誘う動きを実行。一方、ジャマル・ムシアラ(14番のMusiala)は、最終ラインの前にスペースを作るために彼をマークするロドリを引き出すようにドロップする。できたスペースを利用するのは「3人目の動き」を見せたゴレツカかイルカイ・ギュンドアン(21番のGundogan)。こうしてガビの背後がとれれば、相手陣内への大きな関門を越えたことになる。広大なスペースが広がっているため、ドイツの選手がアタッキングサードまでボールを前進させるのは造作もないことだった。
相手を中央で仕留める
「4-2-3-1」システムでミッドブロックを採用していたドイツだが、スペインのビルドアップに対して「2-3-1-4」システムで対抗するようになる。スペインの攻撃の肝であるダイヤモンドによる攻撃に対して可能な限り多くのフィルターをかけるためだ。同時に、相手を追い込む方向も変更。中から外ではなく、外からスペースのない中に追い込んでボールを刈り取ることにした。
具体的な仕組みを解説しよう(下写真)。
ダブル・ピボットを組むゴレツカ(8番のGoretska)とヨシュア・キミッヒ(6番のKimmich)がスペインのインテリオール、ガビとペドリに目を光らせた状態で2人へパスが出るようにドイツは誘導。「次が予測可能」な状態を前もって作り上げ、パスが出たら一気に寄せてボールを奪うのだ。理想は、GKウナイ・シモンにパスを戻させてインテリオールに出させるか、大きく蹴り出させるものだった。
1トップのトーマス・ミュラー(13番のMuller)も共闘。シモンが逆サイドへ展開できなくするためにボールを受ける可能性が高いセンターバックに対して強くプレッシャーをかけた。
こうしてドイツはビルドアップを阻止し、リスクを伴う前からのプレッシングをできるだけ短時間で終えられるように努めた。
フュルクルクの投入
70分、フリック監督はニクラス・フュルクルクを投入。彼は、スペインの左サイドバックと左センターバックの間にポジションをとった。
交代カードを切る数分前のプレーが指揮官の決断を後押しした可能性は高い。ビルドアップ時にラポルテが運ぶドリブルをミス。大事には至らなかったが、明らかにスペイン人選手のポジショニングはアンバランスだった。ラポルテ、ロドリ、そしてサイドバックの距離感はまばらであり、かつペナルティーエリア付近まで下がっていた。このような状況の発生時にスナイパーのようにチャンスを逃さないフュルクルクがいれば、ミスが得点につながる可能性は極めて高い。
読みが的中したのは12分後だった。
ドリブルで上がったラポルテのミスパスをルーカス・クロスターマン(16番のKlostermann)がインターセプトしてレロイ・サネ(19番のSane)にパス。サネは右サイドから中央にドリブルすることでムシアラ(14番のMusiala)とフュルクルク(9番のFullkrug)がマークを外すタイミングを作り出す。2人はラポルテの背後を突き、最終的にフュルクルクが強烈なシュートを叩き込んで同点ゴールを生み出した(下写真)。
翻訳:石川桂