数的優位とは?
サッカーでよく使われる『ローバーロード』、日本語で言うところの数的優位とはどのような状態か? 端的に定義するならば、「ピッチ上の特定のエリアにおいて、一方のチームの選手数が他方のチームよりも多い」となる。また数的優位な状況はイン・ポゼッション(攻撃時)でもアウト・ポゼッション(守備時)でも発生する。イン・ポゼッションであれば、オリジナル・ポジションから選手が移動することで数的優位を作り出せる。例えば、ウイングの選手がインサイド・チャンネル(ハーフスペース)に入ってセンターフォワードをサポートしたり、サイドハーフの選手が高くポジショニングしてウイングに近寄ったりすることで相手より数的優位にできる。具体的には、「センターフォワード&ウイングvs相手センターバック」や「ウイング&サイドハーフvs相手サイドバック」といった「2対1」を作り出せるのだ。
アウト・ポゼッション時には、数的優位な状況にして守るのが基本的な戦略となる。「1対1」などの数的同数は守備側にとっては望ましい状況ではない。「相手の1トップに対して2人のセンターバック(4バック)」、「相手の2トップに対して3人のセンターバック(3バック)」など、数的優位にできる仕組みがシステムに組み込まれていることも多い。
組み込まれたシステムを採用しないにしても、「数的優位で守る」という思想はディフェンシブサードにおいてよく現れる。
究極的には、攻撃側はアタッキングサード(相手のディフェンシブサード)で数的優位にして攻めたく、守備側はディフェンシブサード(相手のアタッキングサード)で数的優位にして守りたい、のだ。
数的優位を作り出す工夫
数的優位を生み出すための基本的なフォーマットを紹介しよう。
①「4-3-3」システムを採用したチームが中盤で数的優位を生み出す(下写真)
ビルドアップからイン・ポゼッションにおいて4バックを編むサイドバックの一方(80番のPalmer)が中盤に上がり、シングル・ピボット(16番のRodri)の横に陣取ることでダブル・ピボットへと変形。2人のインテリオール(8番のGundoganと17番のDe Bruyne)を加えてピッチ上に四角形を描く。こうして最終ラインからボールを受け取り、4人でポゼッションする。一方、3人になった最終ラインの選手はピッチの横幅をカバーできるように選手間を調整する。
マンチェスター・シティを率いるペップ・グアルディオラ監督はこのパターンを好む指揮官の一人。カイル・ウォーカー(右サイドバック)、ジョアン・カンセロ(両サイドバック。現在はバイエルン・ミュンヘン)、オレクサンドル・ジンチェンコ(左サイドバック。現在はアーセナル)というサイドバックが攻撃に転じるとピボットとなった。
フィリップ・ラーム(2017年に引退)もグアルディオラ政権下のバイエルン・ミュンヘンでは右サイドバックからピボットに転じて攻撃を組み立てた。
なお、紹介してきたサイドバックを『偽サイドバック』とも呼ぶ。
②ピボットがドロップして3バックへ(下写真)
4バック内に2人いるセンターバック(4番のDanteと17番のBoateng)の間にピボット(39番のKroos)がドロップして3バックに組み直し、押し出された両サイドバック(21番のLahmと27番のAlba)が中盤のセンターに入るパターンもある。また、ポジションを上げたサイドバックがタッチライン際に留まる形もある。
この変形による最大のメリットは相手の2トップに対して数的優位にできること。「3対2」にしてボールを動かして相手をスライドさせ、ギャップを突いて第1守備ラインを越える。ターゲットは2人のサイドバックか2人のインテリオールになる。
ピボットをドロップさせるのではなく、GKと2人のセンターバックでビルドアップを開始するケースもある。ただし、この戦法を採るにはボールをしっかりと足で扱えるGKの存在が不可欠であり、それなりのリスクも背負うため、採用障壁はそれなりに高い。
マンチェスター・シティ時代のフェルナンジーニョ(アトレチコ・パラナエンセ)、ファビーニョ(リバプールFC)、ロドリ(マンチェスター・シティ)、トニ・クロース(レアル・マドリード)、カルバン・フィリップス(マンチェスター・シティ)、セルヒオ・ブスケッツ(FCバルセロナ)などが、ピボットでありながら最終ラインに入ってビルドアップをスタートさせる選手の代表格だ。
③サイドバックに対する数的優位
数的優位(数的不利)な状況に試合で最も遭遇するのはサイドバックだろう。
構造的には相手サイドバックとウイングが直接対峙し、サイドバックがオーバーラップしたり、インテリオールが横に寄せたりして「2対1」にする。この状態下のボール保持者はランニングする味方へパスを送ってもいいし、味方のランをおとりにして自らカットインしてシュートを打ってもいい。打開策は豊富だ。
リバプールFCはこのエリアでのオーバーロードをつまく活用する。右サイドではモハメド・サラーとトレント・アレクサンダー=アーノルド、左サイドではサディオ・マネ(バイエルン・ミュンヘン)とアンディ・ロバートソンという強力コンビがサイドの壁を打ち破った。「2対1」にする巧みさだけでなく、素晴らしい連係が高い攻撃力の源泉だった。
④FWがドロップして数的優位に
「4-4-2」システムから一方のFWが下がって数的優位を中盤で作るパターンもあるが、より現代的なのは「4-3-3」システムのセンターフォワードが中盤に下がって中盤中央、しかも高いエリアで数的優位をクリエイトするものだろう。いわゆる『偽9番』だ。相手センターバックがフォローすればいいという意見もありそうだが、バックスペースを空けることに対する懸念は拭い難い。数的優位を解消するためには中盤の選手を下げることになる。
リオネル・メッシ(現在はパリ・サンジェルマン)はFCバルセロナでの終盤、偽9番として際立ったプレーを披露。巧みな押し引きで中央を破った。カリム・ベンゼマ(レアル・マドリード)は本格派ストライカーの印象が強いが、偽9番として攻撃を引っ張ってきた。特にクリスティアーノ・ロナウド(現在はアル・ナスルFC)の能力を引き出す上で欠かせない存在だった。
スペイン代表で偽9番役を担ったのがセスク・ファブレガス(10番のFabregas。現在はカルチョ・コモ。下写真)。中盤で数的優位を生み出して確実にパスを循環させ、圧倒的なポゼッション率で試合を優位に進められるようにした。
アウト・ポゼッション時に数的優位を得たいのであれば、ローブロックが最も有力な選択肢になるだろう。ウイングやサイドハーフが下がってサイドバックをサポートすれば、「1対2」などの数的不利にサイドで陥りにくくなる。仮に相手のサイドバックが上がって来なければ、数的優位な状態で守れる。とりわけ、1トップのチームに対しては中央の危険エリアで数的優位にでき、周囲を囲むようにして自由を奪える。
ただし、ローブロックには「相手ゴールから遠い位置で攻撃を開始する」というデメリットもある。
メリット
言うまでもなく、周囲にいる味方選手が多ければ多いほどパスコースは増える。相手と数的同数であればパスコースは消されることになるが、数的優位であれば理論上はフリーな選手へのパスコースが確保されていることになる。これが一般的なメリットだ。
1人のDFが2人に対応しなければならない「1対2」であれば、DFは選択を迫られる。ボール保持者に寄せるか、距離を保ちつつボール非保持者へのパスを阻止するか、だ。イン・ポゼッション側とすれば、ディレイさせられて余計な時間を費やすことなく素早く攻撃を進めたい局面になる。
アタッキングサードでの数的優位は得点に結びつけられる可能性を高められる。フリーな選手はシュートを打ちやすいばかりではなく、シュート・フェイントで複数の相手を誘い込めれば、さらに楽にフィニッシュできる味方へのパスも可能になる。
また、数的優位を生み出す上で欠かせない「オリジナル・ポジションから離れる」という特性にも目を向けるべきだろう。例えば、プレー・エリアを変えることでミスマッチを引き起こせる。背の低い選手に高い選手、足の遅い選手に速い選手をあてがうなど、相手の弱点を突くことで数的優位の利点をさらに高めることを考えてもいい。
数的優位のメリットは基本的に密集によって得られる。一方で、意図的に孤立を作り出して優位になるアプローチもある。
攻撃側があるサイドに密集すれば、数的不利に陥りたくない守備側も同サイドに多くの選手を割くことになる。その時、攻撃側のウイングやサイドハーフが逆サイドに張り付き、サイドチェンジのボールを待ち構えるのだ。この選手は密着マークを受けないだけでなく、広いスペースを手にしてプレーできる。ボールサイドを攻略できなければ逆に振り、サイドアタッカーが「1対1」を突破するというのが理想のシナリオになる。
「孤立の優位」を成功させるにはある種の選手の存在が不可欠。バイエルン・ミュンヘン時代のフランク・リベリー(2022年に引退)やアリエン・ロッベン(2021年に引退)など、圧倒的なスピードとテクニックに恵まれたサイドアタッカーがいなければ成り立たない。
デメリット
数的優位を作り出し、そのメリットを享受するには安定したポゼッションが前提になる。
なぜなら、数的優位にするには、オリジナル・ポジションにいた選手がボール保持者に近寄る必要があり、その間ボールを保持できなければならないからだ。相手が目の色を変えてボールをハントしようとしている中でもポゼッションできる技術と精神力が求められる。簡単にポゼッションを断念するようでは数的優位を作る時間的猶予は得られないし、数的優位にする過程でボールをロストすればカウンター・アタックの餌食になるだけだ。
マルチタレントを手に入れられるクラブの財力が必要とされる部分もある。
すべてのセンターフォワードが偽9番のように振る舞えるわけではなく、すべてのピボットがセンターバックの間にドロップしてビルドアップに参加できるわけではない。ピースを埋めるように選手を獲得できる予算が求められるだろう。下部組織からそうした選手を育ててトップで起用すれば金銭面は抑えられるが、狙い通りに選手が育つとは限らないし、高値を付けられて放出せざるを得ないこともあるだろう。そうした時のバックアッププランがなければ、チーム力は一気に低下する。
そもそも、オーバーロードは無敵の戦術ではない。
ボールを保持している時はいいが、ボールを失った時に弱点を露呈させるチームは少なくない。例えば、数的優位を作るために選手をあるエリアに集めたならば、ほかのエリアは手薄になる。フリーな選手がいることになる(「孤立の優位」)。ボールを失った直後に手薄なエリアやフリーな選手を使われれば、ピンチを招くのは火を見るよりも明らかだ。このデメリットの解消策の一つがカウンター・プレスである。
数的優位のメリットを活かす方法
数的優位にすることの最終目的はポゼッションではなく、ゴールを陥れること。だから、チャンスがあれば可能な限り素早く攻撃を前進させるべきである。そもそもサッカーはロースコアなゲームであり、アタッキングサードで攻撃側が数的優位になるのは稀。仮に、相手陣内で攻撃側が数的数位に立てたならば、相手の失策を見逃さず、素早くゴールを目指すのが定石になる。
だから、数的優位になった時にサポートする選手がフリーランニングで前に飛び出すのは非常に有益なこと。多彩なサポートの動きを絡めることでチームとして手際良く前進し、ボール保持者のドライブを容易するのが最良の攻撃だ。
オーバーロードにおいて、フリーランナーをうまく活用するにはパスのタイミングが重要。タイミングを意識し、かつDFに近い足で素早くパスできたならば、DFはリアクションが難しくなり、走者に追いつくのも困難になる。
パスのディテールは、守備のサイドバックに対して「2対1」にした時により大切になる(下写真)。パスの質、角度などが適切であれば、後方から加速して来る受け手(26番のRobertson)はスピードを落とすことなくボールをコントロールでき、次のプレーにスムーズに移行できるからだ。
数的優位に対する守備戦術
攻撃側が数的優位、つまり守備側が数的不利な状況に陥った時、最も優先すべきは攻撃を遅らせること。焦って飛び込んで抜かれたりすれば、いたずらに傷口を広げるだけだ。それを避けて味方の帰陣を促したい。
サイドでの数的不利であれば、タッチラインをうまく利用したい。ポジショニングを工夫してサイドにいる選手へとボールを誘導し、最終的に追い込みたいのはタッチラインを背負ったボール保持者との「1対1」。この理想形に仕上げられないにしても、サイドに追い込み、さらにコーナーフラッグ付近へと押し込むことを目指す。そうしたプロセスにおいて味方が守備に戻れれば、
「1対2」の数的不利から「2対2」へと状況を好転できる。
タッチラインに追い込めないエリアでのオーバーロードでは、守備側の選手が選べる手段はかなり限定される。最優先事項は、ボール保持者の前進を阻むこと。少しでも前に進むことを遅らせて時間を稼ぎたい。次に考えるべきはボール保持者の利き足だ。ゴールに近いエリアでは特に相手の利き足ではない足でボールを扱わせるようにして失点のリスクを軽減したい。
リトリート&ローブロックを守備の基本としているチームでは数的優位への対処の独特だ(上写真)。ネガティブ・トランジション後、選手はボールを追わずに守備ポジションへ戻ることを優先する。つまり、オーバーロードが発生するのは守備ブロックの外側。むしろ、ブロックの外にある数的優位は関知しないと言ってもいい。
ボール奪取を目指すのはブロック内にボールが入った時。その歳、ゾーン・ディフェンスからマンマーク・ディフェンスに切り替えるチームもある。ブロックの基本構造を維持しつつ、ボール保持者をある特定の選手が置い続けるためである。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部