コンセプト
近年、サッカーの戦術分析が加速度的に発展している。そのため、同じ戦い方がシーズンを通じて同じ結果をもたらさないのは当然として、試合ごと、あるいは試合中にも状況、つまり相手の出方に合わせて戦い方を柔軟に変える必要がある。
こうした状況はチームを預かる監督、そして実際にプレーする選手に難題を課すことになる。しかし、チームの対応力や流動性の高さは豊かなゲームの源泉だ。観客が求めていることでもある。チェスにたとえられることもあるサッカーの醍醐味と言ってもいい。3バックの復権も可変性を高められることを理由の一つに挙げてもいいだろう。
「3-4-3」、「3-4-1-2」、「3-1-4-2」、「3-5-2」というシステムは「守備的だ」という理由から長らくガレージの片隅に追いやられてきた。しかし、近年見られる3バック・システムは必ずしも守備的ではない。もしろ先駆的な監督は攻撃時のメリット、とりわけビルドアップ時の利便性を考えて3バックを採用していると言っていい。ゴールキック時にペナルティーエリア内でボールを受けられるようになったレギュレーション変更も影響しているだろう。
守備面では、5バックに移行しやすい点は、試合の展開に応じやすくしてくれる。
「3バック・システムは、フィールドを大きく使い、ピッチ全体において『1対1』の状況を作り出せる可能性を増す。また『1対1』は、選手たちの身体能力が高まったため、現代サッカーの基本であるトランジション時に利を得やすい構造と言える」
–ロベルト・マルティネス(『エル・パイス』紙への寄稿)–
3バックの信奉者は、3バックは正しいバランスをチームに与えてくれると考えている。多くのパスコラインを描け、パス交換やロングパスによって『ボールの出口』を設けられるからだ。
ボールの出口は、スペイン語の「サリーダ・デ・バロン」(Salida de balón。サリーダは出口、バロンはボール)を訳したもの。極めて簡単に言えば、プレッシャーをかいくぐってプレッシャーのないエリアにボールを運ぶためのプレーを指す。
また、3バックによってGKが被る恩恵も少なくない。とりわけゲームを再開する際、GKは多くのパスコースを手にできる。3人のセンターバックはもちろん、ボランチやインテリオール、FWさえもパスを送る選択肢になり得るのだ。
多くのパスコースが存在することはプレーの連続性を高める。しかも、異なる高さのパスラインを引ければ、守備側はボールを回収しづらい。こうしたパスコースを実現するのが3バックであり、3バックは相手陣内でのプレー回数を増やす。
3バックを採用して結果を残している主なチームと監督を紹介しておこう。
代表格がジャン・ピエロ・ガスペリーニ率いるアタランタBC。トーマス・トゥヘル時代のチェルシー、マルセロ・ガジャルドのCAリーベル・プレート、ガブリエル・ハインツェが率いるベレス・サルスフィエルドなども3バックを採用している。
また、『エル・パイス』紙の分析によれば、ベルギー代表(ロベルト・マルティスネ監督)、ドイツ代表(ヨアヒム・レーブ監督)、イングランド代表(ガレス・サウスゲート監督)などが3バックを取り入れている。
モデル・ケース
モデル①:守備ラインを越える
まずは、アタランタの戦術(基本システムは「3-4-2-1」か「3-4-1-2」)を見ていこう(下写真)。
ビルドアップをGKが開始する時、3人のセンターバックは可能な限りワイドにポジショニング。特徴的なのが、1人のセンターバック(32番のPessina)が斜め後方へ下がり、もう1人のセンターバック(6番のPalomino)がサイド寄りの高い位置に入ってGKに高い位置でのパスコースを提供することだ。さらにダブル・ピボットの一方(88番のPasalic)が少し下がってパスを受けられるようにする。
下がったセンターバックは相手が寄せて来なければGKからパスを受け、相手FWが寄せて来たらダミーとなる。ボランチが下がるのは、相手FWを牽制し、GKへプレッシャーに行けないようにするためでもある(フリーになればパスを受ける)。
写真においてホセ・ルイス・パロミーノ(Palomino)の担った役割は守備ラインを越えてパスを受けること。彼のポジションでボールを受けられれば、相手FWによる第1守備ラインを1本のパスで越えられる。
仮に相手がビルドアップを阻止するために多くの選手を割いてハイラインを敷いたとしても、アタランタには解決策がある。手薄になった相手の守備ラインにロングパスを送り、ゴールに迫ればいいのだ。
相手はジレンマに陥る。前から詰めれば後ろを狙われる、ミッドブロックを組めば攻撃の一歩を簡単に始めさせることになる、と……。
ある意味、最も古典的なサリーダ・デ・バロンは前線にロングボールを送り込むダイレクト・プレーと言える。
モデル②:持ち場を離れて受ける
ビルドアップに対し、相手がミッドブロックを築いた時には3バックによるサリーダ・デ・バロンに変化を加えるチームもある。よく見られるのが、オリジナルのポジションから離れてボールに接近してボールを受けようとするプレーだ。そうすることで、技術レベルのより高い選手がレシーブすること、そしてミッドブロックに揺さぶりをかけることを目論む。
アタランタもこうした戦術を採用(下写真)。GKフアン・ムッソ(1番のMusso)からパスを受けようとして下がって来たマリオ・パシャリッチ(88番のPasalic)はフリーでボールを受けて前を向ける。相手はミッドブロックを崩したくないからだ。ボールを受けたボランチがボールをドライブしたならば、相手は対応せざるを得ない。例えば、相手のMFが前に出て来たならば、その動きで空いたスペースにウイングやサイドハーフは滑り込んでパスラインを引く。こうした連動性で打開していくことになる。
モデル③:センターバックがサイドをドリブル
ボールの出口をサイドに求めるのがリーベル・プレートだ(下写真)。センターバックの1人(6番のMaritinez)がサイドでボールを受けてタッチライン際を前進する。
一見、簡単に思えるが、インサイドにいる選手が事前に備えなければ成功しないし、言うまでもなく、ボールを失ってピンチを招くようなことは最大限避けなければならない。
ボール・ホルダーを支援する選手が欠かせない。下写真では、エンツォ・フェルナンデス(13番のFernandez)がボール・キャリアーをフォローし、パスコースを提供しつつ、ドリブルで前進する選手の背後をカバーできるようにしている。
「2対1」の状況を存分に活用。相手のピボットが、ドライブするルーカス・マルティネスにプレスに行けばフェルナンデスがボールを受ける。また、相手ピボットがプレスに行かなければ、マルティネスはプレッシャーを受けずに前進する。
モデル④:センターバックが中央をドリブル
モデル①や③で紹介したアタランタのオプションともいうべきものが、センターバックがボールをキャリーするものだ(下写真)。
相手が自陣での守備陣形を保ちながらウイングバックへのパスコースを消した時、アタランタが選択するのはセンターバック(28番のDemiral)がドリブルでボールを運ぶことだ。
例えば、最深部まで下がった中央のセンターバックがボールを受けられる可能性は高い。この時、タッチライン際に広がった両センターバックなどを警戒していた相手はボール・キャリアーから離れているため、中央をドリブルする選手にプレスするのは簡単ではない。あるいは、「寄せたら外を使われる」という思いから中途半端なアプローチになりやすい。中央を進めば、前の選手が寄せることになり、結果、前線の選手(77番のIllic)がフリーになり、新たなパスラインが引かれることになる。つまり寄せて来たらパス、寄せて来なければドリブルで前進というサッカーの極めて基本をなぞるようなアプローチである。
もちろん、ボール・キャリアーは中央のセンターバックに限らない。相手の守備ブロックが低ければ、左右のセンターバックがボールを運ぶケースもある。
もっとも、難点がないわけではない。
まず、ボールを保持したセンターバックが自陣からドリブルで前進することにはリスクが伴う。ボールを失えば、無防備なゴールを相手に攻められるからだ。ポジションのローテーションをはじめとした備えが欠かせない。また、ドリブルで進める技術と的確な判断力が求められるのも難点と言えそうだ。
全体的な技術水準が上がったとは言え、高さと強さ、そして攻撃面での判断力や機動力を兼ね備えたセンターバックはさほど多くない。実現にはスカウティングや育成からの統一が必要だろう。
3バックによるビルドアップ時のメリットを紹介してきたが、4バックで守りながらビルドアップ時に3バックへ変形するチームもある。
4バックから3バックへのシフト・チェンジには以下のような方法がある。
1:ボランチがドロップ①
両サイドバックが上がってセンターバックが広がり、その間にボランチが落ちて3バックを形成
2:ボランチがドロップ②
ボランチがセンターバックの脇に落ち、センターバックが逆にずれながら広がる。サイドバックは高い位置に上がって3バックを形成(①とはボランチの下がる位置が違う)
3:サイドバックが上がる
一方のサイドバックが高いポジションへと移動。2人のセンターバックと逆のサイドバックで3バックを形成
4:センターバックが上がる
一方のセンターバックが中盤中央の高いポジションへ移動。2人のサイドバックと残ったセンターバックで3バックを形成
5:GKが高い位置へ移動
両サイドバックが上がってセンターバックが広がり、その間にGKが上がって3バックを形成
プレッシャーをかいくぐってプレッシャーのないエリアへボールを運ぶ上で最も重要なのは採用しているシステムと言うよりも、選手の動きや役割である。なぜなら、4バックでも3バックでも、いかも同じシステムを採用していても、いくつかのサリーダ・デ・バロンが可能だからだ。
その背景にあるのはチーム事情。選手の戦術理解度や技術レベルというものが少なくない影響を与える。また、チームを率いる監督が「ビルドアップのリスク」をどのように考えるか、によっても変わる。