ウナイ・エメリ
ビジャレアル, 2020–
PROFILE
1971年11月3日生まれのウナイ・エメリは『リーガ・エスパニョーラ』とフランスの『リーグ・アン』で名声を高めたのち、2018-20シーズンはアーセナル(イングランド)を指揮。ヨーロッパリーグ(以下、EL)の決勝(1-4チェルシー)に導いたが、2019-20シーズンの途中に離任し、2020-21シーズンからビジャレアルの監督としてスペインに復帰している。
彼は、予算の限られたクラブでも、豊富な予算を持つクラブであっても、優れたチームを構築できる手腕の持ち主。しかもELでは最多となる優勝4回(2013ー14シーズンからセビージャで3連覇、2020-21シーズンはビジャレアル)を誇り、優秀な指導者として高い評価を得ている。
パリ・サンジェルマン(以下、PSG)でエメリ監督の下でプレーしたエディンソン・カバーニは言う。「ウナイはパリに到着した瞬間からサッカーに対する情熱を見せてくれた。彼の仕事ぶりは本当に素晴らしい。試合の勝敗を決するのはディテール。だから、集中力が必要とされる。勤勉な監督だからこそ、あらゆる国でタイトルやトロフィーを獲得できたのだ」
プレー・スタイル
エメリは「4-2-3-1」システムを多用してきたが、「4-4-2」の使い手でもある。いずれのシステムであっても、彼のチームではダブル・ピボット(ボランチ)が攻撃力を左右する仕様となっている。バレンシアCF(2008ー12シーズンに指揮)ではダビド・シルバとエベル・バネガ、セビージャ(2013-16シーズンに指揮)ではステファン・ムビアとダニエル・カリーソ、アーセナルではマテオ・グエンドゥジとグラニト・ジャカが影響力を発揮。現在、率いるビジャレアルではマヌ・トリゲロス、ダニ・パレホ、エティエンヌ・キャプー、そしてフランシス・コクランらが重要な存在になっている。
バレンシアとセビージャではカウンター・アタック型の「4-2-3-1」を主体としていたが、状況によっては「4-4-2」にしてポゼッションを重視するオプションも用意していた。特にELを3連覇したセビージ(下写真)ャでは、空中戦で強さと優れたオフ・ザ・ボールを武器とするムビア(22番のM’Bia)とビセンテ・イボーラ(12番のIborra)が中心となって早いテンポでボールを動かしつつ、ポゼッション面でも優位性を発揮する好チームを作り上げた。
パリ・サンジェルマン時代(2016ー18シーズンに指揮)に「4-2-3-1」や「4-3-3」を多用したのは、カバーニを筆頭に、縦に速い攻撃で持ち味を発揮する選手が多くいたためだ。そして4バックの高い守備力とチアゴ・モッタ、アドリアン・ラビオ、マルコ・ヴェラッティというMFが見せる献身的なプレーを基盤として、アタッキング・サードでの自在なプレーとエメリ監督の好む素早いトランジションからの攻撃を実現した。またセビージャでは、イバン・ラキティッチ(11番のRakitic)、ホセ・アントニオ・レジェス(19番のReyes)、ビトーロ(20番のVitolo)という3人のMFが『ローテーション』(1人がボールを持たずに広く動く)して攻撃のバリエーションを確保。さらに、パワーとスピードを活かしてゴールに迫る主力ストライカー、カルロス・バッカ(9番のBacca。上写真)をサポートした。同時に、素早く相手陣内にボールを送ることでバッカの「1対1」の強さを引き出した。
エメリの「4-3-3」(上写真)では特徴的な点が見られる。それは、サイドバックが高い位置へ移動すると同時に左右に開いたセンターバックの間に守備的MF(25番のRabiot)が下がってビルドアップを開始すること。そして3トップは間隔を狭めるようにポジションどりし、守備の的を絞らせない。後列では、インテリオール(18番のLo Celso)の1人が最終ラインからのパスを受けるように働き、もう1人(27番のPastore)は3トップの背後へ走り込むようにしていた。
PSGの次に率いたアーセナルでは当初、スピーディーなカウンターをベースにしつつ、状況に応じてボールを保持。攻撃の中核を成したのはMFジャカだった。オリジナル・ポジションから下がることで相手選手を引きつけてスペースを生み、ボールを受けても受けなくてもポゼッションを支える役目を果たした。
アレクサンドル・ラカゼットを1トップに据える「4-2-3-1」システムのほかに、ピエール=エメリク・オーバメヤンとラカゼットで2トップを組む「4-4-2」も整備したのがアーセナル時代。2トップの場合、オーバメヤンはやや低い位置に入って攻撃のリンクマンとなりつつ、ラカゼットの得点力を引き出す役目を担った。オーバメヤンの任務はセビージャにおけるバッカのそれと似ていた。
さらに、右サイドバックのヘクトル・ベジェリン(2番のBellerin)が果敢に前へ飛び出し、中央の味方からマーカーを引き離すアプローチもあった(上写真)。一方、FWラカゼットとMFメスト・エジルはライン間に巧みに進入してボールを受け、ボールを左右に展開したり、前向きの選手にボールを渡したりして攻撃を加速。またバレンシアやセビージャでも見られたことだが、ポゼッションで優位に立てたならば、サイドバックがハーフウェーライン付近まで攻め上がる(下写真)。その時のピボットは、アーセナルであれば、ジャカ(34番のXhaka)が中央のポジションを担当し、もう一方のグエンドゥジ(29番のGuendonzi)は広範囲にわたってプレー。攻撃をサポートするために積極的に前に飛び出すだけでなく、相手のカウンターに対するケアも怠らなかった。
現在も指揮するビジャレアルでは「4-2-3-1」も採用しているが、「4-4-2」の採用頻度も高い。システムにかかわらず、エメリ監督が求めるのはコンパクトな陣形。ジェラール・モレーノ、パコ・アルカセルなどの2トップは中央にポジショニングし、相手センターバックと「2対2」となるようにする。時には2トップの一方が中盤にドロップし、代わりに近いサイドのサイドハーフが前にスプリントして2トップを編成する。
ボールを保持できる状況では、サイドバックが高い位置に進み、サイドハーフは中央に入ってダブル・ピボットや2トップをサポート(下写真)。例えば、マヌ・トリゲロス(14番のTriguers)がサイドハーフに起用されたならば、低い位置から攻撃参加するのではなく、中央に入って正確なパスワークで攻撃を支援する。
サイドハーフがサイドに留まり、サイドバックも最終ラインに居続けるケースではセンターバックがポジションを上げて前に位置するピボットと攻撃を組み立てる。その際、もう一方のピボットは攻め上がったセンターバックの代役を果たし、センターバックの攻撃参加を促す。
ディフェンスとプレッシング
守備を重視するエメリ監督は通常、ディフェンスラインを高くし、自陣ゴールから離れたエリアでの守備とアグレッシブなプレッシングを重んじる。「ハイライン&コンパクト」は守備のためだけではない。意図的にスペースを生み出すことで素早い切り替えからのカウンター・アタックを効果的にする狙いもある。
仮にハイラインを敷けない時、あるいは相手のプレッシングが厳しい時には『ミッドブロック』(守備ブロックを下げる)に変更。ダブル・ピボットは中央の守備に集中し、センターバックと連係して個人で、そしてユニットで守る。
セビージャ時代の守備から振り返っていこう。セビージャには放り込み攻撃やペナルティーエリアへのクロスをはね返す能力の高い選手が揃っていた。そのため、ラキティッチ(11番のRakitic)、ビトーロ(20番のVitolo)、レジェス(19番のReyes)という2列目はソリッドな守備ブロック(下写真)からタイミング良く飛び出して攻撃を繰り出した。
一方、守備を厭わないメンタルとアグレッシブで激しいデュエルを挑めることがダブル・ピボットの必須条件。いや、それはエメリ監督のチームでプレーする全選手に求められるものと言うべきだろう。なぜなら彼のチームでは、カウンターを繰り出せる瞬間まで我慢強く守る必要があるからだ。
チャンピオンズリーグでヨーロッパの強豪と対戦時のPSGは「4-3-3」から「4-5-1」(下写真)にシフトして守ることがあった。その際にはアンヘル・ディ・マリアがベンチに回り、サイドのネイマール(10番のNeymar)がカウンターをリードした。
また積極的なプレッシングを控える試合では、攻撃的を得意とするMFがポジションを上げて2トップを編成し、サイドハーフが中央に入ってダブル・ピボット(「4-2-3-1」か「4-4-2」)や「4-3-3」システムのシングル・ピボットをサポートする。すると、カウンターを仕掛ける可能性は減るが、中央のレーンを守ること、つまり相手選手とポゼッション・エリアをサイドに押し出しやすくなった。
守備時のアーセナルは状況に応じて「4-2-3-1」と「4-4-1-1」を使い分けていた。守備構造やラインの間隔が異なる中、コンパクトにして守るためにジャカ、グエンドゥジ、ルーカス・トレイラ、アーロン・ラムジーという中盤がバランス維持に注力。一方、ボールを保持していない時のエジルとオーバメヤンはワイドにポジショニングし、ネイマールと同様、カウンターの先導者となった。
エメリ監督はアーセナルでハイラインにも取り組んだ(下写真)。この戦術では、ボール・サイドの選手(14番のAubameyang)が高い位置に張り出してプレッシャーを与え、ボールのないサイドの選手(写真では7番のMkhitaryan)はピッチの内側に絞ってダブル・ピボットと協力してスペースをカバー。そして中央のMF(10番のOzil)の動きに合わせてラカゼット(9番のLacazette)も動き、相手のポゼッション・エリアをコントロールしてボールを囲い込んでのボール奪取を狙った。しかしながら、ミドルブロックほど機能せず、ハイラインの導入は成功とは言い難かった。ミドルブロックを採用し、やや下がった位置でプレッシャーを与えてボール狩りを狙うほうが効果的だった。
アーセナルでの経験からか、ビジャレアルでも「4-4-2」システムでのミッドブロックをエメリ監督はメイン戦術に据え、ピッチ中央から相手を押し出すようにしている。守備のほうこうづけをするのは2トップ。ボールに近いほうのFWが横からボール保持者にアプローチし、ワンサイドカットすることでサイドへと追い込んでボール奪取の下準備を行なう。もちろん、ライン間を狭めて間に入らせないようにする必要もある。
「4-4-2」のミドルブロック守備(下写真)では、サイドハーフ(11番のChukwuezeと14番のTrigueros)とピボット(25番のCapoueと5番のParejo)の間にあるスペースが相手に狙われやすい。それに対し、ビジャレアルのピボットはスペースを使わせないように積極的にプレスし、サイドハーフはスペースに進入しようとする選手をフォローしなければならない。ブロック内の選手にボールを差し込まれた時にピボットがボール保持者の近くにいるならば、狭めているブロック内で積極的にプレス。ボールを外へ外へと追い出す。
守備陣形にはオプションもある。
1つは、よりアグレッシブな守備が求められる場面で、PSGと同様、ピボットが前進して前のラインの人数を増やすもの。もう1つは「4-3-3」で見られる。両ウイングが2列目まで下がって「4-1-4-1」のようになって4人の壁を築く。
エメリ監督が『イエロー・サブマリン』(ビジャレアルの愛称)において改善しようとしているのがこの点。指揮官は中盤が間延びすることを憂慮しながらも、「4-4-2」におけるピボットが思い切って前に出て前からプレッシングできるようにしている。
「4-4-2」のミドルブロック守備は、ビジャレアルにとって最も効果的なディフェンス・アプローチであることは明らか。それが機能しているからこそビジャレアルは、ボールを奪い返してからの素早い攻撃や、ピッチ中央に人数をかけてのビルドアップやポゼッションができるのだ。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部