2022年10月2日、少し前ならニュースにもならないようなことが大きく報じられた。2022-23シーズンの第7節でマヨルカを1-0で下したFCバルセロナがリーガ・エスパニョーラの首位に立ったというニュースだった。FCバルセロナがトップに立ったのは833日ぶりであり、91試合ぶりだったのだ。
2021-22シーズンの途中から指揮するシャビは自らのアイデンティティーを確立しつつ、新しいチームを作り上げてきた。そして2022−23シーズンに向けては大物選手を補強し、サポーターが信じるに足るチームを率いて戦線に臨んでいる。
22試合を終えた時点でFCバルセロナは19勝2分け1敗として首位を維持。2位のレアル・マドリードとの勝ち点差は8だ。なぜFCバルセロナは、2018-19シーズン以来の戴冠に向けて最短距離にいられるのか?
5つの視点から分析する。
中盤での優位性
2021年11月6日、FCバルセロナに監督として帰還以来、シャビは「4-3-3」システムの両ウイングに攻撃の幅を確保するタスクを与えていた。しかし、時間の経過と共に彼の考えは変化しているようだ。
右サイドではウスマン・デンベレやラフィーニャという選手が依然としてタッチライン際に陣取って幅を確保。しかし左サイドは様相が異なる。高い位置に張り出した左サイドバック(アレハンドロ・バルデかジョルディ・アルバ)がサイドのレシーバーとして機能するのだ。一方、左ウイングに起用されるのはペドリやガビといったインテリオールを本職とする選手である。なお、ペドリがウイングならばガビがインテリオール、あるいはその逆というのが通常の起用方法だ。こうしたプレー・スタイルはシャビが現役時代にアンドレス・イニエスタが見せていたものに似ている。
左ウイングに起用された選手のスタート・ポジションは左サイドだが、イン・ポゼッション時には中盤の中央に移動。ピボット(5番のBusquets)と2人のインテリオール(21番のDe Jongと8番のPedri)に加勢してスクエアを形成してオーバーロードを生み出す(下写真)。また、ボールが左サイドにある場合には左サイドバックと連係して数的優位を作り出す。
つまり、左ウイングに課せられた役割は『偽ウイング』。左ウイングとしてプレーする時もあるが、臨機応変に中に入って「10番」としてプレーしてキラーパスを送ったり、自らペナルティーエリアへの進入を試みたりする。
FCバルセロナのカンテラ育ちであるシャビにとって中盤の戦いを制すること、試合の主導権を握ることはもはや義務であり、彼の思いを実現してくれているのが中盤のスクエアである。ペドリとガビ、そしてセルヒオ・ブスケッツとフレンキー・デ・ヨングという4人のクラック(スペイン語で名手)はそれぞれの個性を活かしながらポゼッションで優位に立つことに貢献。22試合終了時点でFCバルセロナの平均ポゼッション率は64。2位のレアル・マドリードに5ポイントをつけて首位に立っている。
創造的なダブル・ピボット
現在、FCバルセロナのシステムは「4-3-3」であり、ピボットはシングル。しかし、インテリオールのデ・ヨングが下がることでブスケッツとダブル・ピボットを形成するシーンがよく見られる(下写真)。ダブル・ピボットへの変更をチーム戦術に組み込むことによってFCバルセロナは攻守におけるバランスが格段に良くなった。
パートナーを得たブスケッツも恩恵を手にした。シングル・ピボットを任されてきたブスケッツはここ数年、カウンター・アタックの対処に手を焼き続けてきた。しかしデ・ヨングがブスケッツの横をケアするようになると、カウンター・アタックに限らず、相手の攻撃にサイドに追い込みやすくなったのだ。しかも2人は、センターバックが競り合ったあとのセカンド・ボールに対する読みが鋭く、守備がグッと安定した。
ダブル・ピボットにすることでインテリオールの人数が減り、重層的な攻撃が難しくなりそうに感じられるが、現在のFCバルセロナにそうした課題は見られない。むしろ攻撃面でもメリットを手にしているようだ。
ビルドアップの初期には2人の「6番」(ピボット)がポジションを変更しながら後方からのパスを引き出し、2人でパス交換したり、縦パスを送ったりする。潤滑油として働く。しかも、ブスケッツ(5番のBusquets)とデ・ヨング(21番のDe Jong)を自由にしたくない相手は前に出てプレスをかけようとするため、逆にペドリやガビといった選手がスペースを得るのだ。
デンベレの意図的な「孤立」
シャビから厚い信頼を得ている選手の一人がデンベレだろう。指揮官はデンベレに出場機会を与え、デンベレはプレーで応えてきた。左ウイングとして起用された時にはガビやペドリとのコンビネーションからチャンスを作り、右ウイングの時にはデンベレにスペースを与え、デンベレの圧倒的なスピードを活かせる環境作りに配慮。精密度のキックを両足に備える彼は、縦に突破した時には正確なクロスからゴールを導き出し、カットインした時には左足でゴールを陥れる。
デンベレ(7番のDembele)のプレーに対するキーワードは『アイソレーション』(孤立)。左サイドでボールを保持したり、中央のスクエアでボールを回したりして相手を引き寄せ、右サイドで意図的に孤立させたデンベレにパスを送るのが一つの攻撃パターンになっている(下写真)。
デンベレの圧倒的なスピードと『デュエル』における強さはこうした状況で無類の威力を発揮。スペースのある中でデンベレに「1対1」を挑まれる相手にすれば、分かっていても防御策はさほどない。仮に、デンベレ対策を施せば、ほかのエリアにある数的優位からの突破を許すことになるだろう。デンベレを含めなくても崩せるし、ポゼッションできることがアイソレーションを可能にしているだ。
デンベレがコンフォートゾーンを得られたのは最終ラインの顔ぶれも影響している。右サイドバックに起用されることが多いのはロナウド・アラウホとジュール・クンデは共にセンターバックもできる選手であり、センターバックとの連係はお手の物。守備崩壊の懸念はほとんどない。攻撃に滅多に参加しない物足りなさはあるものの、オーバラップすることでデンベレの周囲に相手選手を連れて行くこともない。この点でもデンベレは心地良い孤立を味わえるのだ。
デンベレの活躍の場は「1対1」だけではない。ロングボールを使ったダイレクトプレーやカウンター・アタックを良しとしないFCバルセロナにあってデンベレのスピードは隠したる兵器になる。高い位置で彼がボールを回収すれば彼が単独でゴールに迫り、たとえ相手が押し込んでいたとしても一瞬で流れを変えられるデンベレは脅威を与え続けられる。
ディフェンスの改善
38試合で38失点。これは2021-22シーズンにおけるFCバルセロナのスタッツだが、今シーズンは22試合で喫した失点はわずかに7である。1試合1点を失っていたチームが1試合あたり0・32失点に減少させている。
飛躍的に改善された守備を分析していこう。
2022-23シーズンから加入したクンデとアンドレアス・クリステンセン(センターバック)の活躍、そして2021-22シーズンに昇格したアレハンドロ・バルデ(左サイドバック)の台頭と2019-20シーズンにトップ入りしたアラウホの復調が好調な守備の主要因。シーズン当初はジェラール・ピケ(2022年11月4日に引退)やジョルディ・アルバといったベテランが幅をきかせていたが、バックラインは大幅に若返った。
アラウホが潜在能力を発揮し始めたのは大きな収穫。センターバックでは高い身体能力と188センチの長身を活かして攻撃をはね返し、右サイドバックではスピードと高いアジリティーを武器に相手の突破を押さえ込んだ。シャビも唯一無二の守備戦力として計算しているに違いない。
クンデ(23番のKounde)は新戦力でありながら、シャビの求めるボールへのアプローチをすぐにマスターして地歩を固めた。しかも、身長178センチはセンターバックとしては低いが、右サイドバックもこなせる彼のユーティリティーさはチームの戦い方に柔軟性を与えている。しかもクンデはエネルギッシュであり、高いインテンシティーの持ち主。さらにモビリティーの高さと破格のボール奪取能力を持つ彼がいるからこそ、チームはハイラインを維持できる(上写真)。
ハイラインはFCバルセロナ復活の端緒でもある。ディフェンスラインを高く保てるからこそ高い位置でのプレッシングが再び可能となり、ポゼッション失敗時の対策が立てられるようになったのだ。
3人目の動き
ロベルト・レバンドフスキも語り落とせぬ存在。チームの攻撃を組み立てるためにライン間でボールをレシーブでき、しかもペナルティーエリア内でゴールに対する本能とも表現すべきものを備えたストライカーの加入はチームのアタックに新たな息吹を吹き込んだ(2022-23シーズンより加入)。
実際、FCバルセロナの攻撃を仕上げているのはレバンドフスキだ。19試合に出場して15得点5アシスト(22試合終了時)というスタッツにも活躍ぶりが如実に現れている。
彼の加入によってシナジー効果を手にしたのがサイド攻撃だろう。彼のようなストライカーがいれば、クロスがゴールになる変換率は高まる。左サイドのバルデやアルバ、右サイドのデンベレにしても、クロスの上げ甲斐がある。
シャビは、ペナルティーエリア外での役割もレバンドフスキに与え、チームのアタッキング・パターンに落とし込まれている。
それは、レバンドフスキを組み込んだ「3人目の動き」である。
チームが相手のハイプレスに苦しんでいる時、レバンドフスキは中盤にドロップしてボールをレシーブ。入れ替わるようにインテリオールなど(8番のPedri)がレバンドフスキ(9番のLewandowski)の空けたスペースに潜り込んでゴールをうかがうのだ(上写真)。インテリオールを警戒して下がるレバンドフスキをフォローせずにフリーにさせれば、傷口をさらに広げかねない。守備側は非常に難しい二択を迫られる。
3人目の動きをデンベレが演じることもある。スピードスターであるデンベレに入れ替わられるように背後を突かれれば、DFは対処不能。スペースと時間を得たデンベレはクロスを上げるか、シュートを打つかを吟味して決められる。18試合に出場して5ゴール5アシスト(22試合終了時)という素晴らしいシーズンを過ごせているのも頷ける。
FCバルセロナの指揮官として3シーズン目を過ごしているシャビ。サポーターの期待に応える戦績を残せるようになった背景には紹介した5つのポイントがある。しかし、シャビのチームはさらなる可能性を秘め、成長の余地を残している。
シーズン終了時、カンプ・ノウは歓喜に包まれるのだろうか?
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部