ウイングバックとは?
ウイングバックとは「3-5-2」、「3-4-3」、「3-4-1-2」、「3-4-2-1」、など、3バック・システムにおいて通常、最もワイドなポジションでプレー。守備時にはディフェンスラインに加わって5バックを形成し、攻撃時には中盤、あるいはさらに前に出てチームの攻撃の幅を確保する。
「3-4-3」システムに関して解説を加えておこう。
「3-4-3」の一種である「3-4-2-1」や「3-4-1-2」システムの場合、ウイングバックが「4」の両サイドに存在する。しかし、故ヨハン・クライフ(1947年4月25日-2016年3月24日)時代のFCバルセロナなどが取り入れた「3-3-1-3」システムでは状況がやや異なる。シングル・ピボットを採用するこのシステムではディフェンスラインの前に位置する「3」は中央寄りにポジショニング。そのため、攻撃の幅を確保するのは最前線に位置するウイングになる。また、2人いたセンターバックが中盤にアップした生い立ちから守備時にはシングル・ピボットが下がって4バックに移行することも多い(「4-2-1-3」にして最終ラインの横幅をカバー)。
ウイングバックの歴史
ウイングバックは「ウイング+サイドバック」の合成語。2つのポジションを合わせた役割が求められる。
3バックが初めて採用されたのは「WM」システム。1925年にオフサイド・ルールが3人から2人になったことを契機に生まれた。もっとも、WMシステムにウイングバックは存在せず、幅を確保したのは前線のウイングだった。1960年代になるとインテルを率いた故エレニオ・エレナ(1910年4月10日-1997年11月9日)が『カテナチオ・システム』とも呼ばれる「5-3-2」システムを導入。このシステムでは、4バックの背後でプレーしていたリベロが4バックの網から抜け出てきたアタッカーをケアした。
そして、1984年のヨーロッパ選手権(現在のEURO)と1990年のワールドカップにおいてエポック・メイキングなチームが毛色のまったく異なる「3-5-2」システムを引っ提げて躍進を遂げる。
1984年の大会で旋風を巻き起こしたデンマーク代表が用いたのは「4-4-2」の改良版。4バックを構成する2センターバックの一方が中盤に上がることで3バックを構成した。その並びは「3-1-4-2」と描写でき、ウイングバック、あるいはサイドハーフが非常に高い位置を維持する攻撃的なシステムだった。
一方、1990年のワールドカップを制した西ドイツ代表が採用したのは攻守のバランスを重視した「3-5-2」だった。センターバックの一方をフォア・リベロとして中盤に上げたデンマーク代表モデルと異なり、カテナチオ・システムの「5-3-2」から両サイドバックがポジションを上げたイメージ。「『3-5-2』の申し子」とも言われた左ウイングバックのアンドレア・ブレーメの存在もあり、ウイングバックを象徴するチームと言っていい。
攻撃時のウイングバック
ウイングバック(WB)は通常、最もワイドな位置でプレーするため、陣形を広げて幅を確保し、相手の守備ブロックの周囲から攻めるためのオプションをチームに提供する。そして最終的には、ペナルティーエリアにクロスを入れることが多い。また、ポゼッション力の高いチームであれば、深い位置まで切れ込んでマイナスのクロスを上げ、カットバックしてニアの味方にパスすることもある。
ボールのないサイドのウイングバックはボール・ロストに備えて自嘲気味なポジショニングにすることが多い。ただし近年ではウイングバックがペナルティーエリア付近まで攻め入り、逆サイドからのクロスをウイングバックが押し込むというケースも増えている。
ウイングバックを含めたポジションのローテーションが現代サッカーでは欠かせない。例えば、ウイングバックがインフィールドに移動してマークを外し、インサイド・チャンネルから攻撃をクリエイトのも当たり前になりつつある。中に絞ったウイングバックは、MFが空けたスペースでパスを受けたり、フリーランニングで縦に入ってボールを受けたりする。一方、トップ下やインサイド・フォワードは代わりに外に出てワイドな選択肢になりつつ、守備に備える。
守備時のウイングバック
アウト・オブ・ポゼッションにおけるウイングバック(WB)の役割はチームの状況や戦術によって2つに大別できる。
チームがハイプレス志向であったり、ハイプレスが可能な状況であったりすれば、タッチライン際をカバーするウイングバックはプレスの要だ。高い位置に張り出し、相手のサイドバックやウイングバックに対して積極的に寄せる。一方、ボールのないサイドにいるウイングバックは中に絞り、中央のスペースを消す。
ローブロックやミッドブロックを守備戦術の柱にしている、あるいは第1守備ラインを突破された時のウイングバックはリトリートして5バックを形成する。あるいは、3バックと一方のウイングバックで4バックを形成し、ボールサイドのウイングバックは積極的に前に出てチェイシングするパターンもある。
いずれの場合においてもウイングバックは「1対1」になりやすい。この点を忘れてはならない。また、高いカバーリング意識も不可欠。とりわけ、最も近いセンターバックの背後にダイアゴナルランを仕掛ける選手に対するケアを怠るべきではない。
ウイングバックの主な使い手
アントニオ・コンテ(トッテナム)
コンテは、ユベントス、イタリア代表、インテルでは「3-5-2」、チェルシーとトッテナムでは「3-4-3」を用い、ウイングバックを好む監督である。「3-5-2」採用時(下写真)の彼は、ウイングバック(2番のHakimiと15番のYoung)に2トップに近づいての連係プレーを求めつつ、インサイド・チャンネルを縦に抜けるためのスペースをインテリオールのために用意するようにしていた。そのため、攻撃に転じた彼のチームは、3バックの前にシングル・ピボット(77番のBrozovic)が入る攻撃的な「4-2-4」によくなった。
トーマス・トゥヘル(チェルシー)
チェルシーを率いるトゥヘルは「3-4-2-1」を採用(下写真)。この布陣の特徴は2人の「10番」(19番のMountと29番のHarvertz)が2列目を構成すること。高い位置に張り出した両ウイングバックが相手の最終ラインを横に引き伸ばし、10番が走り込めるスペースをインサイド・チャンネルに空けている。もう1つの特色が多彩なローテーション。10番と入れ替わったウイングバックが内側でゲームを作ったり、ペナルティーエリアに入ってシュートを打ったりもする。
クリス・ワイルダー
2016-21シーズンまでシェフィールド・ユナイテッドの監督を務めたワイルダーは「3-1-4-2」を操って戦術的な革新をもたらした(下写真)。その象徴的な存在が大胆に攻撃参加する『オーバーラッピング・センターバック』(6番のBasham)。ウイングバックをも追い越すセンターバックの動きは意外性に満ちていた。センターバックとウイングバックが相手陣内で数的優位にするシーンは他ではあまり見られない。ウイングバックも独特の動きを披露。しばしば、トップとローテーションしてペナルティーエリアまで攻め入った。
ウイングバック起用のメリット
ウイングバック起用の前提とも言えるのが3バックの採用だ。つまり、ウイングバック起用のメリットは3バックと共通する部分も多い。まず、最終ラインの中央に3人のDFを配置することが可能になり、中央で相手にオーバーロードにされるリスクを軽減できる。とりわけ2トップの相手に対しては「3対2」にでき、安定した守備が期待できる。しかも3バックの両脇をウイングバックが固めて5バックにすれば、フィールド幅を5人でカバーすることになって4バック以上にスペースを消せる。
また、3人のセンターバックがいるため、4バックのサイドバックよりもウイングバックは攻撃に比重を置いてプレーできる(4バックではセンターバックは2人)。『デェエル』に強く、走力にも恵まれたウイングバックを起用できれば、相手の守備が手薄になりがちなサイドに貴重な攻撃の起点を得られることになる。
攻撃時に中盤の高さでプレーする際にはタッチライン際でプレーして相手の中盤を広げ、中央とサイドという2つのビルドアップ・ルートをチームに提供する。さらに前進した時にも攻撃の幅を確保。ゴールラインまで深く切れ込むこともあるが、攻守両面での貢献が求められるため、ペナルティーエリアに早めにクロスを供給することのほうが多い(試合展開、力関係次第ではある)。
ワイドに攻めるのに適していると言える。
ウイングバック起用のデメリット
5バックの利点とデメリットはコインの裏と表。最終ラインに5人の選手を割けば、中盤か前線の人数を減らすことになる。となれば、前線や中盤にスペースを生み、かつプレッシングが弱まって相手にポゼッションを許す可能性が高い。しかもウイングバックが自陣深くまで押し込まれるような展開が続けば、相手ゴールから離れてプレーする時間が長くなり、攻撃面でインパクトを残すのがかなり難しくなる。また、ポジティブ・トランジション (守備から攻撃)からカウンター・アタックを仕掛けようにも、中盤から前にある選択肢の少なさが悩みの種。中盤よりも前の選手がスペースに一気に飛び出すことにして「カウンターのカウンターに対するリスク」を覚悟する、あるいは練り上げられたカウンター・アタック戦術の創出が欠かせないだろう。
ウイングバックのカバー・エリアの広さはネガティブ・トランジション(攻撃から守備)時にも影を落としかねない。ウイングバックが攻撃に出て高さと幅を確保したならば、それはつまり守備に回った時に求められるリカバリー・ランが多くなることを意味する。対戦相手も3バックの欠点とも言えるウイングバックの背後のスペースを見逃すはずもない。その対策を用意できなければ、ウイングバック起用のメリットを活かすことなく敗戦を喫する可能性さえある。
無論、選手の全体的なフィジカル能力が向上した現代サッカーでは、ウイングバックの能力だけに頼って3バック・システムを機能させるのは不可能だ。とは言え、ウイングバックに相応の能力が求められるのは明白。能力を持った選手を起用し、その上で、ウイングバックや3バック・システムのデメリットを最小限に抑えられる方策が必要だろう。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部