ハキム・ツィエク
チェルシー:2020-21〜現在
プロフィール
カタール・ワールドカップのビッグサプライズとなったモロッコ代表。アフリカ勢として初めてベスト4の扉を開いた今大会、ハキム・ツィエクは得意の左足でチームの攻撃に変化を加えている。
1993年3月19日にオランダで生まれたツィエクがSCヘーレンフェーン(オランダ)でトップデビューを果たしたのは2012年8月2日。UEFAヨーロッパリーグの予選予選3回戦に出場している。同年8月12日には『エールディヴィジ』(オランダ・リーグ1部)の初出場を記録した。
2014-15シーズンからは戦いの場をFCトゥウェンテへ変え、13得点と16アシスト(リーグ最多)をマーク。2015-16シーズンからキャプテンを任され、不振にあえぐチームにあってリーグ戦で34試合に出場して17得点17アシストと奮闘した。
2016-17シーズンの開幕時はFCトェウェンテに在籍したが、移籍終了間際の2016年8月30日にアヤックスと契約。移籍金は国内移籍では2番目の高額となる1100万ユーロ(約16億円)だった。ただしアヤックスでの数年は技巧を高く評価されながらもリスキーなプレーが多いと指摘され、実力を発揮したとは言い難かった。
強豪国のスカウトが色めきだったのは2018-19シーズンのパフォーマンス。国内リーグで29試合出場16得点、国際大会でも17試合出場5得点というスコアをたたき出し、UEFAチャンピオンズリーグの決勝トーナメント1回戦、レアル・マドリードとの試合で2試合連続ゴールを決めたことでビッグクラブへの移籍が決定的となった。
2020-21シーズンからはチェルシーFCに加入し、いきなりUEFAチャンピオンズリーグを制覇。決勝では出番を得られなかったが、10試合に出場して2得点を決めている。
モロッコ代表
モロッコにルーツを持つツィエクはU-19とU-21はオランダ代表としてプレー。しかし、2015年9月にモロッコ代表でのプレーを選択し、10月9日のコートジボワール戦(◯1-0)で代表デビューを果たした。2016年5月27日のコンゴ戦では1試合2ゴール(◯2-0)を初めて決めるなど、代表でも結果を残すが、2017年のアフリカ選手権ではメンバー入りを逃した。
本格的な国際デビューとなったのは2018年のロシア・ワールドカップだった。しかし、3試合に出場したものの1分け2敗でグループステージ敗退を喫した。
その後、バヒド・ハリルホジッチ前監督との確執から2022年2月には代表からの引退を表明したが、ハリルホジッチ監督が解任されてワリド・レグラギが新監督に就くと、代表に復帰。今大会でのモロッコ躍進の立役者となっている。
モロッコ代表のレグラギ監督は言う。
「彼はトッププレーヤーであり、彼はチームに欠かせない」
戦術的分析
左利きのツィエクの主戦場は右サイド。「4-2-3-1」システムでは「3」の右、「4-3-3」システムであれば右ウイングに入る。右サイドでボールを受けると、得意の左足で蹴れるレンジを広げるためにカットイン。シュートやダイアゴナルのパス、そしてクロスで好機を導き出す。
最大の武器は得意の左足でゴールの左上部に決めるシュート。GKを迂回するような曲線を描き、「外れる」ように見える軌道からゴールに吸い込まれるシュートはGKにとって悪夢と言うべきだろう。
左足から繰り出されるピンポイント・クロスも対処が難しい(下写真)。最終ラインとGKの間にボールを正確に落とし、ツィエク(7番のZiyech)のプレーを熟知している味方は落下地点に滑り込んでワンプッシュでゴール。クロスに対応するためにGKは前をケアしたいが、前に出れば頭上を正確なシュートで射抜かれるリスクを背負う。GKとすればなんとも御し難いアタッカーだ。
ツィエクは単なる技巧派のキッカーではない。スピーディーな選手ではないが、緩急と巧みなボール・ハンドリングを組み合わせてスルスルと相手の間を抜けて行く。また、トリッキーなプレーも得意だ。鋭く寄せられた時に相手の股の間を抜いたり、意表を突くヒールキックでいとも簡単に局面を打開する。
ツィエク(22番のZiyech。下写真)がチェルシーで披露するカットインに続く一連のプレーは前任者たちを連想させる。細身の体はアリエン・ロッベン(元オランダ代表)を思い出させ、高いドリブル能力とパワフルなショットはリヤド・マフレズ(現在はマンチェスター・シティ)と似ている。ただし、マフレズと比較した場合、右足の精度とパワーが劣るという声も多い。ツィエクが克服しなければならない課題だ。
サイドでのプレーが多いツィエクだが、狭いエリアも苦にしないほどの技巧を備えているため、たびたびインサイドでもプレー。左足のインサイド、アウトサイド、さらにはヒールなど、いろいろな部位での正確なキックを操ってチームメイトをゴールへと導く。
また、インサイドに入った時には相手選手を十分に引きつけることで自分より前にいる味方へスペースを与えられる。空いたスペースがたとえわずかであっても、キックの名手にとって十分だ。一方、ツィエクがボールを保持すると味方もフリーランニングしてツィエクにスペースを提供。その動きに相手がつられたならば、ツィエクのミドル砲が相手ゴールに襲いかかる。
サイドバックと連係
ツィエクのストロング・ポイントが最も引き出されるのは攻撃的なサイドバックとのコンビネーション・プレーが実現した時だ。所属するチェルシーではリース・ジェイムス(24番のJames)と美しいハーモニーを奏で、モロッコ代表ではアチャフ・ハキミ(パリ・サンジェルマン所属)との連係でサイドを攻略する。
アタッキングゾーンを縦横無尽に動きたいツィエクには攻撃的なサイドバックが不可欠とも言える。彼がインサイドに入れば、攻撃の幅を確保する選手がいなくなる。オーバーラップしたサイドバックが幅を確保してくれれば、攻撃が単調にならずにすむからだ
チェルシーでは豊富な運動量を誇るジェーズムがタッチライン際をアップ・ダウン。ツィエクがカットインした際にはしっかりとスペースに入って外へのパスラインを確保する。また、インサイドでもスムーズにプレーできる背景には、アヤックス時代に「4-3-3」システムのインテリオールでプレーしていたことも影響しているのだろう。
チェルシー加入時のトーマス・トゥヘル前監督(2021-22シーズンに指揮。UEFAチャンピオンズリーグ優勝)は「3-4-2-1」システムを採用し、ツィエクはセンターフォワードを支援する「2」に入っていた。そして後任となったグラハム・ポッター監督は「4-3-3」システムに変更し、右ウイングのツィエクは大きな自由を手にした。しかし、司令塔的な役割の濃かったトゥヘル時代も現在も、サイドバックのサポートが彼の長所を引き出していることに異論を唱える者は多くない。
ジェームズが攻撃の幅を確保してくれたら、ライン間でボールを受けられるようにツィエクは中へ移動。インサイド・チャンネル(ハーフスペース)でボールを受けた彼はまず内側を見る。モロッコでもチェルシーでもそうすることで、ストライカーがゴールに向かえるかどうかを見極める。チャンスがあれば、ストライカーもシンクロして相手最終ラインの背後に抜け出るようなランニングを開始する。
インサイドに入らず、タッチライン際に留まってプレーすることもある(下写真)。その時、大きな武器になるのが正確無比なクロスだ。FKやCKのキッカーも担当しているツィエク(22番のZiyech)は危険なパスでゴールをお膳立てする。
守備での貢献
オン・ザ・ボールでのプレーがクローズアップされるツィエクだが、守備面でも戦術に忠実なプレーを見せている。
チェルシーの守備戦術の基本はインテンシティーだ。特にビルドアップ時に相手が一方のサイドに展開したら、逆サイドのウイングも含めた3トップがボールサイドまで寄せるほど(下写真)。3トップ(29番のHavertz、22番のZiyech、20番のHudson-Odoi)とサイドバック(3番のAlonso)で相手を囲んでボール奪うのだ。逆サイドを相手に譲ってでもボールサイドに人を割くのが特徴である。
仮に相手がバックパスでGKに逃げたりしてサイドチェンジの兆しが見えたなら、逆サイドから寄せたウイングは相手の前進を阻止しながらポジション・バランスを修正しなければならない。非常に難しい役割だが、ツィエクはうまく順応している。
また、ブロックを築いた時の守備タスクもこなしている。ブロックの外でボールを保持する相手がブロックの中にボールを入れようとしても、ツィエクは素早くポジショニングを変更して未然にパスを防いでいるのだ。
チェルシー加入直後はトランジションやリカバリーの際に出足が遅れることもあった。しかし現在は素早い攻守の切り替えをマスター。オフ・ザ・ボールのプレーを努力とチームプレーを理解することで改善してきた。
とは言え、チェルシーよりもモロッコ代表でプレーしているツィエクのほうが眩しい輝きを放っているのは誰もが認めることろだろう。ウイングとして攻撃に幅を与えつつ、ライン間に忍び込んでパスを受けてビッグチャンスも作り出すツィエクはモロッコ代表の偉大なリーダーなのだ。
カタール・ワールドカップでの目覚ましいパフォーマンスはチェルシーにおける地味な印象を払拭するのに十分。近々、ツィエク獲得のためにチェルシーがアヤックスに支払った4000万ユーロ(約56億円)を大きく越える額の移籍ニュースがマスコミを賑わせるかもしれない。
翻訳:The Coaches’ Voice JAPAN編集部